強い女神
志心は、まだ多香子と立ち合っていた。
もちろん、志心の方がずっと技術は上なので、最初に真剣に立ち合ってからは指南のように時々手を止めながら、説明しつつの立ち合いだったが、この多香子という女神は、かなり根性があった。
少々の傷では怯みもせず、何度も志心に立ち向かって来る。
長い時間こうしているので、あちらは息を上げてかなり苦しいはずだが、弱音を吐くという気持ち自体がないのだろう、黙々と励んでいる。
そんな様子に、志心は感心して手を止め、言った。
「止め。」そして、ゼイゼイ言いながら手を止める、多香子に続けた。「主は誠に気概があるの。伸びるはずぞ。うちの軍神でもこれ程長く立ち合えば、少し手を控えて終わらせようとするのに、常全力よな。それは序列も上がるわ。」
多香子は、膝をついて頭を下げた。
「恐れ入ります。」
志心は、自分もフィールド上へと降り立って、言った。
「しかし主は軍務を降りたいのだとか。もったいないな。」
多香子は、答えた。
「て、さすがにこの歳になりますと、軍務ばかりでは…そろそろ、落ち着きたいと思うておりまして。」
志心は、眉を上げた。
「落ち着く?主は宮での地位もあってこれ以上なく落ち着いておるのではないのか?」
すると、いつの間にか側に来ていた松が答えた。
「志心様、あちらの宮では勝手が違いまして。」志心は、そちらを見る。松は続けた。「落ち着くとは、こちらで言う婚姻のような、落ち着く相手を見つけて余生を過ごす事を申します。軍務に付く女神達は、皆300を過ぎると考え始めるものなのです。王は早いとおっしゃいますが、やはり少しは若いうちでないと、そんな相手もなかなかに見つからぬものなので。犬神達とて、好きで相手をとっかえひっかえしておるのではありませぬ。ただ一人の相手を探して、そのように。落ち着いておるもの達は、落ち着いておるのですよ。こちらからは、皆あちこちフラフラとするように思われがちではありますが。」
そうなのか。
志心は、それなら漸が言うように、女神達が早くに退役したがる気持ちは分かった。
犬神達も、いつまでもフラフラしているわけではないのだ。
「誠か。知らぬでいたわ。それはそうだろうの、いつまでもあちこちなど、疲れるし、できたら皆、落ち着きたいわな。とはいえ…多香子はまだ序列を上げておる腕前なのに。もったいないと思うてしまうのは、やはり我が王であるからなのだろうの。」
多香子は、頭を下げたまま答えた。
「は…。もったいない仰せではありますが、我がいつまでも上位に居ては、若い軍神達も甲斐がないでしょうし。そろそろ場を空けてやろうと考えております。」
志心は、それを聞いて笑った。
「ほう、場を空けてやろうと。己が優秀なのを知っておるからそんな言葉も出るものよ。」と、刀を鞘に収めた。「目に見えて伸びるゆえ、楽しんだわ。また相手をしようぞ。」
多香子は、頭を下げた。
「は!御指南感謝致します。」
誠に完璧な軍神の様よ。
志心は頷いて、他に誰か居らぬかとブラブラ飛んで行ったのだった。
それを見送って、多香子はホッと息をついて立ち上がった。
松が言った。
「志心様はどうだった?多香子。あの方はとてもお美しい上に品がおよろしくて、こちらの宮の女達にも好意を持たれておるのだけど、太刀は大変に鋭くて。」
多香子は、眉を寄せた。
「立ち合いに美しいのは関係あるまい。とはいえ、誠にの。かなりの腕前であられるのに、我を気遣って太刀を奮われておったのには感謝しておる。お気質が穏やかでいらっしゃるのだなと思うたが、時々驚くほど鋭く切り込まれるので、その実大変に激しい神であるのが垣間見えておったがの。そんな時でも品が良くて、あんな男は我が宮には居らぬわな。」
松は、頷いた。
「誠に。あの戦国を戦われた王の一人であられるから、激しい様もお持ちかも。我もご指南いただこうかしら。主が腕を上げたら、簡単に追い越されそうで焦るわ。」
多香子は、やっと表情を緩めた。
「何を申しておるのやらの。主は闘神の王族の血筋ではないか。その年の主に簡単に追い抜かれた我の心地も分かろうほどに。まあ、我などもう、退役しても相手など見つからぬだろうし、主の練習相手でもして余生を過ごすのも良いかもな。」
そんなことを言って笑う多香子は、松の目から見てもまだまだ美しく、若々しかった。
軍神の男達も、多香子を物欲しげに見ていることがあるのに、多香子が相手にしないだけなのだ。
なので、言った。
「…あなたが相手にしないだけではないの。言い寄る男が多く居るのは知っておるのよ?」
多香子は、途端に顔をしかめた。
「何を言うのだ。あんな軽い様で来て、落ち着く相手になると思うか。それこそもっと歳が上がれば、簡単に新しい相手を探しよるわ。だからといって、年寄りはならぬ。覇気がなうて想う気にもならぬしな。そんなわけで、相手など居らぬと言うのよ。主は若いゆえ、それがわかっておらぬのだ。」
まあ、確かにそうだけど。
松はため息をついて、多香子の美しい横顔を眺めていたのだった。
一方、そうはあっさりと義心に下されてしまい、結局月に上がってもまだまだなのだと分かった。
生まれながらの月の二人とは違い、蒼はまだ甘いのだ。
目に見えて落ち込む蒼に、義心は言った。
「蒼様、しかしながら始めたばかりではあり得ないほどの上達ぶりでございます。僅かの間に、ようそこまでにおなりだと。」
蒼は、むっつりと言った。
「敵わないとは思ってたけど、まさかここまでどうにもならないとは思わなかったからさ。維月と十六夜は、もっと初めからできたのに。オレ、自信なくなったよ。」
焔が、笑った。
「それは我でも時々にやられる腕の義心に、主があっさり勝ったら立つ瀬がないわ。気にするでない。我らは気にしておらぬぞ。」
漸が、激しく頷いた。
「そうだぞ。我とて今、どれ程に必死にかかっておったか。やっとさっき一本取った。とにかくこやつは手練れなのよ。」
まあ、そうなんだけど。
そこへ、志心が来て言った。
「なんぞ、蒼は義心にやられて拗ねておるのか?」
蒼は、志心を軽く睨んだ。
「別に拗ねてませんったら。もう、別に良いです。頑張るだけですから。」
漸が、言った。
「どうよ志心、多香子は?そこそこやるだろう?」
志心は、頷いた。
「やる。あれはまだ伸びるわ。だが、本神がのう。落ち着きたいと申しておったし、もったいないがあれの生を考えたら、そろそろ考えてやっても良いのではないか?なにやら、松から聞いたが主の宮では勝手が違うのだろう。」
漸は、息をついた。
「まあなあ、そろそろ落ち着いた相手が欲しいというのは分かるが、もうあの歳まで来たのだし。あやつの目も肥えておるゆえ、相手など無理であろう。相手が良くとも、あやつが否だろうからの。何しろ、若いと男もあちこちするゆえ、落ち着けようがないわけよ。」
志心は、苦笑した。
「婚姻制度がないものなあ。歳を経ると主とて思うわ。一人で良いから安心できる相手が欲しくなるものよ。」
漸は、顔をしかめた。
「それは前世の記憶もあるし、我とて分かっておるわ。とはいえ、これで来たしなあ。400過ぎたら婚姻とか、そんな風にしても良いかもしれぬなあ。」
400過ぎるまで遊び放題か。
こちらから見たらそう見えるので、そこに居る皆が思ったが、何も言わなかった。
そうして、そこからはまた相手を変えて、皆は鍛練に勤しんだのだった。




