神世では
維月は、ルシウスから報告を受けて気になっていたので、次の日十六夜と一緒にルシウスの城へと降りた。
十六夜が降りると、霧は一気にサーッと引いて行き、途端に真っ黒だったルシウスの城の中は真っ白になる。
霧が無くなった後には、ルシウスが一人、剣を前に座っていた。
「主が来ると何も命じておらぬのに、霧が霧散しよるわ。」
ルシウスが言うと、十六夜がフンと鼻を鳴らした。
「別にオレはここに居るだけだ。気も抑えてるしな。お前が削れちゃヤバイし。」
だが、ここで見ると十六夜はほんのりと光る力に包まれていて、つくづく光の存在なのだと分かる。
ルシウスは、何か他に言いたそうだったが、顎を振って椅子を示した。
「座れ。」
十六夜は、頷いて示された椅子へと座る。
維月もその横に座って、目の前に置かれた剣を見つめた。
「…これ、ベンガルの気配がしない?」
十六夜は、頷く。
「するな。多分、イゴールの城の支給品だろ。」と、十六夜はその上に手を翳した。「…うーん、でも他に何も気取れねぇな。ちょこっとベンガルっぽいってだけ。それも、オレ達が知ってるからそう感じるだけかもしれねぇし。」
ルシウスは、頷く。
「その通りぞ。我もデロイスも、そこにそれがあるのを気を使って探っている間は分からなかった。我が目視に頼って見回した時に、そこにあるのを知ったのだ。残っておるとしても、本当に僅かぞ。」
維月は、ため息をついた。
「どうしてこんな。術の気配もしないわ。ルシウスが見えないぐらいだから、絶対に傍で神が術を使っていたはずなのに。このままだと、闇が知っていて見逃したとか、それともわざとやったとか思われてしまいそうよ。何とかしないと…。」
十六夜は、ハアとため息をついた。
「分かってる。だが、今の状態じゃどうしようもない。地上にはそれらしい神の姿もないし、逃げてるんだろう残りの一人も見つからねぇ。今イゴールの所の軍神が、血眼になって探してる。多分、あっちじゃ闇のせいだと大騒ぎだろう。その一人を見つけたら、そこから証言を得られるかもしれねぇから頑張ってるんだと思う。オレ達だって、真相を知りてぇからそいつが見つかるなら万々歳だが、空から見ても見つからねぇのによ…もう、死んでるって思う方が自然だろう。」
あの辺りに、それらしい神の気は全くない。
ルシウスは、ため息をついた。
「…まあ、イゴールという神が残りの一人を探し出すのを期待して待つよりないかの。我らには、此度の事は見えぬようで戸惑っておるのだ。そんな事は、これまであった試しがなかったからの。主らにも見えぬのなら、ここは待てばどうか?我には後ろめたい事は何も無いし、好きにせよと思うておる。」
維月は、仕方なく頷いた。
「確かに。その一人が闇は関係ないと言ってくれたら分かることですものね。とはいえ…気がもめるわ。せっかく落ち着いておったのに、こんなことが起こるなんて。」
十六夜は、立ち上がって言った。
「仕方ねぇ。とにかく、この剣を預かって帰ろう。もしかしたら、維心だったら何か分かるかもしれねぇし。物は試しだ、持って行こう。」
維月は頷いて、そうして十六夜と共にその剣を手に、月へと帰って行ったのだった。
その後、二人はすぐにそのまま龍の宮へと実体化した。
維心の目の前に出るのは無礼過ぎて絶対に嫌だと維月がごねたので、十六夜は仕方なく居間の目の前の庭へと出る。
維月も隣に出たのが分かって、居間の大きなガラス戸の前には、維心が立ってこちらを見ていた。
二人は、剣を手に維心の方へと寄って言った。
「光が来たので分かった。どうした、何かあったのか。」
十六夜が答えようとしたが、維月が先に頭を下げた。
「先触れもなく申し訳ありませぬ。今ルシウスの城へ行って参りまして。」と、十六夜が持つ剣を見た。「これが、地下深くにあったとのことで。」
維心は、首を振った。
「良い、今さらであるぞ。入るが良い。」
維月は顔を上げて、十六夜と共に維心の居間へと入った。
十六夜は、当然のように維心の隣に座る維月を見てから、自分はその前に座った。
「これなんでぇ。ルシウス達でさえ、目視でないとあるのが分からなかった代物だ。」
維心は、それをじっと探るように見た。
「…ベンガルか。ほんの微かに感じるが。」
維月は、訴えるように言った。
「そうなのですわ。なぜそこにあったのか、もちろん、神が持ち込んだからなのは分かっておりますが、その経緯が全く分かりませぬ。意思のある霧、つまりは以前ルシウス達が作っていたような人形が居たなら、それらの記憶を聞けば良いだけでしたが、間の悪いことにここ数十年はルシウスはそういったものは闇になるかもと全て消してしまっておって。術でも気取れたらと思うたのに、これには全くそんな気配もなく。途方に暮れておりまする。」
維心は、まだその剣を見つめていたが、眉を寄せて言った。
「…奇妙なことよ。」
十六夜は、頷いた。
「そうなんでぇ。もう一人の生き残りを見付けられたらそいつに聞けるんだが、ルシウスもオレ達にもさっぱりで。イゴールの軍神達に任せて様子見かって言ってる。」
維心は、首を振ってその剣を十六夜から手に取り、二人の前に翳した。
「我が言うのは、そういうことではない。この剣には、誠に何もない。それが奇妙だと申すのだ。」
維月は、維心を見上げた。
「それは?神の気が残っておらぬからでしょうか。ですが、時が経てばそれを持つ神の気は霧散してしまいます。まして、あんな地下の霧が充満しておる場では尚更に。」
維心は、また首を振った。
「そうではない。普通、こういった剣は全て人世でもあるまいに、皆誰かが打った物ぞ。まして、鉄をここまで打つのにかなりの気を投入して打たねばならぬ。ゆえ、必ずどんなに時が経とうが、そやつの気が残るのだ。なので、誰が打った刀なのか、こちらでも判別がつく。我の持つ龍王刀も、太古の職人の気が未だに残っておるほど。だが、これには何も残っておらぬ。このベンガルの気配、恐らく持ち主ではなく打った本神の物なのだろうが、ここまで僅かに気取れる程度にしか残らぬなど…あり得ぬのよ。」
十六夜が、身を乗り出した。
「それはつまり、お前はこれが意図的に消されてるって思うのか?」
維心は、頷く。
「思うのではなく、そうなのだ。意図的に消さねばこうはならぬ。つまりは、そういう術があるのだろう。そも、神が己の気を使って元の気を消そうとすれば、必ずそやつの気が代わりにこちらに残る。だが、それもない。気を使わず、何かの術で消した、とするのが一番自然かの。」
誰かが気を使わずに消した。
十六夜と維月は、顔を見合わせた。
十六夜が、言った。
「…やっぱり、仙術か?」
維心は、ため息をついた。
「分からぬ。その術の気配すらないゆえな。だが、仙術は厄介ぞ。仙人にも使える上、いくら仙人であろうと人の気など知れておるゆえ、神とは違って消えるのが早いのだ。我なら、神の気を人が消したと考えるだろうが、人にはそんな場所まで降りる手段がない。仙人なら飛べるだろうが、あの辺りに仙人などおったかの。匡儀の領地の辺りには、昔多く居たものだが、あの辺りにはおらなんだはずなのだ。ディオンに聞くよりないのではないか?」
維月は、顔をしかめた。
「…ですが、あの辺りは極最近まで戦闘地域で、人すらあまり足を踏み入れぬ場所。仙人など、気が見えるのにあれだけ黒い霧がある場所に住んではおらぬでしょう。匡儀様のご領地の、仙人の様子を問い合わせた方がよろしいかもしれませぬ。」
維心は、頷く。
「そうだの。この島にはもう、仙人は残っておらぬから。だが、例のアレは?十六夜が申しておったではないか、普通に働いておるとか言うておったが、何やら気が強い人の男が居るのだろう?」
十六夜は、息をついた。
「あいつはなあ…時々見てたが最近、母親を亡くしたみてぇで。家に籠って出て来ねぇから、最近は見てねぇ。あいつにそんな暇はなかったと思うけどな。」
維月は、同情したように十六夜を見た。
「親を亡くしたのなら、つらいのでしょうね。今はソッとしておいた方が良いかも。」
十六夜は、頷いた。
「だろ。まあ、とりあえずもう一回見てはみるけどさ。」と、視線を空に向けた。「…なんかなあ、町の奴らがみんな冷てぇんだ。母親亡くしたってのに、あいつは一人で背負って帰って、誰も手伝おうとしなかった。泣きながら家の裏手で燃やしてたんだ。」
維月は、眉を寄せた。
「どうしてそんなに冷たいの?お葬式も無しに?」
十六夜は、まだ宙を見ながら答えた。
「そうなんでぇ。なんでだろうな、なんか…ちょっと調べてみる。」
維心が、呆れたように言う。
「人の間柄より、今はベンガル殺害の件ではないのか。」
十六夜は、立ち上がった。
「分かってるけど、見ちまったら気になって仕方がねぇの。じゃ、オレは先に戻るよ。維月は適当に帰って来いや。」
十六夜は、言うが早いかさっさと維月の返答も聞かずに光に戻って空へと打ち上がって行った。
維心と維月は、ため息をついてそれを見送ったのだった。




