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記憶と本心

維月は、夢を見た。

長い長い夢だった。

維心が言った通り、維月は維心に愛されて、様々な困難を乗り越えて生きて来た。

何もかもを、維心から教わった。

書も香合わせも、琴も礼儀も何もかも、維心が一つ一つ維月に教えてくれたからこそ、自分は綾達他の王の妃とも、上手くやれていた。

…楽しかった…。

維月は走馬灯のような記憶を見ながら、そう思った。

だが、闇が現れた。

しかし善良な闇だった。

維月はそれらを助けたいと心から思い、何とか維心にも理解してもらおうとした。

そこで、諍いが起こったのだ。

だが、維月には分かっていた。

維心は、間違いなく維月を愛してくれていたのだ。

こうしてその初めから見ると、よく分かる。

自分の選択は、間違っていた。

陰の月の自分が、何を考えていたのかもうわからない。

何やらそこだけ、すっぽりと抜け落ちているようだ。

今の維月には、あの時の自分が何を思ってどう判断したのか、全く分からなかった。

…空白。

そう、その辺りがすっかり空白なのだ。

…私、何をしていたのかしら。

維月は、思った。

そして、ハッとして目を開くと、十六夜が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「…気が付いたか?どうだ維月?」

維月は、十六夜を見て、涙が溢れて来た。

十六夜…いつの時も側に居て、自分の味方であり決して裏切らない片割れ…。

自分はそれすらも、忘れ始めていた。

分かっていたのに、当然のように思ってその有り難みすら忘れてしまっていたのだ。

「十六夜…!」

維月は、十六夜に抱き付いた。

十六夜は、それを慌てて抱き止めてポンポンと背中が叩いた。

「おお!と、いつも突然だなお前は。どうだ?記憶は。」

維月は、頷いた。

「…思い出したの。愛してる、十六夜。」

十六夜は、顔をしかめた。

「オレもだ。それは分かってる。お前がオレを愛してない時なんかなかったからな。じゃなくて、他のことだっての。」

維月は、涙の中から答えた。

「全部。でも、無いの、陰の月として維心様から離れて生きることを決断した辺りが。何もなくて…むしろ、どうして私は陰の月として生きようと決めたの?維心様が闇を拒絶したから、自分も拒絶されたしだったらもう陰の月でいいやって?」

十六夜は、困った顔をした。

「そんなもんお前の判断だからオレには分からねぇ。てかオレは別にどっちでもいいし。」

そうだった。

維月は、涙を拭いながら言った。

「…あのね、私陰の月の性質はやっぱり理解できないの。無理よ、倫理観が違い過ぎて。誰とでも寝るとか無理なんだもの。」

十六夜は、頷いた。

「そうか。別にどっちでもいいけど、ならそれで良いんじゃね?お前が決めることだ。」

十六夜はいつもそうだ。

何を決めても維月から離れることはないし、理解しようとしてくれた。

維月は、頷いた。

「うん。でもね、私はやっぱり龍の宮には帰れない。」

十六夜は、それはそれで顔をしかめた。

「マジか。維心は許せないって?」

維月は、首を振った。

「違うの。維心様のことは愛しているわ。でもね、私にはルシウスも居る。あの頃には居なかったルシウスが居るから、あの頃には戻れない。十六夜を愛してるし、側に居たいと思う。だから、月の宮から離れたくない。維心様は、妃として私をお側に置こうと思ったら、きっと他は許せないでしょう?私も、誰かの妻という立場なのにあちこち心を分けているのは良くないと思うから。ルシウスとは、そんな仲にはなるつもりはないわよ?でも、十六夜も知ってる通りキスしたりしてるから…十六夜とは違って、維心様には嫌なことだろうと思うの。だから、戻れないわ。」

十六夜は、息をついた。

「そうか。だったら仕方ねぇな。維心にはそう言うしかねぇ。あいつも、恐らくお前以外は無理だからこそ、別れてからも誰も側に置いてねぇしなあ。とはいえ、もしあいつの王妃に戻ったからって、ルシウスと口付けたとかなんとか騒ぎはしねぇとは思うぞ。何しろ、これまでいろいろあったからな。それぐらいじゃびくともしねぇだろう。」

維月は、苦笑した。

「分かってるわ。でもね、私はあの頃のように月の宮から離れて生きたいとは今は思わないの。どうしてかしら…ここが良いのよ。あなたの側が良い。別にどこに居てもあなたとは話して来たけど、やっぱり私にはまずあなたが一番大切なのよ。」

十六夜は、苦笑し返して維月の頭を軽く叩いた。

「そうか。だったらしょうがねぇ。今のお前の中の順位ってのが、それで見えた気がする。オレ、ルシウス、維心か。」

維月は、困った顔をした。

「維心様とルシウスは違うわ。でも、あなたが一番なのはそうね。」

十六夜は、ため息をついて維月を抱き締めた。

「まあ仕方ねぇわ。オレは別にどんな順位だろうと離れることはねぇからよ。お前が決めな。でもな、思い出したらまたお前に突き放されると分かってても、お前の記憶を戻そうと思った維心の気持ちは汲んでやりな。あいつは辛かったと思うぞ?分かったか。」

維月は、頷いた。

「分かった。維心様と話さなきゃ。でも、今は応接間で他の王達と一緒?」

十六夜は、首を振った。

「いいや。まだ自分の対に居る。お前が気になってみんなと宴って気分じゃねぇんだろう。行くか?」

維月は、頷いた。

「行って来る。」

維月はそう言って、自分で着替えると侍女を先触れに出し、夕暮れの中維心の対へと向かって行ったのだった。


維心は、相変わらず凛々しく美しい姿で座って待っていてくれた。

維月はその姿に、いつの時も維心を愛して来たことを思い出し、涙が浮かんで来たが、それを誤魔化すために頭を下げた。

「維心様。記憶の整理がつきました。確かに失っておるところもありますが、これまでのようなことはありませぬ。」

維心は、頷いて言った。

「座るが良い。」

維月は、顔を上げて維心の前の席に座った。

維心は、そんな維月を見ながら、記憶戻ったにしては落ち着いた気、陰の月がこれでもかと出ていた維月ではない、と内心戸惑っていた。

維月は、言った。

「…全て、思い出しましたの。維心様、大変に失礼を致しました。私は、陰の月である自分を持て余していたのでしょう。どう感じてどう判断したのかは、すっぽりと抜け落ちておりますが、あの時の私は間違っておりました。維心様を愛していたからこそ、陰の月として極端に振る舞うことで、拒絶された己の辛さを封じていたように思います。私は、あんな風でも常にあなた様を愛しておりました。でも、いつまた拒絶されるのかと恐れていて、元に戻ることなどできないと思っておったようですわ。失礼な振る舞い、誠に申し訳ございませんでした。」

維心は、そうだったのか、と思った。

維月はまだ愛していてくれたからこそ、己を守るためにそんなことは全く気にしない陰の月の性質を全面に出して、己を守っていたのだ。

神が何程のものだと思うことで、傷付かないようにしていた。

言われてみたら、そうだったのかと思えることが多かった。

「…我が悪かったのだ。何も分かっておらなんだ。今は、主を愛しているが思い出の中に生きることを決めて、毎日を過ごしていた。それでも、主がどうしているのかと考える事も多く…だからといって、陰の月に染まった主では我など最早興味もないだろうと。今の主は、思い出したと言うのに落ち着いておる。それは、取り繕っておるからか?」

維月は、首を振った。

「いいえ。恐らく失った記憶がそうさせておるのでしょうが、私には陰の月の価値観を受け入れることはできないので、これ以上変わることはありませぬ。維心様、私は今でも維心様を愛してはおりますが、もし維心様が再び宮へお迎えくださると仰ってくださっても、私はそちらへ行くことはできないと思うのです。なぜなら、あなた様をまた、傷付けてしまうかもしれないから。私はこちらへ来て、十六夜とも絆を深めました。いつの時も私を支え、理解してくれた十六夜は、私にとりとても大切な存在ですの。月の宮を離れたくありませぬ。」

維心は、ショックを受けた顔をした。

愛していても、宮へ戻らぬと…?

「…それは、もう我が妃には戻らぬと?」

維月は、息をついた。

「維心様、私はルシウスも大切に思っております。体の関係はありませぬが、側に居て体を寄せることはありまする。そんな妃など、維心様にはふさわしくないかと思うのですわ。維心様は神であられて、妃は宮に囲って他を寄せ付けたくはありませんでしょう。結局、傷付くことになるのですわ。私は、これ以上維心様を傷付けることはできませぬ。」

維心は、拳を握りしめた。

確かにそうだが、それを克服できるだけの覚悟は、もうできたはずだった。

だが、確かに苦しい時もあるだろう。

月の眷属達とは、やはり違うのだ。

維心がじっと黙って考え込むのを、維月は見つめながら待った。

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