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目覚め

十六夜は一睡もしないで維月の隣りに居ようとしていたのだが、並んで横になっていると、いつの間にか寝てしまっていた。

何しろ維月は気持ち良さそうにスウスウ寝息を立てているので、その隣りに居るのに眠るなという方が無理だった。

朝の光が入って来て、ハッとした十六夜が目を開けると、維月がじっと十六夜を見つめていた。

「…維月?」十六夜は、言った。「目が覚めたか。」

維月は、頷いた。

「十六夜…私、なんだか混乱してて。変な感じ。」

十六夜は、頷いた。

「それはそうだろうなあ、だってお前、闇に食われそうになってよ。ちょっと持ってかれたから、そこんとこ欠けてると思うんだ。でも、ちゃんと話せてるし大丈夫だな。」

維月は、十六夜を見て、顔をしかめた。

「でも…なんだかおかしいのよ。闇に食われそうになったってなに?闇がまた発生してるってこと?というか、今いつ?ええっと…有は?蒼は?涼と恒と遙は…?」

え、と十六夜は固まった。

全部、人だった時の子供の名前だからだ。

「待て維月、お前、今がいつだと思ってる?」

維月は、顔をしかめた。

「分からない。なんだかすごく時間が経ったような気もするし、まだ人だった時の記憶がめっちゃ前に出てるし…でも、なんだかいろいろ知らない記憶もあるような。私の中で辻褄が合わないの。」

十六夜は、茫然と維月を見つめた。

維月は困ったように十六夜を見ている。

よく考えると、十六夜はいつの時も維月と一緒に居たので、維月の記憶がどうなっているかというときに、自分で試すのは間違いなのだ。

維月は、何があっても恐らく十六夜だけは頭の中にあるからだ。

二人が困惑しながら見つめ合っていると、そこへ碧黎が珍しく歩いて入って来て、言った。

「…目覚めたか?」

十六夜は、ハッとして碧黎を見た。

この感じだと、もしかしたら碧黎の事は、覚えていないかもしれない。

だが、維月は碧黎を見ると、言った。

「お父様?」

碧黎は、途端にホッとした顔をした。

「覚えておるか、維月。」

維月は、頷いた。

「お父様、おかしいのですわ。何も…何も出て来ないのですわ。お父様のお顔を見たら、すぐに思い出しました。もしかしたら、まだ整理がついていないだけで、いろいろ頭の中にはあるのかもしれませぬ。あちこち見て回らねばなりませぬか。」

だが、言葉は丁寧ぞ。

碧黎は、言った。

「…恐らくどこかに覚えておることもあるし、全く欠落してしもうた事もあるのだろう。闇が掠めてしもうて、綺麗に取り去ったのではなく適当につかみ取られたような感じになってしもうておるのよ。失ったものは、もう戻らぬが、しかし残っておるのが断片的なら覚えておることも出て来るはず。少しずつ、回復させていかねばならぬ。」と、十六夜を見た。「主も、しばらくはこれについてあれこれ説明してやらねばならぬぞ。失った所を埋めて行かねばならぬ。何を失ったのかも、今の状態では分かっておらぬし。何より主が、誰より維月の記憶の中に長く居るのだ。主しか、これを混乱から助けてやれる命が居ない。」

十六夜は、頷いた。

「分かってる。」と、維月を見た。「何を覚えてるのか忘れてるのか分からねぇが、言葉はしっかりしてるよな。子供っぽくねぇ。多分、龍の宮で躾けられたことは覚えてるってことだしな。」

維月は、驚いた顔をした。

「え、龍の宮っ?私が龍の宮で行儀見習いしてたのっ?」

え、と碧黎と十六夜は驚いた顔をした。

維月は、至極真面目な顔で二人を見返している。

十六夜は、困惑した顔で言った。

「…お前、龍の宮を覚えてないのか?あれだけ居たのに?」

維月は、顔をしかめた。

「そんなに居たの?…覚えてない。でも、躾けられたことは覚えてるってことね?」

そうなんだけどよ。

十六夜は、碧黎を困ったように見る。

碧黎は、維月の頭を撫でて、言った。

「神世でも、充分にやって行けるだけの行儀は覚えておったはずぞ。ゆえ、大丈夫なはず。今、ちょうど花見に神世の王達が来ておるし、主も面識がある神が居るやもしれぬぞ。見て参るか。まだ帰っておらぬはず。」

十六夜が、慌てたように言った。

「今からか?」と、じっと宮の中を探った。「…確かに、あいつら早起きだし今、帰る前の朝の茶会ってのをしてるけどよお。」

維心も居るのに。

十六夜は思ったが、確かに面通しするにはちょうど良いのだ。

いちいちあちこち連れて行っては顔を見てなど、していられないからだ。

維月は、緊張気味な顔をした。

「でも…王の方々にご挨拶なんて、大丈夫かしら。ええっと、そうか、蒼が居るのね?」

碧黎は、頷いた。

「蒼が居る。大丈夫ぞ、我がこれから行って事情を話しておくゆえ。」と、十六夜を見た。「侍女を呼んで、着物を替えさせよ。先にあちらに話して参る。」

十六夜は、頷いた。

「分かった。」

維月はまだ心配そうだったが、侍女達が来て着物を着付け始めると、段々に覚悟を決めたような顔付きになって来ていた。

十六夜は、どこまで維月の中に残っているのかと、忘れられていたら相手はどんなショックを受けるのかと考えると、案じて仕方がなかったのだった。


蒼が、帰る前の朝の茶を王達と一緒に飲んでいると、目の前にパッと碧黎が出て来た。

いつもの事だったが、皆がびっくりして目を丸くする。

蒼は、ため息をついて、言った。

「…碧黎様。扉から入って来てくださいっていつも言ってますのに。」

碧黎は、言った。

「維月をここへ連れて来る。」

え、と皆が驚いた顔をした。

維心は、無表情でどう考えているのか分からない。

蒼は、言った。

「ちょっと、あの、いきなり連れて来るってどうしてですか。本人が来るって言うんですか。」

碧黎は、首を振った。

「記憶ぞ。蒼、あれは目覚めてまず聞いたのは、主、有、涼、恒、遙の事だった。」

蒼は、目を丸くした。

それは、前世の記憶だ。

「え…母さんの記憶しかないんですか。」

だったら、ほとんどが無いと言う事になる。

碧黎は首を振った。

「違うのだ。綺麗に取り去ったのではなく、乱暴に逃げながらつかみ取られたので、あちこち欠けておる。十六夜の事は覚えておる。あれは、前世の赤子の頃から一緒であるから、維月の記憶の中で十六夜が居なかった時がないのだ。だが、恐らく主ら神世の王の事は、覚えているのかどうかわからぬ。我のことは、顔を見たら思い出したと言うておった。ゆえ、他もそうかもしれぬし、もしかしたら完全に消えておるかもしれぬ。面倒な状態になっておるのだ。」

そんな事になっておるのか。

皆が、顔を見合わせる。

蒼は、言った。

「…つまり、どこまで記憶に残っておるのか、ここへ連れて来て調べるのですね。」

碧黎は、頷いた。

「その通りぞ。ちなみに、維月は龍の宮に居たことすら覚えておらぬ。十六夜が龍の宮と言った時、自分がそんな所に行儀見習いに行っていたのかと驚いた顔をしておった。記憶が混濁しておるのか、それとも失ったのかは分からぬ。とりあえず、ここへ来るように申しておいたからの。主らは、維月に合わせてやるが良い。強く詰問するでないぞ?あれの頭の中には、ハッキリ言うて何があって何が無いのか我にも分からぬのだ。」

全員が、維心も含めて俄かに緊張気味な顔になった。

記憶のない維月に、どう対して良いのか分からない。

だが、蒼が言った。

「オレは、覚えているのが分かっていますから。オレの安否を聞いたわけですからね。オレが話を進めます。皆様は、適当に合わせてくださったら良いので。」

分かっていたが、誰を覚えていて、誰を覚えていないかで、何やら皆の間でおかしなわだかまりがあっても困る。

特に、維心を覚えていないのに炎嘉を覚えていたり、志心を覚えていたりしたら、結構ややこしい事になるのではないだろうか。

全員がいろいろ思ったが、しかし拒否することは、誰にもできなかったのだった。

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