誰か
箔炎が、言った。
「…それではあまりにも那佐に負担が大きい。何年我慢すれば良いと言うのだ。我なら耐えられぬ…己が霧を生み出してしまいそうぞ。」
焔も、何度も頷いた。
「その通りぞ。たかが女神の霧でも厄介なのに、那佐の霧などもっと大変なことになるぞ。」
しかし、渡は言った。
「仕方がないわ。あれを娶ると決めたのは我ぞ。責任は取らねばならぬ。我は精神力だけはあるゆえ、簡単には霧など作らぬよ。」
炎嘉が言う。
「それでもぞ。誰も発生させたくて発生させるわけではないからな。その昔高瑞が病んだ時は、あちこち面倒になって毒された人を間引かねばならなんだ。もうあんな事はしとうない。何か方法はないのか。」
志心が、言った。
「…ならば、那佐の心地をなんとかなだめる存在を側に置けば良いのではないのか。」皆が志心を見る。志心は続けた。「楓ぞ。楓なら、那佐の話を聞いて気持ちを落ち着かせることができるのではないのか。もう、この際一人とか言うておられぬ。その一人が厄介ならば、他の妃に打ち消させるしかないのだ。」
しかし焔が、言った。
「しかし…楓を疎んじて嫌がらせをするのではないのか。霧が憑いた状態なのだぞ?我は前世それで妃を失っておるからの。案じられる。」
渡は、頷いた。
「我のために楓に我慢などさせとうない。複数居たら面倒が起こるのを知っておるから一人娶ったら一人にしておったのだ。我は大丈夫ぞ。」
渡ならそう言うだろう。
しかし、じっと聞いていた公明が、言った。
「…いや、楓に話してみる。」え、と渡が公明を見ると、公明は続けた。「あれも渡殿が来たら毎回訓練場に見に参ったり、楽しみにしているようなのだ。恐らく慕わしく感じているのは事実。ならば、この状況を説明して、嫁いでくれるか聞いてみる。あれは伊達に長く生きているのではないし、あれだけ面倒だった公青のことも上手くいなして育てたほどぞ。宮の催しの時でも、数多くの皇女達と立ち交じり、独身である事から嫌味を言われても軽く受け流して上手くやっておる。必ず上手くやるはずぞ。渡殿、楓のことは娶っても良いと思うか?」
渡は、困った顔をしたが、渋々頷く。
「それは…楓が宮に居ったらと思う事は多いが、わざわざ面倒がある宮に嫁ぐなど。」
公明は、頷いた。
「ならば、直接楓に話されるがよい。楓が否なら仕方がないが、良いのならそちらへ嫁がせる。王が妃のために自己犠牲など、あってはならぬ。」
公明の勢いに皆、驚いたがよく考えたら公明も一度妃で失敗している。
高晶の皇女との婚姻が、上手くいかずに離縁しているのだ。
恐らく己の身に置き換えたら、とても耐えられないと思ったのだろう。
炎嘉が、言った。
「ならば明日にでも公明の宮へ行って話を付けて参れ。那佐、王には要らぬストレスなどあってはならぬのだ。非常時に的確な判断ができぬようになるからの。とにかく、そうせよ。楓を娶る口実は…そうだの、公明と言い争いになって、宮と宮との関係を良くするために、娶ることになったとか言って、仕方なく娶るのだと言え。そうすれば、美穂も更に病む事はなかろうが。」
公明は、頷く。
それを見た渡も、仕方なく頷いた。
箔炎が、息をついた。
「昔はこんなことぐらいで霧など生み出さなんだのに。妃は大勢が当然だったし、それなりに皆やっておった。ここ最近ぞ、こんなことになるのは。」
炎嘉が、頷いた。
「その通りよ。女神の意識が変わってしもうたからの。何しろ龍王が維月一人を貫いて、複数娶るならば皆を大切にと言い出しおったから。古風な女神ならいざ知らず、若い女神なら王に歯向かったり、したい放題の奴も増えた。ゆえ、我とて妃など面倒と独り身を貫いておるのだしの。」
皆、頷く。
維月は、それを空から聞いていて、ため息をついた。
自分が、前世女神にも権利をと騒いだからこそ、今の意識があって、だからこそこんな面倒も起こっているということなのだ。
つくづく、神世を知らぬ時の自分がやったことが、今世を乱しているのかと思うと、罪深い気がしてならなかった。
志心が、言った。
「…とりあえず、事が収まるまでは多香子を宮から出さぬことにするわ。七夕を楽しみにしておったゆえ不憫であるが、仕方ない。またいくらでも機会はあろうしな。」
炎嘉が、頷く。
「それが良い。身籠っておらねば多香子なら問題ないと言うかもだが、主の跡取りが腹に居る。此度は諦めさせたほうが良いわ。」
王達は、ウンウンと頷き合っている。
維月は、龍の宮とのリンクを切った。
維月がため息をつくと、それを黙って聞いていた、蒼が言った。
《あのさ。別にそんな大層なことをしなくても、ここに連れて来ても良いけどな。》
維月は、顔を上げた。
「え、また面倒を抱えるつもり?」
十六夜が、言った。
《そうだぞ、あいつらがなんとかしようとしてるんだから、任せて置けば良いんだよ。治療してもまた、宮へ戻れば元通りかも知れねぇのに。ここに美穂を置くのか?高瑞とは違うんだぞ。あいつがここで何の役に立つってんだ。》
まあそうなんだけど。
蒼は、ため息をついた。
わかっているが、それでも渡が面倒を抱え込むと思うと、助けてやらねばと思ってしまう。
ルシウスが、言った。
《蒼が言うは、またそれでも面倒になったらで良いのではないか?手は多い方が良いし、それも一つの手立てだと温存しておけば良い。神のことは神が。常、碧黎が申すのではないか?》
その通りだ。
蒼は仕方なく頷いて、それでも霧が収まらぬようなら皆に進言しようと思っていたのだった。
次の日まで待たずに、渡は宮へと帰った。
何事も対応は早い方が良いので、臣下に理由を話しておこうと思ったのだ。
そして、美穂のことは今夜からとりあえず、側に呼んで様子を見ようと思っていた。
渡は、夜中にと関わらず集めた臣下に言った。
「面倒が起きておる。美穂から、霧が発生しておると月から知らせて参ったのだ。ゆえ、明日を待たずに戻って参った。」
加木が、驚いた顔をする。
「え、霧が?何も気取れませぬが。」
渡は、頷いた。
「発生したハナから月が消してくれておるからぞ。しかしこのままでは、埒が明かぬ。なので対応を考えたのだが…。」
他の臣下が、言った。
「もちろん、お里へお返しになられるのでしょうな?」
しかし、渡は首を振った。
「このまま返してはあちらも大変。こちらへ来てああなったのだから、こちらに責があると我は思うておる。返すにしても、治してからぞ。ゆえ、とりあえずここは落ち着かせるために側に置こうと思うておるのだ。」
臣下は、ショックを受けた顔をした。
加木が、とんでもないと言った。
「霧を発生させておる者を王のお側になど!王の御身に何かあったらどうなさるおつもりですか。なりませぬ、我ら反対でございます!」
まあ、臣下ならそう言うだろうな。
渡は、息をついた。
「…ならばどうせよと申すのだ。あのまま里には帰さぬぞ?主ら、他にあれを癒やす方法でもあるのか。」
加木達臣下は、顔を見合わせる。
加木が、言った。
「…では、まず美穂樣にご自身のことをお話しせねばなりませぬ。ご自覚頂いてから、王は側にと仰っておるが、霧の発生が止まらねばお側に置く事はまはまならない。ゆえ、早うお気持ちを抑えてくださいませと、我らお願い致します。」
美穂に自覚させる…。
確かに、それはいいかも知れない。
渡は、答えた。
「ならばそれで。ただ、それは我が話す。主らからでは素直に聞かぬやもしれぬしな。では、美穂を呼べ。我の居間に。」
臣下達は霧を生み出す者を王の側に上げるのは気が進まないようだったが、確かに渡から話した方が良いのは分かるようだ。
なので、もう遅い時間にも関わらず、侍女に命じて美穂を呼びに行かせたのだった。




