第94話 火竜の子守 3
湯が沸いたところで、細かくしたカレンデュラの花を鍋に入れ、ゆっくりとエキスを煮出しているとアーヴィンの声が聞こえてきた。
「これでどうだ?」
『すごくいい!』
「気に入ってくれて何よりだ」
キッチンに近い噴水のほうから、楽しげな会話が聞こえてくる。
花の苗のポットが入っていた木箱の土を払って、柔らかいクッションや布が詰めたベッドをアーヴィンが作ったらしい。その寝心地が、火竜は大変気に入ったようだ。
アーヴィンには、火竜の言葉は伝わらない。
おそらく、ジェスチャーでアーヴィンに気持ちを伝えているのだろう。
「ふふ、会話が成り立ってる」
しばらく預かるからには、できるだけ心地よく暮らして欲しい。人間のせいで怖い思いをさせてしまったのなら、なおさらだ。
「よし、こんなものかな」
鍋を火から下ろして冷ます間に、大根をできるだけ滑らかにすりおろして、はちみつを混ぜて味見をする。
「うーん、喉ごしも良いし、辛味もほとんどないから大丈夫かな。あとは……」
花びらを茶こしで取り除きながら、カレンデュラのエキスを耐熱ガラスに移したが、さすがにまだ熱い。
「あ、そうだ。殿下ー! ちょっと良いですかー?」
「なんだ?」
火竜との遊びを中断したアーヴィンが、ひょいっとキッチンを覗き込む。
「これ、人肌の温度まで冷ましてもらえますか?」
「あぁ、了解。…………なんかミルクとか、離乳食作ってるみたいだな」
瓶を両手で包んで冷却魔法をかけながら、アーヴィンが単調な口調で呟いた。
率直な感想を述べただけだろうが、少なからず彼を意識しているアリアからすれば、とんでもないものを投げられた気分だ。
「ま、まぁ、小さい子のためですし! 体が弱っている時に食べるものでもありますし! 人間だってパン粥とか、りんごをすりおろしたりするでしょう?」
「そういえば、そうだな」
やはり、特に何も考えていないようで、彼は淡々と答える。
(いや、今のは、あきらかに私が意識しすぎよね……。子猫とか、子犬のご飯も離乳食っていうもんね)
「人肌……。こんなものか?」
アーヴィンは自分の頬にガラス瓶を当て、熱くないことを確認してから、アリアの頬にも瓶を当てた。
ただでさえ頭の中が忙しないのに、顔を覗き込むように尋ねられてアリアは硬直する。
思わず、大根おろしが入った器を落としそうなったが何とか堪えた。
「もう少し冷ましたほうが良いか?」
「い、いえ! 調度良いと思います。ありがとうございます」
ひったくるわけにもいかず、丁寧に瓶を受け取りながら、アリアは心の中で叫ぶ。
(あぁ、もう! この人の距離感、何とかしてー!!)
作業を続けながら、何とか平常心を取り戻したアリアは、トレーにガラスポットやティーカップ、器などを並べる。
そして、そのまま持ち上げようとしたが、アーヴィンが無言でさらって行った。
歩調がゆっくりなのは、お湯をこぼさないためではなく、アリアが歩くスピードに合わせているのだろう。
「ありがとうございます」
「いいえ」
(この国の人って、レディファースト徹底してるよね)
遠慮して申し出を断ると、かえって微妙な表情をする男性が多い。
(今のは、わりと重いから助かったけど、これに慣れちゃうと日本に帰ったあとがちょっと不安なんだよね……)
まったく重心がぶれない彼の姿を横目で見ながら、日本での生活、主にアリアの身近にいた男性たちに思いをはせた。
白い猫足のテーブルに二人が着くと、ベッドから降りた火竜がトコトコと近づいてくる。
「お待たせ。まずは、うがいしよっか」
『うん』
「ちょっと苦いけど、頑張ってね」
『大丈夫!』
母竜が、すり潰した花を食べさせているという話を思い出した。
「どんな時に、カレンデュラを食べるの?」
『うーん、お腹が痛い時』
「そう……」
この花は内服すると、胃炎や胃潰瘍に効果がある。
(ストレス? それとも、何か良くないものを食べた?)
気になることはあるが、とりあえず、うがいをさせた。排水口に直接流しても良いが、中身を確認したかったため、捨てても良いボウルに吐き出させる。
「上手ねー。痛くない?」
『大丈夫!』
火竜の背中を撫でながら、ボウルの中を覗くと何か黒いカスが浮いている。
「煤、でしょうか?」
「……いや、これは炭粉かもしれない。丸薬を作る時に、削った炭と生薬に蜜を混ぜて固めることがある」
「丸薬? 火竜が?」
ドクンと胸騒ぎがした直後に、天窓からカシャンという音がした。
「タダイマー! 坊、見ツカッテ良カッタネ!」
「ロード!? びっくりした……。おかえりなさい」
ロードは魔獣だが温室への入室が許可されているようで、窓をすり抜けることができるらしい。
「タダイマ! ヤット、向コウモ落チ着イタヨ。アリアノオカゲ」
「ううん。みんなのおかげよ。でも、喉のやけどがひどくて……」
「アー、本当ハネ。コノ子ハ、マダ火ヲ吹イチャ駄目ナンダヨ。体ガ、ソコマデ成長シテナイカラネ。ソモソモ、ヤケドスルホドノ、火ハ出セナイハズ」
ロードは火竜の鼻先を軽くつついて、口を開けさせた。
「ウン。ヤッパリ普通ジャナイネ。何カ、トリガー二ナルモノガアッタハズ。着火剤ミタイナヤツ」
「…………丸薬?」
「ありえるな」
「何のために?」
「焼き消したい“もの”があったんだろ。その場合は――、火薬と言ったほうが適切か」
「それを、この子に無理やりさせたってことですか?」
「……おそらく」
偽の騎士が灰だけを残して消えた事件を、アリアは思い出した。
ロードから情報を得ていなければ、この考えには至らなかった。
「でも、あの事件からは、ずいぶん時間が経って――」
「攫ワレタノ、初メテジャナイダロ? ナンデ親二、話サナカッタ?」
『……話したら、ママたちを殺すって言われたから。後ろから袋を被せられて、何が起こったのか、わからなかったし……』
犯人の卑劣な行いに、アリアは眉を寄せた。
「……何て言ってるんだ?」
「あぁ……、そうか。そうでしたね」
火竜の言葉を通訳しようとすると、ロードがアーヴィンの肩にとまった。
「オレガ媒介ニナルヨ。タブン、慣レテキタラ、ヒトリデモ聞コエルヨウニナル。坊、何カシャベッテミテ」
『……アーヴィン?』
「聞こえた!」
「エライデショ!」
「よくやった」
ロードが胸を張ると、アーヴィンが頭を撫でた。おそらく二人には、このスタイルが定着していくのだろう。
自分の声がアーヴィンに届いたことで、火竜も喜んでいる。
「悪いな、話を止めて。もう一度、話してくれるか?」
アーヴィンが火竜を撫でながらそう言うと、嬉しそうに頭を揺らしていたロードも真剣な顔に戻った。
お読みくださり、ありがとうございました。
シリアスなシーンでは、妙に明るいロードがいてくれると助かります。
この第94話で、20万文字に到達しました。
第一章とは、いったい……(・_・;)
※最終章が一番短くなる予定です。
ただいま、第一章のラストシーンを推敲中。
次話は、あまり間を置かず投稿できる予定です。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです(ꈍᴗꈍ)




