俺の事を嫌ってたはずの妹が異世界から帰ってきたが、俺の事をお兄ちゃんとか呼んでくる上に、魅了の魔法で俺を惚れさせようとしてくる
「お兄ちゃん、ちょっと来て」
「ん?なんだ?」
俺を呼び止めた少女。端正な顔立ちに、腰までかかる燃え上がるような赤髪。外に出れば誰もが振り返るような美少女。それが俺の妹の結だ。運動もできて、成績も優秀。完璧と言っても過言ではない。
「アトラ!」
この意味不明な呪文を言ってくる点だけを除けば。右の手のひらを前に突き出して、謎の言葉を発した結を見て、俺はため息をついた。
「はあー」
「ど、どう?」
「どうって、なにもないけど」
「あ、あっそ。ならいいわ」
このやり取りを何度繰り返しただろうか。結は俺と再会してからずっとこんな感じだ。結は4年もの間、行方不明になっていて、つい最近やっと帰ってきた。俺は妹に会えて、泣くほど嬉しかったのだが、なぜか結は異世界に行っていたという妄言を言い始めたのだ。それだけならまだしも、本人曰く魔法らしいのだが、事あるごとに先程のように俺にアトラという単語を言ってくるようになった。
「なあ。これいつまでやるんだ?確か……対象を支配する魔法?だっけ」
「そんなの、いつまででもいいでしょ! お兄ちゃんに関係ないじゃん!」
「俺、毎回呼ばれてるんだけど」
毎度毎度、これに付き合わされる俺の気持ちにもなってほしい。可愛い妹だからまだ良かったものの、こう一日に何度もあるとさすがに面倒くさくなってくる。
「結局これまで一度も成功してないしな。本当は魔法なんて使えないんだろ?」
「使えるわよ! 今までは調子が悪かっただけ。いつか成功させてみせるんだから」
「そのいつかがいつ来るんだか。それに別に成功させなくてもいいだろ。俺がどっかに行くわけでもないのに」
「あるのっ! ……うかうかしてたらお兄ちゃんが取られちゃう……」
「取られるって誰に?」
「え?えっと……色々よ!」
俺にはますます結が分からなくなってきた。
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そして別の日も。
「こっち向いて、お兄ちゃん」
「またか……」
「今日こそは。アトラ!」
「…………」
もちろん俺にはいつも通り、なんの変化もない。
「効いて……ないわよね」
「ああ。まったくと言っていいほど効いてない」
「はぁー。どうしてできないのかしら。あっちの世界では使えたのに」
「さあな。こっちでは使えないんじゃないのか?」
まあ俺からすればできないのが当たり前なのだが。本当にそんな魔法が使えたら驚いて、腰を抜かす自信がある。
「あっ!」
そんなことを考えていると、結が何かを思いついたように声を上げる。
「どうした?」
「思い出したんだけど、相手に干渉するタイプの魔法には相手との距離が関係するのよ。この魔法もその一種。だから対象との距離が近くなれば魔法の効果が増すの。これを使えば――」
「もしかしたら成功するかもしれないってことだな」
「うん。だから――――」
そこで言葉を区切ると、結は意を決したように俺との距離を一歩詰めてきた。それはつまり元々近かった距離がさらに近くなるということ。それこそ肌と肌が触れ合うぐらいに。
「ちょっ、結、おまえ何して」
「か、勘違いしないでよねっ! こ、これは魔法のために、近づく必要があるからやってるだけ! 我慢しなさいっ!」
「わ、わかってるけど。流石にここまでやるか?! 俺、結構恥ずかしいんだけど」
「そんなの私も恥ずかしいんだから目をそらさないでっ。魔法効かないでしょ!」
あまりに整った顔が至近距離にある状況に耐えられなくて視線をそらしたが、結に頭を掴まれ、強制的に目を合わせられる。しかし、言い出したのは結なのにみるみるうちに、元から赤かった結の顔がさらに真っ赤になっていく。そしてとうとう、そっぽを向いて目を瞑ってしまった。
「お前が、目を瞑ってどうすんだよ!」
「べ、別に私は見なくてもいいのっ! お兄ちゃんが私の方を向いてればっ」
「ああ、もうわかったから、早くしてくれ……」
もう恥ずかしくて耐えられそうになかった俺は諦めるようにそう言う。
「わ、分かってる」
そして結は右の手のひらを俺に向ける。
突き出された結の右手を見ながら俺は思う。今回はいつもと違う。心臓がドキドキして、顔全体が熱い。相手は妹だと言うのに、意識してしまっている。透き通るような肌、滑らかな赤髪、スラッと伸びる手足。その全てが刺激的で、俺の理性を削っていく。今日こそ、本当に成功してしまうのではないか。
ついに結の口から約束の言葉が放たれる。
「――――アトラ!」
結の愛嬌のある声が響く。
そして――――――――
何も起こらなかった。
もちろん妹と言えど、美少女が目と鼻の先にいるからドキドキはしているものの、結が魔法を使う前と何も変わっていない。むしろ高揚していた気分が落ち着いた。
俺は一旦距離を取ろうと結の肩を掴むと、結果を確認しようと恐る恐る目を開けた結と目が合う。
「えーと、その、多分……失敗」
「っ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、結は耳の先まで真っ赤になり、涙目になる。魔法が失敗したことで、さっきまで自分が何をしていたかを思い出して恥ずかしくなったのだろう。そして俺のことを恨むかのようにキッと睨んでぷるぷると震えだす。
「お兄ちゃんのこと絶対支配してやるんだから!」
そう言い残して結は走り去っていった。
――――――――――――――――――――――――
結の姿が見えなくなった後。
「危なかった……さすがにあの距離はだめだろ」
俺を支配しようとする妹の行動に愚痴をこぼす。
これから俺の心臓は持つのだろうか。最近妙に積極的な妹を思い浮かべながら、俺は自分の先行きを危惧していた。
しかし、このときの俺はまだ知らなかった。結は本当に異世界に行っていて、魔法が使えるということを。そしていつも結が使う魔法が厳密に言えば、支配の魔法ではなく魅了の魔法だということも。
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