第74話 過保護と惚れた弱み 1
「な、何かな? リラとアレクもいる前で、ずいぶんと情熱的なお誘いだが……」
一瞬、上ずった声を出したアーヴィンに、アレクが吹き出しそうになるのを堪えている。
「そうやって逃げないでください。今日こそ、話していただきますよ。リラやマーリン様と、こそこそ何か話しているのを、私が気づいてないとでもお思いでしたか? 他にも色々と隠してますよね!?」
「…………こそこそって?」
「まず、メイドと見習いの少年はどうなったのですか? マーリン様と何か話していたのは、そのことでしょう? マーリン様が厨房から離れる前も、戻ってきた時も周囲を気にしながらお二人は話されていましたよね。リラに尋ねようかとも思いましたが、リラにばかり負担がかかるのは申し訳ないので。殿下の口から、今の状況をお聞かせください」
「……そうだな。でも、今日はもう遅いから……。リラとアレクも休ませてやらないと」
「あっ……。そう、ですね……。すみません、そこまで考えが至りませんでした」
「私は別に構いませんよ」
リラとアレクの声が重なった。アーヴィンが、じとっと睨んだが二人とも何食わぬ顔をしている。
リラとアレクの体調を気遣うように話を持っていけば、アリアは大人しく引き下がるだろうというアーヴィンの思惑は外れてしまった。
三人分の視線を受けたアーヴィンは腰に手を当て、足元に届きそうなほど深く息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。
「分かった。まずは、場所を移ろう」
(あ、外に漏れるとまずい話も聞かせてくれるんだ。あれ? すでに隠し部屋を使ったこと、結局リラにも話したってこと?)
「お茶をご用意したいところですが、どうなさいますか?」
「これからずっと飲まず食わずというわけにもいかないが、今日のところはやめておこうか」
「かしこまりました」
「さて、ちょうど良いから先日の復習をしようか。アリア殿、ひとりで開けられるか?」
(やっぱりリラも知ってるんだ。状況がどんどん悪くなってるし、話さないわけにはいかなかったか……)
「間違えたら、何か危険なことがありますか?」
「矢が飛んできたり、巨体な岩が転がってきたりはしないから安心して」
ダンジョンや忍者屋敷のような仕掛けはないらしい。
「じゃあ、チャレンジしてみます」
アリアは壁にかかった中央の絵画を外した後、左右の絵画も外し、先ほどとは異なる位置にかけ直していく。
「ん、正解」
アーヴィンが頷くと同時に、部屋が振動し始めた。
「あー、アレク。近いうちに、この部屋の調整を頼めるか? ちょっと軋みや揺れが大きいんだ」
「承知しました」
壁に寄りかかって揺れに耐えるアリアの肩をアーヴィンが抱く様子を見て、「内心、このままでも良いとか思ってないか?」とアレクが、ぼそっと呟いた、
アリアは首から下げていた鍵を使って小さな扉を開けると、茶室のにじり口を通るように隠し部屋へと入った。体格の良いアレクは、少し苦しそうだ。
(ずいぶん久しぶりに感じるなぁ……。私室に巣ごもりする前だから、いつぶりだっけ……)
アリアが指折り数えていると、アーヴィンに手を取られてソファに座らされた。向かいのソファには、同じくアレクにエスコートされたリラが腰かけた。
(うわぁ……。さすが伯爵家のご令嬢)
ふだん、侍女としてアリアの世話をしたいる時は気づきにくいが、何気ない所作に育ちの良さが出る。
アレクの手にそっと指を添え、お仕着せを摘まんで座る姿だけでも美しい。心なしか、顔つきも少し違うように見える。
「先ほどの続きですけど、あの二人はどうなったんですか? パッと見た印象だけですけど、メイドは十五歳の少年よりも年下ですよね?」
アリアはしばらくリラに見惚れていたが、ここぞとばかりにアーヴィンに質問をぶつけ始めた。
「あの二人は地下牢に繋いでいる」
「それって……」
「心配しなくても大丈夫だ。この国では拷問はしない。特にメイドは、まだ十四歳らしいし」
「拷問はしないって、マーリン様もですか?」
「…………うん」
(うん、って……。子どもじゃないんだから)
「ちょっと信じ難いのですが」
「忠告はしている。それから、彼は暴力行為などをしたことはない。今まで一度も。そこは安心してほしい」
「言葉も暴力になりますからね?」
「それも分かってる………」
(年上で魔法の師匠が相手となれば、あまり強くは言えないか……。あの人は、言って聞くような人でもないし。でも、それじゃ駄目なんだよねぇ。いずれ国を統べる王太子としては甘すぎる……)
「マーリン様の言動が目に余るようでしたら、取り調べは私が代わります。部外者かもしれませんが、仮にも聖女ですので。被疑者には女性もいますし」
「そんなこと危険なこと、許可できるわけないだろ!?」
「では、殿下が持っている情報を全てください。まずは、最初の襲撃の時の騎士は捕らえられたんですか? ずっと気になっていたんです」
「あぁ、それならロードが……、魔獣の鷹が捕まえた」
「へぇ。あの鷹、ロードっていう名前なんですね」
「あぁ。まだ普通の鷹だった時に俺が名付けた」
「名前の由来は? ……いえ、今は関係ないですね。失礼しました」
鳥類を含めて動物が好きなアリアは、思わず脱線しかけて咳払いをした。
「では、ロードが捕まえたその男はどうなったんですか? 何か話していますか? そもそも……、生きてますよね?」
「いや……」
「……処刑したんですか?」
「違う。それはない。拷問と同じく、よほどのことがなければ処刑はしない方針だ。危険人物であれば一生幽閉する。魔法が使えるなら、魔力も奪うが。軽い罪なら、しばらくは監視下で孤児院の建設や橋の増設などの労働に就かせている。女性であれば修道院に送るかな」
(ふーん、わりときちんとしてる。あのハーマンっていう司法大臣が決めたのかな。いや、もっと前の代ということもあり得るか)
「じゃあ、あの人が亡くなった理由は病気ですか? それとも自死……、ですか?」
「おそらく、後者だ。俺が化学物質に目を向けていた理由もそこにある。ただ……、自死にしても不明瞭なことが多すぎる」
「たとえば?」
「悪いが、今はまだ話せない」
(また、それか……)
「話せる時がきたら、話してくださるんですね?」
「あぁ」
「分かりました。今は引きます」
話さないことでアリアの機嫌を損ねる恐れと、話すことで怯えさせるのではないかという不安を乗せた天秤が、アーヴィンの中で揺れた。
お読みくださり、ありがとうございました。
アリアの「今夜はまだ帰さない」発言は、アーヴィンの口を割ることが目的でした。
隠し部屋の中での話は、もう少し続きます。
時にはイチャイチャさせながら、事件解決に向けて頑張って進めていきます。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




