七夕祭りに
次の日は龍の宮の七夕祭りなので、準備もあって夜明け前にはもう、月の宮を出て行かねばならない。
維心は、決まったのならこのまま共に過ごそうと言ったが、維月はそれは正式に準備を整えてから、と言ったので、仕方なくその夜は別に過ごした。
このまま、龍の宮へ行ったらそのまま月の宮にはしばらく戻って来られないだろうし、維月としては、十六夜と話しておこうと思ったのだ。
二人は、窓辺で月を眺めながら、言った。
「明日は久しぶりに龍の宮だなあ。七夕の間だけかと思ったが、随分いきなり戻る事になったもんだ。」
十六夜が言うのに、維月は寄りかかって座りながら、答えた。
「でも…思うに、維心様次第ですぐに戻って来る事になるような気がするわ。」
十六夜が、維月を見た。
「何かおかしいとこあったか?」
維月は、答えた。
「いえ…勘なのよ。というか、私が月を抑えなくなってから、いろいろ分かるようになったでしょ?なんかね…覚悟っていうのかしら。それが全く感じられなかったわ。ただ、私が戻る、嬉しいって感じ。多分、あれだけ言ったのに、元通りだって思っていらっしゃるんじゃないかな。だから、別にどっちでも良かったんだけど、ちゃんと決まってからって言って、今日も一緒に休まなかったでしょ?」
十六夜は、息をついた。
「マジか。あいつ、分かってるんだろうな。オレ、またあいつにはしっかり言っとくわ。でないと、今度こそお前は二度と戻らないと釘刺しとく。」
維月は、苦笑した。
「もう、どっちでもいいのよ。維心様を愛してるのは確かだけど、神と私達が違うってことは、もう嫌になるほど分かっっちゃった後でしょ?あの頃とは、意識が違い過ぎるわ。もちろん、維心様はこの二十年、私を理解しようと頑張ってくださったから、もしかしたら分かってるのかもしれない。でも、あの感じ。ただ浮足立っただけだったらいいけど…戻ってみないことには、分からないわね。」
十六夜は、頷いた。
「そうか。ま、いいんじゃね?帰って来るなら帰って来たら。親父も言ってたし誰でも迎えに行くけど、お前だって霧に運ばせたら簡単に戻って来られるだろ?ルシウスが上手いこと霧の精査をしてるから、変な霧は残ってないからな。扱いやすいだろう。」
維月は、頷いた。
「ええ。そんな事は別に心配してないわ。私は簡単に戻って来ることができるし、思えばあの頃は、維心様を気遣っていたから、あちらに居ただけで。今は、維心様だって神の一人って認識になっているから、そこまで気を遣う必要はないって思ってしまうの。これってエゴよね。いけないと思うけど、だからこそ、もう神とは一緒に暮らせないと思ってたんだけどな。」
維月は、戻ると決めたのに、まだ迷っているような感じだ。
十六夜は、維月の肩を抱いた。
「行ってみて、駄目だったら駄目って突きつけたらいいんだよ。それからの事は、またそれから考えたらいいんじゃねぇか?気持ちを落ち着けて行けや。お前らしくねぇ。」
維月は、十六夜を見上げて頷いた。
「うん。こうやって気楽にできるのももうしばらくないわね。明日は起こしてね?遅れたら駄目だから。」
十六夜は、ぽんぽんと維月の頭を叩いた。
「分かったよ。じゃあもう寝な。明日からまた、神の宮だ。」
維月は頷いて、そうして十六夜と共に寝台に入って眠りについた。
だが、維月にはまだ、不安があった。
…形が変わっただけで、維心様を愛していると思っているけど、もし違ったらどうしよう…。
維月の不安は、遠くルシウスにも伝わっていた。
次の日の朝、未だかつてないほど多くの神を招待した龍の宮の七夕祭りのために、維心と維月は一緒に龍の宮へと戻った。
維心はとても上機嫌で、維月が戻って来ると鵬に報告していたが、維月は維心のウキウキした様子とは違い、そこまで嬉しそうでもない。
鵬からしたら、もしかしたら王が無理に推し進めていらしのではと案じていたが、こればっかりは王が決めることなので、どうにもできない。
何より、維月が戻ってくれるのなら、宮はまた穏やかに回るだろうし、鵬達臣下は大歓迎だった。
だが、維月の様子は、二十年前にここを去った時とは全く違った。
気の色もそうだったが、見た目も何やら艶が出ていて、あの頃のような抑え気味の落ち着いた様子はない。
気を抑えているようだったが、それを解放していたら、宮の男達は大変だったのではないかと思うほどだった。
奥宮へと入った二人は、それぞれの侍女達に囲まれて準備を進められたが、維月の侍女は時々にしか帰って来なかった維月が、ずっと居ると聞いて嬉しそうにしていた。
確かに、主が居ないと時間を持て余すのだろうから、侍女達の気持ちも分かった。
阿木が、言った。
「まあ王妃様、大変に美しいお髪でありますこと。前々からお美しかったですけれど、誠に此度は。」
脇から、早紀も頷いた。
「誠に、まるでお立ちになるお姿から匂い立つかのようだと皆、申しておりましたわ。肌も何と透き通っていらして。白粉などつけぬ方がよろしいですわね。やはり月の宮に長く居られたからでしょうか。」
陰の月だからね。
維月は、心の中でそう思った。
陰の月として、何も考えずに生きていたら、勝手にこうなったのだ。
あの頃は、自分を抑えて、陰の月を出さないようにと必死になっていたので、人型にも現れていたようで、姿もそこまでではなかった。
それが、今は月の宮でのびのびと陰の月を出して生きていたので、こうして姿も自然と皆を惹き付ける、妖艶な様に近付いているのだということは、維月自身も分かっていた。
だが、回りが何しろ月の眷族オールスターズに囲まれているので、皆そんな事は全く気にしない。
なので、維月も気にせず生きていただけなのだ。
ここへ来て、皆にあまりに褒められる上、見とれられて戸惑った。
なので、自然表情も硬くなってしまったのだ。
あの、いつも面倒だと思う龍王妃の衣装を着付けられてかつての自分に戻って行くを見ながら、維月は逆に、自分はもう、完全に月なんだと自覚していた。
ユージーンは、前の日の夕刻に龍の宮へと到着していた。
龍王は留守にしているとの事で、明日の七夕には皆に挨拶をすると臣下から説明されて、ユージーンは控えの間へと案内された。
すると、隣りの部屋からディオン、セレスティノ、アンドレアス、ファウスト、アロイシウスがワッと出て来て、言った。
「ユージーン!」
ユージーンは、驚いた顔をした。
「なんと?皆居るのか。なんとの、珍しい。あちらも天使たちに任せて大丈夫なのか?」
ディオンが、頷く。
「そもそも最近は落ち着いておって、その上月が見ておってくれると申してくれて。こんな風に全員で集まって外へ出るなど初めてで、皆で昨日からあちこち見て回っているのだ。この宮は誠に大きくて広くてなあ。龍の侍従が案内してくれるのだが、面白いぞ。」
ユージーンは、苦笑した。
「大変な客の数だと聞いておるのに。迷惑をかけるでないぞ。それで、他の神には会ったのか。」
それには、セレスティノが答えた。
「いいや、未だ。皆、それほど時差が無いらしくて、明日の早朝から到着するのだと聞いておった。それを楽しみにしておるのだ。多くの神と会うなど、初めてであるからの。」
ユージーンは、浮足立つ皆をなだめながらも、己も何やら沸々と湧きたつ己の心に心地よく飲まれそうになっていたのだった。