困ったことに
「どうしよう!?どうしよう?!どうしよう?!維心様は龍王位を降りられるわ!絶対にそれは無理だと仰るかと思ったのに!」
部屋では、分かっていた十六夜と、碧黎が座って待っていた。
維月は、二人の前で立ったままうろうろしてそう言った。
十六夜が、言った。
「そりゃ今の状態ならそう言うだろうよ。なんだって落ち着いてる神世を乱すようなことを言うんだよ。また面倒なことになるじゃねぇか。」
碧黎が、ため息をついて言った。
「落ち着け。とにかく、維心は王位を降りることはできぬ。何故ならあれの責務が世を守ることだからぞ。龍王位を降りて何ができる。遊ばせるために我の気を大量に消費させて生かしておるのではないわ。王座を降りたらあれは老いが来る。何故なら責務がなくなるからぞ。」
維月は、え、と目を丸くした。
「じゃあ、維心様はこちらに来たらお亡くなりに?」
碧黎は、頷いた。
「そうなるの。もちろん、少しのインターバルのようなものはある。だが、龍王となる維明の方に世の流れは移ることになるゆえ、あれに多くの気を割けぬのだ。この世は何のためにある。学ぶために責務をこなすためであって、楽しむのはおまけぞ。安穏としたいなら黄泉に。そういうシステムなのだ。」
分かっている。
維月は、頷いた。
「では…そのようにお話して、お留まり頂くように。」
碧黎は、首を振った。
「無理ぞ。あやつはもう、世を納得させようとそればかりぞ。」
十六夜が言った。
「お前なあ、戻るつもりもないくせに、なんだってあんなことを言ったんだよ。維心に諦めさせようとしたのか?」
維月は、首を振った。
「違うわ。昔、私が人世に籠ってた時に、維心様が追って来られて私が人世に居るのなら、自分もそこで暮らすといって、具体的に仕事のことまで考えていらした時があったの。あの頃は、私がそんなことはさせられないし、そこまで想うてくださるのならと、戻って来て。」
十六夜は頷いた。
「覚えてる。だから試したのか?」
維月は、頷いた。
「ええ。肉欲だけだったら、あの方とまた戻るのは無理だと思ったから。お心を見たかったの。そしたら、あんな風に。」
碧黎は、息をついた。
「とはいえ、口から出たものは仕方がない。主はどうするのだ。簡単に神世を捨てると選択するような神は否と突っぱねるか?それともあちらへ戻るゆえ王座を降りぬで良いと申すのか。」
維月は、困ったように碧黎を見た。
「…維心様に、王座を降りることはさせられませぬ。維心様のお気が済むなら、私があちらへ戻るよりありませぬでしょう。幸い、ルシウスが私の仕事を代わってくれておるし…今なら、確かに龍王妃のお仕事もできぬわけではありませぬから。」
十六夜が、眉を寄せて言った。
「…だが、お前嫌なんだろう?また里帰りとかあいつはうるさくなるんじゃねぇのか。気楽にやってたのに、また不自由になるって言ってたじゃねぇか。」
維月は、息をついた。
「仕方がないわ。自分のせいなのだもの。でも、確かに十六夜が言うように、制限が厳しいのは嫌だから、そこは条件を出させて頂く。それを飲めないと仰るなら、もう離縁にして頂くつもり。それでどう?」
十六夜と碧黎は、顔を見合わせた。
碧黎が、言った。
「…主が決めることぞ。だが、無理はせぬようにな。あれは、とかく苦しかった時のことを忘れる傾向がある。また、何やらうるそうなったら誰か呼べば良い。誰でも迎えに参るわ。十六夜でも、我でもルシウスでも。」
維月は、頷いた。
「はい、お父様。」
そして維月は、また覚悟をもって維心の対へと引き返して行ったのだった。
維心は、穏やかに迎えてくれた。
「…碧黎との挨拶は済んだか?」
維月は、頷いた。
「はい。」と、維心の手をとって、言った。「維心様。私が浅はかでありました。父にお話したら、維心様は王座を降りたら、もう長くは生きられませぬ。」
維心は、眉を寄せた。
「…碧黎がそのように?」
維月は、頷く。
「はい。確かに、龍王は多くの気を消費するし、与える気の量が多いほど責務は重いと昔から申しておりました。王座を降りたら、その気は維明に割かれることになるそうです。なので、こちらに来たら老いが始まり、長くは生きられないとのことです。」
維心は、険しい顔のまま言った。
「将維はここで隠居してから長く生きておった。なのに我は否と?」
維月は、説明した。
「父が話しておったではありませぬか。将維は補佐の役割があったと。現にあの子には何度も助けられましたわ。今は転生して参りましたが、維明が一人前になって維斗も育った頃に、あの子は亡くなりましたわ。特に維心様は、地上のどの神より生きるのに多くの気を消費なさらねばなりませぬ。龍王位を降りたら、黄泉に行くことになると決まっておるのですわ。」
維心は、小さく身を震わせた。
…確かに、自分は気が大きすぎて龍の宮でぐらいしか完璧に気を補充する事もできない。
あの地の気が、一番に吸収しやすいからだ。
寝ていたら回復するものも、なのでこれからは回復することもなく、結局死ぬことになるのだろう。
「…我には王として生きる他、許されぬというのか。」
こんな気を持って生まれたばかりに。
維月は、息をついた。
「…ですから、私が。」維心が維月を見ると、維月は続けた。「私が龍の宮へ参ります。」
維心は、え、と驚いた顔をした。
「…あちらへ戻ることはできないのではないのか。」
維月は、答えた。
「はい。そのつもりでありました。ですが、維心様は龍王位を降りてまでと仰るし、こちらへ来れば生きられないのですから。私が参るよりありませぬでしょう。」
「おお維月!」と、維心はその手を握りしめた。「戻ってくれるのか。」
維月は、頷いた。
「はい。ですが、条件がござます。」と、維心をじっと見た。「私は、御存知のように元の私ではありませぬ。確かに維心様を愛してはおりますが、あの頃のように無心にお慕いしておるのではありませぬ。あの頃がそのまま戻って来ると思われるのなら、それは否と申し上げるよりありませぬわ。」
維心は、頷いた。
「分かっておる。里帰りを渋ることもせぬし、主を縛ろうとは思うておらぬ。」
維月は、真顔で頷いた。
「はい。私は、陰の月です。前よりずっと。ですから、我慢は致しませぬ。気は、臣下達のこともありますし、抑えるように致しますが、心は抑えませぬ。否なら否、とハッキリ申します。この二十年のように、時にお会いするだけではなく、ずっと共に居ることになるのですから、維心様にも面倒になられる時があるでしょう。それでも、私を側にと仰いますか?」
維心は、維月が帰って来るのならと、頷いた。
「分かっておる。我は元の我ではないゆえ。主が疎ましいと思うようなことは、もうない。」
維月は、息をついた。
「…お互いに疎ましいと感じたら、次は離縁と。別居という選択肢は、もうありませぬ。それでよろしいですか?」
維心は、ひたすら頷いた。
「分かっておる。陰の月の主も愛しておるのだと証明しようぞ。」
維月は、また頷いた。
「…分かりました。本当は、もう神と共に暮らす事はないと思うておりました。考え方が変わってしまって、私はやはり月の眷属なのだと、最近如実に思うておりましたから。こんな考え方で、神の中で居ては神達を傷付けるだけなのです。ですが、維心様はこの二十年の間に学ばれたようですし、それでもと仰る。ならば、龍の宮に参りましょう。ですが、私は常に出入りするかと思いますわ。それだけはお覚悟下さいませ。いちいち里帰りだとか、そんなことを言うて出ていくわけではありませぬ。何かあれば、月としてあちこち致しますから。あの頃とは違うと、私は月なのだとしっかり胸に置いておいてくださいませ。」と、何もない空間へと視線をやった。「…父と、十六夜が聞いておりますわ。ルシウスも、私の目から見ておるでしょう。皆が証人でありまする。」
維月が戻って来る。
維心は頷いていたが、もうそればかりが頭に上ってどうしようもなかった。
維月は、大丈夫なのだろうか、と思ったが、維心を信じるしかないと、ため息をついたのだった。