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庭にて

綾とそうやって話しているところへ、侍女が入って来て頭を下げた。

維月は、言った。

「あら、どうしたの?」

侍女は答えた。

「はい。龍王様より、落ち着かれたのなら庭にでも、とのことでございます。もし大丈夫ならお迎えに参られると。」

維心は、席を立ったのか。

維月が驚いていると、綾が急いで立ち上がった。

「まあ。ならば我はもう失礼を。また伺いますわ。」

維月は、頷いた。

「はい、また時を作りますわ。あの、お席に行けたら参りますので。慣れねば他の方々ともお話もできておりませぬし。」

綾は、頭を下げた。

「ご無理はなさらずに。また、我がこちらへ参れば良いのですから。では、御前失礼いたします。」

維月は、会釈を返した。

「またお会いしましょう。」

綾は、そこを出て行った。

維月は、急いで言った。

「では、あのお庭に出るとお伝えを。」

侍女は、また頭を下げた。

「はい。」

侍女は、出て行った。

維月は、何とか思い出さねばと、ため息をついた。


相変わらず少し見ないとめまいがするほど美しい姿で、維心は維月の部屋の前の庭へと現れた。

維月はそこに立って待っていたのだが、近付いて来る維心を惚れ惚れとして見つめた。

本当に美しい王なのだ。

維月が頭を下げると、維心は手を差し出して言った。

「待たせたか。皆が疲れて来たと申すので、では我も戻ると部屋に戻ったのだ。他は、結局何やら遊びの話をするのだと残る奴も居て、今はバラバラぞ。」

維月は、顔を上げて維心の手を取った。

「そうでしたか。ならば綾様も戻られて正解でありますわね。こちらで話しておりましたので。」

維心は、少し戸惑う顔をした。

「誠か。邪魔をしたのでは。」

維月は、首を振った。

「綾様も直に戻られねばなりませんでした。翠明様が探されるでしょうし。それより、本日は湖の方へ参りますか?あちらは庭ではありませぬが、広く美しいですわ。」

維心は、頷いた。

「参ろう。」

ここのことなら嫌になるほど知っている。

だが、維月は共に過ごした全てを忘れてしまっているのだ。

維心は、維月と共に湖の方へと足を進めて行ったのだった。


湖には、前世から多くの思い出があった。

今生、まだ成神仕立ての頃にもここで維月と会った記憶がある。

長い長い年月、維心は維月だけを愛して来たが、維月の闇の部分にまで、気付いていたわけではなかった。

いや、知っていたが、それでもそれは維月ではないと思っていた。

だが、それは間違いだった。

それも維月であり、維月はひたすらにそれを抑え、隠していたのだ。

今の維月も、確かに陰の月ではあるが、無理をして抑えているような感じはなく、出会った頃の維月にも通じる穏やかな気だ。

この中に、また苦悩するほど大きな力が隠されていることを、この維月はまだ知らない。

どこまで覚えているのかはわからないが、維月は上手く陰の月をいなしているように見えた。

共に歩きながら、維心は言った。

「…こうしておると、主の陰の月の部分はあまり感じられぬの。」維心は、慎重に探るように言った。「我が知る主は、陰の月の力を持て余しているようだったのに。」

維月は、首を傾げた。

「確かに…時に陰の月の力を使いますけれど、振り回されることはありませぬ。どうやら、上手く使いこなす術を知っておるような。私の記憶の中ではまだ、月に成り立ての頃のような心地でありますのに、それでも長く使っておったような記憶もございます。何しろ、難なく力を勝手に使いますの。そんな方法を何故に知っておったのかと、疑問に思いますけれど、恐らく誠に長く使っていたのでしょうね。早う思い出さねばと思うのですが。」

維心様をどんな風に愛していたのかも、知りたいし。

維月は、思ってため息をついた。

維心は、言った。

「無理をせずとも良い。主は今のままでも充分なのだ。」と、ため息をついた。「…何しろ、我はの。陰の月が闇寄りの力であることを分かっていたようで分かっておらずで。主とはそれで、一度諍いを起こした。我の責ぞ。」

維月は、驚いた顔をした。

「え、諍い?」

こんな美しい王に、私は何を言ったのかしら。

維月は、何しろ十六夜からも聞いているが、前の自分の倫理観の欠如といい、もうわからないことだらけなのだ。

王に失礼なことも、恐らく平気で言ったのだろう。

それでも、こうして共に話してくれる維心には、感謝しかなかった。

維心は、続けた。

「我が悪い。我は主を愛していたし、全てを受け入れているつもりであったのに、闇となると嫌悪感が半端なくての。主の中のそれを分かっていても、主は綺麗に隠していたし、そんな主を愛していたのだが、主から見たらそれも己だからと。結局、我は主を愛していたのではなかったと、主から見たら裏切られた心地であったのだろう。ゆえ…本来、もうこうして共に歩くことも、できぬでいた。」

維月は、驚いて口を押さえた。

つまり、愛し合っていたが、維月から見たら本当の己を愛していたわけではないと判断して、離れたということなのだ。

維心は、維月を見つめた。

「維月、何も覚えてはおるまい。だが、聞いて欲しいのよ。我の心地に偽りなどなかった。結局は、我は闇を孕みながらもそれを抑えて苦悩していた、主を愛していたのだろう。闇を表に出して月として生きることを決めた主を、なので見送る他なかったのだ。だが、愛していた。もう、記憶の中の主を愛して行くことを決めて生きていたのだ。それを…主はまた、そうして記憶を失くして我の愛した主になり、我の前に居る。我は…なので主が記憶を取り戻すことを恐れておるのだ。また、主は我を疎むだろう。陰の月として生きるために。我にとり、今は夢の中に居る。失った愛していた頃の主と、こうして話すことができておる刹那の幸福の中にの。」

そうだったのか。

維月は、十六夜が奥歯に物が挟まったような言い方を繰り返すのが、どうしてなのか分かった気がした。

全てを見て知っている十六夜は、お前が決めることだと詳しくは教えてくれなかった。

嫁いだり離縁して戻って来たりとか言っていたのは、そういうことだったのだ。

自分は、きっととっくに維心に嫁ぎ、そうして離縁して戻って来ていたのだろう。

離縁、という言葉に、過剰に反応して倒れた意味が分かった。

思い出したくなかったのだ。

維心と、とっくに破綻していた事実を…。

それでも、愛していた己の事を。

「…維月?」

維心が、戸惑うように言う。

維月は、頭の中に浮き上がって来る断片的な記憶に、押し潰されそうになっていた。

ふらりとふらついて膝をつきそうになるのに、維心は慌ててその肩を抱いた。

「維月!すまぬ、混乱させたのか?!」と、叫んだ。「碧黎!碧黎、維月が!」

「分かっておる。」側に、碧黎が出現したのが分かった。「…今度こそ頭の中が大混乱ぞ。しようがない、主が望んだことであろう?己から夢を終わらせようと思うたのだな。」

維心の声が答えた。

「…夢は所詮夢でしかない。我が己を慰めるために、これをいつまでもこのままにはしておけぬ。このままでは、友とも満足に会話できぬだろう。維月のためにも、思い出してなるようになるしかない。それでも我は、これを愛しておることは変わらぬのだから。話すべきだと思うた。」

維心様…。

維月の意識は、そこで途絶えた。

碧黎と維心は、維月を抱いて宮の部屋へと運んで行ったのだった。

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