第98話 ロードの食堂、始めました。 1
「それにしても、予定よりずいぶんと早かったな。中の荷物はどうした?」
「捨てるにはもったいない物ばかりでしたので、塔で保管することにしました。危険な薬品などは特に厳重に」
「そうか、塔なら安心だな」
「はい。それに、処分してしまうと、あの人たちが帰ってきた時に困るでしょうから…………」
らしくなく、消え入るような声でマーリンが答えた。
「そうだな……。それで、具体的な進捗は?」
マーリンの言葉にアーヴィンも一瞬沈んだが、すぐに切り替えたようだ。
「調理場に必要なものは、料理人たちが使いやすいものを選びました。空間の調和については、アリア様の意見をお聞きしたい、とスズ様がおっしゃっています」
二人の会話を聞きつつ、アリアは頷いた。
「あとは、実際にロードが飛び回れるか試さないとな。今から行けるか?」
「ウン。坊ハ、ドウスル?」
「温室の中は安全だが……。ひとりにするのは、まだ少し不安だな。しかし、あまり人目に触れさせるのもな……。アリア殿はどう思う?」
「え? そう、ですね……」
「塔から信頼できる者だけを集めましたので、その点は問題ないかと。念の為に、ということでしたら、アレクたち以外は解散させても良いですし。あとは……、彼の気分次第ですね」
アリアが答えに詰まっていると、マーリンが代わりに説明しながら、サンに視線を送る。
三人分の視線を感じたのか、寝床でうとうとしていたサンが顔を上げた。
『アリアが行くなら、ぼくも行く』
「じゃあ、一緒に行こうね」
(ふぅ……。もう一度、あれに耐えないとね)
そういえば、倉庫から温室に移った時、サンは酔っていなかった。空を飛べる魔獣だからだろうか。
「そうだ。花を枯れないように保存する魔法ってありますか? あと、植物から毒が漏れないようにする魔法とか。装飾に使いたいんですが、置いているだけでも害がある花もあるので。あ、可能であれば、花粉も飛散しないようにできたら……」
観賞用として人気がある、アジサイやスズランにも毒がある。
特にスズランは、吐き気や腹痛、最悪の場合は命に関わる恐れがあるため、食卓に置いてはいけないと注意されている。
また、この世界にも花粉症の人がいるかもしれない。どんなに美しくても、身体に害が及ぶことは避けなければ。
「観賞用であれば可能ですよ。花粉の飛散を防ぐことも。ただ、無毒化ではなく、あくまで封じ込めるだけですが」
「良かった! これで選択肢が増えます」
アリアがパンッと手を叩いて喜ぶと、足元にいたサンが真似をして、ポフッと前足を合わせる。
人間の幼児のように周囲を観察して、良いことも悪いことも覚えてしまいそうだ。
(これは気をつけないと……)
「バラとか、装飾によく使われる花では駄目なのか?」
アーヴィンが不思議そうに尋ねた。
「バラも使いますが、ちょっと試してみたいことがありまして。皆さんが賛同してくださったら……ですけど」
アリアの構想が上手くいけば、目で楽しめる空間にはなるだろう。しかし、独り善がりは避けたい。
「さて、私たちが転移する前に、アレクとニールに伝えておきましょう。完全に信頼できる者以外は解散するよう、角が立たないように説明してもらわなければ」
(この人でも、角が立つとか考えるんだ……)
アリアの失礼な視線に気づいたのか、マーリンが、わずかに口角を上げた。
そして、半透明の黄色い蝶を手のひらから出すと、息を吹き込んだ。すると、羽を広げた蝶がひらひらと飛んでいく。
(いつ見ても、陰陽師みたいね)
性格は難ありだが、彼の魔法は美しく繊細な面もある。
蝶が飛んでいくのを見ていたアーヴィンが、「あぁ、そうだ」と呟いた。
「一応、予算について尋ねておかないと」
ロードを肩から降ろすと、アルフォンスがいる離宮まで飛ぶようにと命令した。
離宮までは距離がある。
式神のような蝶や小鳥よりも、ロードのほうが断然速い。
「ムゥ……」
ロードは小さく不満の声を上げたが、早く結べ、と言わんばかりに左足を差し出した。
「ちょっと待て。すぐに文を用意する。俺たちは先に食堂に行くから、返事はそちらに持ち帰ってくれ。頼むぞ」
アーヴィンは文を結ぶと、鷹匠のように勢いつけてロードを飛ばす。
そして、行こうか、とマーリンに転移用の魔法陣を展開するように促した。
「おぉ……、立派だな。この短時間でここまで完成させるとは、さすがだ」
元倉庫の食堂に着くと、アーヴィンが感嘆の声をあげた。
ごちゃごちゃしていた物は取り除かれ、吹き抜けの広い空間が広がっている。
床には大理石が貼られ、艶のある木製の階段の先には、美しく計算された小さなフロアが続いている。
すごいでしょー、とスズが胸を張る。
その仕草が、まるでロードのようだ、とアリアはスズにばれないように笑った。
「あぁ、本当に見事だ。ありがとう、助かった」
心の底からの素直な賛辞と礼に、スズは少し照れながらアリアに話を振った。
「ここからは細かい装飾ね。さっそくだけど、アリアちゃんの意見を聞こうかな」
「ちょっと思いついただけなんですけど……。せっかく個室感があるので、各フロアでコンセプトを決めるのはどうかな、と」
「ほぉ、それで?」
アーヴィンとスズの言葉がシンクロした。
「まず、食事をする場所なので、清潔感は大事ですよね。それから、華美にし過ぎず、リラックスできる場を提供できれば、と。貴族が好む豪華絢爛なインテリアでは、目がチカチカして疲れると思います」
「そっか。晩餐じゃなくて、主に休憩時間に使う場所だもんね。ホッとする空間のほうが嬉しいかも」
貴族を納得させるために、分かりやすく高級な調度品を想像していたアーヴィンは、アリアの提案に驚きつつも、確かにそうだ、と何度も頷いている。
「ちなみに、どんな構想があるの?」
メモを取り出すスズの顔が、キリッとした表情に変わった。まるで、大人っぽいアイメイクをしたように見える。
(ONモードのスズさんだ)
「一階は、具体的にはまだ浮かんでいないんですが……。スキップフロアの部分は、植物で四季折々の庭を模したらどうかな、と」
「へぇ、テラスで食事してるみたい。私もカフェのテラス席、好きだなぁ」
「私も好きです。気候が良いと満席になりますよね。ここは屋内だから、季節も天候も気にしなくて良いので、いつでも使えますし」
「それ、良いかもね。私も使いたい!」
「ただ、花に興味がない人もいると思うので……。北欧風やエキゾチック、和風など珍しいインテリアを取り入れてみて、利用者の反応を見ながら、追々調整するとか――。殿下、どうでしょうか?」
「上のフロアに個性を出すぶん、一階は馴染みのある雰囲気にすると良いかもね」
「うん。どちらも良いと思う。あとは予算だな――」
そう言うと同時に、タダイマー、とロードがアーヴィンの肩に降り立った。
「ハイ」
「お疲れ」
ロードの足から文をほどきながら、アーヴィンが労いの言葉をかけた。ロードは、鼻歌まじりで笑っている。
そして肝心の文を広げると、ははっ、と乾いた声でアーヴィンが笑った。
どうかしたのか、と視線を向けると、彼はアルフォンスから届いた文をアリアに見せた。
端的に言うと、『いくらかけても良いが、適正な金額を自分で考えろ』というものだ。
(今回も試されてるなぁ……)
アーヴィンは前髪をかき上げながら、険しい顔で文を見つめている。頭の中で色々と計算しているのだろう。
お読みくださり、ありがとうございました。
5月1日は、スズランの日です。
スズラン、可愛いですよね〜
でも、本当に危険な植物でもあるので、小さなお子さんやペットがいるご家庭では、特にお気をつけください。
次話は、おそらくゴールデウィーク中に更新できるかと。
またお越しいただけますと幸いです(ꈍᴗꈍ)




