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新しい日常

そうして、その正月は終わった。

維心は、時が空いたらという維月の言葉を飲んで、毎日政務を終えたら月の宮へと通って来た。

毎日は多いと十六夜は文句を言ったが、それでも本気で抗議しているわけではないらしい。

神世では、また龍王が月に通っているらしい、という噂は流れていたが、もう何度目かのことなので、皆は特に変な噂として広めてはいなかった。

ただ、どうせまた正妃に迎えるのだろう、という空気が流れているだけで、誰もそれを咎めるような事はなかった。

恐らくは、闇の件で月の仕事が多くなってしまい、それ絡みで離縁となったが、結局は諦めきれない維心が、維月を追って行っているのだろう、ぐらいに思われているらしい。

節分の宴の席で、炎嘉がそう、維心に教えてくれた。

とはいえ、維心が通っているだけで、維月はまだ正式に龍王の妃として宮に入り直したわけでもないので、公の場には共に出て来ることはなかった。

そんなわけで龍の宮での催しは、他の王達が妃を連れて来ても維心はもっぱら一人で出ていた。

妃達はそれは残念そうにしていたが、綾達親しい友は時々に月の宮へと訪れては、維月と会って交流を続けているようだったので、特に問題は起こっていなかった。


維月はといえば、本当に全く陰の月としての感情を忘れてしまって取り戻すことは叶わなかった。

あの時、自分がどう考えてそこまでストイックに陰の月として完璧であろう、と頑張っていたのか、維月にはもう分からない。

だが、今の維月にとって、陰の月の生き方は、受け入れるのは難しいことだった。

ルシウスの事も、愛してはいるようだったが、それでも深い仲になろうとは、思ってはいなかった。

維心を愛して、今は正式ではないにしろ、夫としている維月には、他はそんな相手にはできない、という考えだ。

もちろん、十六夜の事は別だったが、その十六夜とも仲良くはしていても、体の関係になろうとは、今のところ思っていない。

十六夜はどっちでも良いといつも言うが、維月もどっちでも良いという感じだった。

月の眷族の間では、ルシウスも含めてそういう欲というのは、別に持っていないのでどちらでも良く、心だけが重要だという位置付けで、維月もそれに染まりつつあったのだ。

維心の事は、維心自身がそれに重きを置いていることもあり、維月は夫の価値観をしっかり受け入れて、人や神のように夫婦として過ごして問題なかった。

それに対して、維月の愛する十六夜も、ルシウスも碧黎も、全く文句など無いし、おかしな嫉妬もしないからだった。

毎日来ていた維心も、今夜は節分で王達が宮に集うので、月の宮には来ない。

維月は、しばらく会いに行っていなかった、ルシウスに会って来ようと、ルシウスの城へと降りる事にした。


月へ昇ってまた降りるだけで、地表のどこへでも行けるので、維月はあっさりとルシウスの城の中へと出現した。

ルシウスの神殿の中は、いつでも霧が満ちているので、それらを頼りに向かうと簡単にその中に出現できるのだ。

今は、デロイス達もまた、各地の神殿へと派遣されているので、ここにはルシウスしか居ない。

維月がそこへ出現すると、霧達がスーッと場所を開けて媚びるように足元に纏わりつく。

すると、目の前に一段と濃い霧が集まって来たかと思うと、見る間に人型を取って、それはルシウスへと変化した。

「維月。」

維月は、ルシウスを見て微笑んだ。

「ルシウス!」と、抱き着いた。「ずっと他の闇達と過ごしていたのに、たった一人だからと案じていたの。でも、また維心様を夫と決めたから…なかなか来られなくて。思い出してから、来られなくてごめんなさい。」

ルシウスは、維月を抱きしめて首を振った。

「我は一人ではないからの。話がしたければ、サイラスの城へと参っておれば良いのだ。今も、サイラスの居間で話を聞いていたところぞ。」

維月は、顔を上げた。

「え、じゃあお邪魔をしたんじゃない?」

ルシウスは、また首を振った。

「良いのだ。あれも起きたばかりで呆けておったし。主が来たのが気取れたので、また来ると言い置いてすぐに戻ったのよ。」と、じっと維月の目を見つめた。「それで、記憶が無くなっておるところがあるのだの。十六夜が聞いておる。陰の月として考えていたことが、すっぽりと抜けておると?」

維月は、頷いた。

「そうなの。なぜか、全く思い出せなくて。私が、どうしてあれほど愛した維心様を、たかが神なんて言って過ごしていたのか、本当に分からない。でも、多分、だけど、闇を孕む存在としての私を、拒絶されて失望して、もう二度とそんな事は否だと思ったのかなって思うわ。だって、なんとなく覚えている断片を繋ぐと、いつもやっぱりあの方を愛していたから。それでも、もう愛されることがないと思い込んでいて、その事実がつらくてあんな風になっていたみたいな気がするの。今は、維心様は月の宮に残りたいと言った私の意見を飲んでくださったし、十六夜やルシウスを愛していても、良いと言ってくださる。どうしても揺るがないだろうあのかたの価値観では、やはり体の関係はつらいと思われると思うのだけど、私とあなたはそんな関係じゃないでしょう。心で繋がっている感じだから。」

ルシウスは、苦笑した。

「その通りではあるが、我ら会えば唇を合わせるのではないか?」と、維月の額に口づけた。「それも良いと?」

維月は、頷いた。

「ええ。あの方は、変わられたわ。私のせいで。そうしてまで、私をと望んでくださるのだもの、私もそのお気持ちに応えねばならないと思っているの。」

ルシウスは、微笑んで頷いた。

「主がそのように決断したのなら、良い事だと思う。落ち着いた、良い気を発しておる。あの頃、主はどこか張り詰めておったし、我には不自然に見えておったのだ。今は幸福そうに見える。良かったのだと思う。そもそも我は、初めから誰が主の側に居ようと気にはならぬ。我が主を愛していることを、主が疎まずに居てくれることだけが我の望みであるからの。ゆえ、我にわざわざ報告してくれずで良いのだ。主は主の良いように、心安く居てくれるだけで良い。」

維月は、ルシウスを見つめて涙ぐんだ。

「あなたの気持ちに甘えてしまうわ。でも、そう言ってもらえたら私もとても安心するの。ありがとう。あなたを疎ましく思うことなんか、これからも絶対にないから。あなたのことは同じ眷属の友として、大変に信頼して愛しているわ。」

そうは言っても、友とは親し過ぎるし、恋人とするにはお互いに遠慮している様子だ。

ルシウスもそれは分かっていたが、維月のそんな言葉に頷いて、そうして二人は、そのままたわいもない事を話しながら、時を過ごしたのだった。


維心は、炎嘉達と宴の席に居た。

今夜は、さすがに客が多く来ているので、夜に宮を離れて月の宮へと向かうわけにも行かない。

そもそも、次の日の朝に皆で茶を飲んで帰る挨拶を受け、見送るところまでが宮の主の役目でもあったので、維心は今夜は、月の宮には行けないと維月には昨日、維月に話していた。

なので良かったが、それでもこうして戻ってから数週間、まだ初めの気分で離れているのがつらい気がする。

宮での仕事も、夜になれば月の宮で維月に会えると思えるからこそ、穏やかに務めることができていたのに、会えないとなると途端に何やらやる気も失せて行くようだ。

炎嘉が、ため息をついた維心に、言った。

「…何ぞ。最近では落ち着いて月の宮へと通うておるそうではないか?開から聞いておるぞ。毎夜政務が終わったらあちらへ向かい、夜が明けたら宮へと戻っておるのだろうが。」

維心は、頷いた。

「…その通りよ。維月は前の維月と全く変わらぬ様子に戻っておって、あの陰の月のピリピリとこちらを威圧するような性質は全くない。我が愛して来た維月そのままであるので、会わずにはいられぬのだ。今夜は、こうして節分の席があるので、あちらへは行けぬなあと思うと、自然ため息が出てしもうて。」

志心が、苦笑した。

「気持ちは分かるが、別居しておるだけで前と全く変わらぬようぞ。面倒な部分がなくなって、我らも話したいと思うのに、前のように気軽に訪問を受けてくれぬようになったわ。主が申すように、維月も主をまた夫として、妃である自覚があるようぞ。炎嘉がこんな風に申すのも、己が話せぬからだろう。」

炎嘉は、拗ねたような顔をした。

「陰の月としての維月は、我としても近寄るのは面倒だなと思うておったが、前の維月に戻った維月は、大変に話しやすうて癒しになっておったのに。維心と婚姻しておっても、別居しておるのだし別に我らと会って話すぐらいは良いではないか。全く。」

維月は、その言葉通りに他の神とは面倒な噂が立たないようにと配慮してくれているらしい。

維心は、内心ほっとしながら、今は維月はどうしているかと思いを馳せたのだった。

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