第93話 火竜の子守 2
「じゃあ、今度こそ飛ばしますよ」
スズがアリアたちに加護を授けるとすぐに、マーリンが各々の目的地へ転移させた。
(よ、酔った……)
温室と魔導師の塔を繋ぐ通路に転移したアリアは、思わず口を押さえてしゃがみ込んだ。
三半規管は強いはずだが、めまいがひどい。
「大丈夫か? 慣れないときついだろうな」
そう言いながら、アーヴィンが背中をさする。
アリアに抱かれている火竜も、心配そうに彼女の頬をポンポンと撫でた。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です。マーリン様の悪ふざけかと思いましたが、これが普通なんですね」
「まぁ……、そう思われても仕方ないよな」
マーリンの日頃の行いを思い浮かべて、アーヴィンは苦笑した。
「とりあえず温室に入って、少し休憩するか」
「いえ、大丈夫です。キッチンで冷たいお水だけいただきます」
「そうか?」
本当に大丈夫だろうか、というような表情のアーヴィンを安心させるように微笑み、アリアはしっかりとした足取りで歩いて見せた。
「ふぅ……」
冷蔵庫に常備されている水を飲むとすぐに体調は回復したため、そのまま調理道具を取り出していく。
日本では、台所は女主人の城と例えられることがある。許可が出ていても勝手に使うのは、やはり気が引けてしまう。
特に、この温室とキッチンを所有しているのは、巫女であり一国の王妃だ。そのため、さらに気を遣うが、いざひとりで使ってみると動線がスムーズでとても心地がいい。
(メリッサ様と感覚が似てるのかなぁ)
あらかた準備を整え、一度キッチンから出て、薬草が植えられている区画でカレンデュラとマロウブルーを摘む。
ついでに、アリア自身の花粉症対策にネトルもかごに入れたところで、温室に到着したリラに声をかけられた。
「アリア様、お待たせしました!」
「わ、早い! 二人ともありがとう」
頼んだ材料をアレクから受け取って、説明を聞きながら中身を確認していく。
柚子も大根もきれいで、すりおろし器も日本にあるものと同じで安心した。柚子は王宮で育てられたものらしい。
「材料、器具ともに毒の反応はありませんでした。ガラス瓶は煮沸消毒済みですので、すぐに使えます」
「ありがとう。助かる」
沸騰した鍋の中で瓶をゴロゴロと転がしたのち、きっちりと水気を拭き取るのはわりと手間がかかる。
「私やアレクが、お手伝いできることはございますか?」
「うーん、私のほうは大丈夫かな。ありがと」
「では、リラと私は倉庫に戻りますね。あちらは人手が多いほうが良いでしょうし」
「うん。二人とも、気をつけてね」
アリアは、庭に繋がる温室のドアまで二人を見送った。
(そっか、あの倉庫まで、徒歩でもそんなに時間かからないよね。でも、あの子は人目に触れないほうが良いしね)
さすがに、火竜を抱いて城内を歩くわけにはいかない。
(つまり、そのたびに転移を……)
一瞬ゾッとしたが、回数をこなして早めに慣れるしかない。
温室の奥でアーヴィンに遊んでもらっているのか、火竜の無邪気な笑い声が聞こえてくる。
(早く平和な国になると良いな……)
「よし、まずはできることから!」
自分が持っている力や知識で使えるものはすべて使おうと、アリアは改めて決意した。
「さて……と」
アルコール度数の高いウォッカにハーブを漬けて作るチンキは、完成まで一、二週間ほどかかる。
今日のところは、うがい用にカレンデュラのハーブティーを濃いめに抽出してみることにした。これ以上、やけど部分が化膿しないように殺菌したい。
(あ、アレルギーとか大丈夫なのかな……)
もし、キク科のアレルギーを持っているなら、カレンデュラは注意が必要である。
リラックス効果があることで有名なカモミールも、同じくキク科だ。
カモミールティーを飲むと喉が痒くなるため、アリアはできるだけ避けるようにしている。おそらく、キク科に反応する体質なのだろう。
(身体に良いって言われるものでも、こればっかりはね……。味見程度なら、私は問題ないんだけど)
火竜や魔獣にもアレルギーがあるのかは分からないが、治療の過程で悪化させるわけにはいかない。アレルギー症状は重篤化すると命に関わることもある。
「この中で、食べられないものはある?」
摘んだばかりのカレンデュラにマロウブルー、氷砂糖、はちみつ、大根、柚子を並べて尋ねた。
『ない!』
「カレンデュラやマロウブルーも食べたことがあるの?」
『お薬だよね。ママが噛み潰して食べさせてくれるの』
「そっか、優しいママだね。じゃあ、これでお薬つくるから少し待っててね」
『うん!』
母親を褒められたことで、火竜はごきげんだ。
いつ頃からだったか、虫歯菌がうつるため、大人が噛んだものを子どもに与えてはいけない、と人間の世界ではいわれるようになった。しかし、自然界ではそういうわけにはいかない。
(知能が高かったり手足が器用なら、石ですり潰したりもするのかな……)
そんなことを考えながら、乾燥させたカレンデュラを棚から取り出す。メリッサが常備しているものだ。
“肌のガードナー“とも呼ばれるカレンデュラは、皮膚のやけどや肌荒れを癒すための軟膏にすることが多いが、喉や口腔の炎症にも効果がある。
マリーゴールドに似た花で、日本では“トウキンセンカ“の名称のほうが馴染みがあるかもしれない。
(そうだ、使った分は足しておかないと……)
追加の薬草を摘んで手早く処理し、天日の乾燥台に並べておく。
そして、火竜の楽しそうな声を聞きながら、水を入れた小鍋をコンロにかけた。
お読みくださり、ありがとうございました。
少し中途半端ですが、文字数が多くなってしまうのでカットして次話へ。
メディカルハーブ(薬草)を使うのは予定通りですが、工程を描写するとお料理系の小説風になってしまう(^_^;)
繰越した部分は恋愛ジャンルらしく、甘いシーンもありますので、次話もお付き合いいただけましたら幸いです(*´艸`*)




