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相談

炎嘉は、慌てて他の王達に聴こえていないか大広間を見渡した。

全員、己の話に夢中でこちらの動きには気付いていない。

《だから、わざわざ声を落としておるではないか。聞かれたくないことぐらい分かる。》

炎嘉は、ムッとして言った。

「あのな。主らの眷属は勝手に聞いておって勝手に割り込んで来るゆえ、こちらは迷惑なのよ。我の結界の中に霧などないのに、どうやって見ておった?」

ルシウスは答えた。

《霧のない場所など地上にはない。月の結界の中ぐらいのものよ。目視できぬほど細かな霧は、神達が集う場所でもそれらから僅かに発生してその辺に浮いておる。それより、維心であろう?我に何かできることはあるか。》

維心は、驚いた顔をした。

「…主、我を手助けしてくれようと言うのか。」

ルシウスの声は答えた。

《前にも言うたが、我は維月が大切にしておるものは大切にする。あれの幸福が我の幸福であるからの。維月も我らをそのように扱うし、それが当然と考えておる。主が困っておるのなら、手助けしようぞ。》

徹底しているのだな。

皆が、それを聞いて思った。

維月が幸福なら、別に相手が自分でなくても良いのだ。

維心は、またドスンと落ち込んだ顔をした。

「…だから主には勝てぬのだ。何故に主らはそんなに無欲なのよ。欲を司っておるのに。」

ルシウスは、言った。

《無欲?我は無欲ではないわ。維月だけは幸福にと思うのは、それが結局己の幸福だからぞ。我は己の幸福に貪欲なだけよ。》

考え方が違う。

そこはもう、話しても平行線なので誰も何も言わなかった。

炎嘉が、言った。

「…こちらでは、維月が忙しいのは闇との共存が始まって、主らとの交流もあってと思うておるのだが、そこのところはどうか?主が、維月の代わりに何かできるとかないのか。」

ルシウスは答えた。

《できる。というかやっておる。つい昨日、十六夜があれの仕事は己でやるから、維月の仕事を担えるかと聞いて来た。元より我らは同じ能力を持っておるから、もちろんできる。なので、維月がやっておるのは、我の報告を聞くぐらいのことよ。》

昨日からやっていると。

というか、十六夜は己の仕事をルシウスにやらせていたのか。

「主は十六夜の仕事もできるのか。」

焔が思わず言うと、ルシウスは答えた。

《できることもある。霧の調節は我の方が長けておるから。だが、十六夜にしかできぬこともある。我を消すことぞ。我は他の闇を消せるが、他の闇は我を消すことはできぬのだが、十六夜にだけはできるからの。》

ということは、大部分をたった一人で担えるのだ。

「…主は優秀だのう。」

思わず焔が言うと、ルシウスは言った。

《何を今さら。だが、全部はいくら我でも面倒なのだ。今は、いくら平和な世でも質の悪い気もよく発生する。見張らねばならぬし。そんなことより、維心のことだろうと申すに。他に何か?》

炎嘉は、維心を見る。

維心は、首を振った。

「…いや、何も。後は我の行動次第だろう。主が維月の仕事を担えるのなら、あれは手が空いたということであるし。話してみるしかないが…あれが、今さらに窮屈な場所に戻ろうと考えるだろうか。今は、月の宮で気ままにしておるのに。」

志心が、言った。

「そこは主、あちらの気持ち次第ぞ。言い出すタイミングの問題よな。主と同じく、愛情が復活しておったら戻って来よう。どんな感じよ?」

維心は、ため息をついた。

「分からぬ。今申して大丈夫だろうか。」

答えを求めた言葉ではなかったが、ルシウスが答えた。

《…今はやめておいた方が良い。》

え、と皆が思わず宙を見る。

炎嘉が、言った。

「そうか主、心持ちが見えるのだの。維月が求めておることも分かるのか。」

ルシウスは、答えた。

《分かるが、我が言うて良いかどうか。とりあえず、今の主らの会話から、タイミングがどうのと申しておったので、今はやめておいた方が良いとだけ申す。》

「…気持ちが固まっておらぬということか…?」箔炎が、困惑したように言った。「確かに龍王妃の地位は面倒この上ないしな。またあの地位にとは、経験しておったら尚更敷居が高かろう。今は自由なのに、また龍の宮の奥に籠められるのだぞ?しかも、里帰りとて維心が許さねばできぬとなれば、踏ん切りもつかぬのでは。」

思えばあの頃は、それが当然だった。

維心は、思った。

帰りたいと言い出したら渋る維心に、維月はどんな気持ちでいたのだろうか。

本当に我が儘だったと、昔の自分をどうにかしたい心地になる。

それが記憶にあるから、維月が戻るのを渋ると言うのなら、尚更だった。

《…とにかく、我はもう話を終える。》ルシウスが言った。《後は、主らで何とかせよ。また何かあったら声を掛けてくれたら答えるやも知れぬ。答えない時は、言えぬ時だと思えば良い。》

そこで、ルシウスの声は途切れた。

とりあえずルシウスのお陰で、タイミングを見誤ることは回避できたようだったが、ではいつ言えば良いのだろうか。

他人事なのに、皆ため息をついたのだった。


ユージーンは、二十年前にルシウスと話したいと頼んで、その時少しだけ、話をすることができた。

どうやら、ディオン達と話すのはまだ時ではないと言われて、ユージーンだけならと言われたようで、対面はヴァンパイア城にて実現した。

僅かな時間話しただけだったが、ルシウスは闇であるのにとてもできた命だと分かった。

あちらも、ユージーンには時に話し掛けることを許してくれたので、たまに神殿に居る時に声を掛けてみたりする。

ルシウスは、返したい時は返したし、そうでない時は無視だったが、それでもあれだけ難儀していた悪魔の懸念は、一気に失くなり大陸はとても安定していた。

お蔭で、ユージーンがあちこち出掛けて行っても、特に問題なく天使達が回して行けるので、気軽に外出できるようになった。

長い年月この神殿に籠められていた、時間が嘘のようだった。

ディオン達も、不干渉地域が不干渉地域ではなくなって、皆で分割して領地として面倒を見るようになって、落ち着いて来た。

最初は霧の懸念がまだ残ると、あの土地に入ることを危惧していたあれらも、今ではきちんと結界を張り、落ち着いて面倒を見ていた。

なので、闇に戻って欲しいとか、面倒を見て欲しいとか、そんなことはついぞ言わなくなっていた。

霧の懸念が失くなってこのかた、なのであちらの皆も気軽にこちらへ訪問するし、島にも他の大陸にも、珍しい催しなどがあれば見に行くようだ。

ユージーンも、そんな楽しみなど考えたこともなかったのに、時に参加したりして、初めて己のために生きているような心地になっていた。

今日も、島で数日後に七夕という行事があるらしく、それに参加するために準備を整えていた。

よく分からないが、楽の音を聴きながら酒を飲んだり話したりするらしい。

島では、何かある度に宴があるので、ユージーンは最近少し、それに慣れて来ていた。

マヌエルが、膝をついた。

「我が神よ。島に渡られるご準備ができました。後は上位の天使達がいつものようにお守り致します。我がお供を。他にも輿を運ぶ天使達を、揃えてお待ちしております。」

ユージーンは、頷いた。

「では、参るか。なに、七夕祭りとは明後日のことであるようだし、ゆっくり参ろう。」

時差があるので、到着は一週間前から受け付けてくれるらしい。

もう、ディオン達も着いているかも知れなかった。

ユージーンは、皆が平和に集う日が来るとはと、それを楽しみに神殿を飛び立ったのだった。

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