第71話 ひとくち 3
何ともむず痒い空気に耐えきれなくなり、窓の外に視線を向けると、ライトアップされた色鮮やかな庭園が目に入った。
「――――殿下、以前お借りした本の中に、薬草について書かれたものがありましたよね?」
「あぁ。この国の医療では薬草を使う治療法が一般的だから、医学書と一緒に目を通していた」
アリアも、その本は熟読した。
「つまり、こちらの世界でも『毒薬変じて薬となる』と認識されているんですよね。 この王城でも、毒を持つ植物から薬を作っていますか? 有名なものだと、トリカブトとか。花は青紫色でとても美しいのですが……」
「もちろん。あれは猛毒だから、温室の薬草園で厳重に保管されている」
「では、数が減っていたり、管理者以外が触った形跡がないか調べてみてください」
「……分かった。しかし、あれほど強い毒が含まれていれば、さすがに気づくぞ。それに、死人が出る可能性も高い」
「では、薬になった状態のトリカブトを魔法で毒見した場合、どう判断しますか? 加圧加熱処理をすると体を温める効果のある生薬になりますが、減毒されただけで毒性はあります」
「いや、それは……。実験してみないと確かなことは言えないが、おそらく薬として反応すると思う」
「つまり、無害だと?」
「あぁ」
「そうなると、毒と薬のボーダーライン。体調不良を引き起こす程度の弱い毒性が残っていたとしても、毒だと判定できない、ということになりますよね」
顎に指を添えたアーヴィンは、眉根を寄せて数秒間考えを巡らせた。
「…………そういうことになるだろうな。そもそも魔法での毒見は、自然毒には弱いという欠点がある。そこから、さらに微細な部分の判定となると、今の技術ではかなり難しい。ヒ素や青酸カリなどの化学物質や、鉱石や金属に含まれる毒であれば、微量でも反応するが……」
(自然毒の判別が難しい……。この世界に、フグみたいなのがいたらアウトかな。自然のヒ素を含んだ食物もあるし)
「それから……、トリカブトのように厳重に管理されていない、自然毒を含む植物も多くありますよね? スズさん付きの侍女さんは素手で花を触っていたんじゃないですか?」
「普段から、侍女やメイドが軍手をしている姿はあまり見かけないからな。…………毒性のある植物か。今の時期ならヒガンバナか? しかし、聖女の部屋に飾る花には選ばないと思うぞ?」
「水仙もヒガンバナ科です」
「スイセンが咲くには、まだ早いだろう?」
「『夏水仙』なら、咲いている時期だと思います。スズさんは、ピンク色の花がお好きなんじゃないですか?」
「あぁ、そうらしい。侍女からそう聞いたから、あの日は代わりにピンクのバラを中心に用意した」
チラッと見ただけだが、あの日、アーヴィンが持っていた花束は可愛らしいピンクの花が主だった。
「夏水仙はピンクの花が咲くんです」
「なるほど。いつも数種類の花を選ぶそうだから、あの日に何を選んだのか侍女に確認してみる。ボウルの中で水揚げをしている時から、手に違和感を感じたらしい」
「夏水仙を扱っていたのであれば、シュウ酸カルシウムで皮膚炎を起こしてしまったんでしょうね。水揚げをするなら、素手ですし。それから、ヒガンバナ科の毒素リコリンは食中毒を起こします。球根は玉ねぎ、葉はニラと間違われることも多いので、厨房と食料庫も調べてください。水仙は花が咲いていない時のほうが見分けが付きにくくて危ないんです」
「さすがに、それは料理長なら気づくと思うが……」
「食材の下処理は、見習いの方がされているのでは?」
「……たしかに。それなら気づかないかもしれない」
「あとは……、故意ではなくても、じゃがいもの芽の処理がきちんとできていないと食中毒を起こします」
アリアの話を聞いたアーヴィンは、ゆっくりと机に突っ伏していった。
「殿下!? 大丈夫ですか!? まさか、毒が……」
「いや、大丈夫だ。すまない、紛らわしい行動を取った。化学物質ばかりに目を向けていた、己の視野の狭さに情けなくなっただけだ」
「いえ、私がお話したのは、あくまで考えられる可能性のひとつで。実際はもっと複雑なものが、原因なのかもしれませんし……。どちらにしても、原因究明と同時に今後の対策をする必要がありますね」
「…………そうだな。魔法では自然毒の判定に弱い部分は、今後のためにも何とかしないと」
「毒については宮廷医や庭師の方、魔法についてはマーリン様に協力を仰いではいかがですか?」
「今のところ、それが最短の道なんだろうな」
「ただ……、マーリン様にも限界があるでしょうから、あまり直接、口に入れるようであれば注意してください。スズさんのためにも、マーリン様には元気でいてもらわないと……」
「あの人が俺の注意を聞くかどうかは分からないが、気をつけておくよ」
マーリンの奔放さに、アリアとアーヴィンは苦笑した。
「ところで今さらなんですが、この話って、ここでしても大丈夫なんですか?」
そう言って、アリアは隠し部屋を指差した。
「あぁ……。まぁ、これくらいなら大丈夫だろ。もう少し細かい話をする時は向こうを使おう」
「分かりました。…………あ、リラが戻ってきましたね」
リラの足音を感じ取ったアリアがドアのほうを見ると、鍵が開く音がした。
「お待たせいたしました」
帰ってきたリラはアーヴィンが頼んだパンケーキは持っておらず、銀食器のみをトレーに乗せていた。
「リラ、どうしたの? 顔色が悪いよ……?」
代わりにトレーを持とうとアリアが少し引っぱると、簡単にリラの手から離れた。
普段のリラであればアリアに雑用をさせることは、まずあり得ない。
その様子を見たアーヴィンも神妙な顔で尋ねる。
「リラ、何があった?」
「…………先ほど、厨房に行く途中で使用人が騒いでいたので何があったのかと尋ねたところ、副料理長が倒れた、と。それから……、アリア様の食事の用意ができたと伝えに来たメイドと、見習いの料理人がひとり、持ち場から姿を消したそうです」
アリアとアーヴィンは顔を見合わせた。
「アリア殿の読みが当たったかな……。副料理長の容態は?」
「命に別状はないそうです」
「そうか、とりあえずは良かった。俺も向かう。現場では、誰かが指揮してるのか?」
「今は料理長とマーリン様が。アルフォンス様も、離宮からこちらに向かわれているそうです」
「祖母の警護は?」
「そちらは万全とのことです」
「そうか。王と王妃が留守の時を狙ったのか、本当に次から次へと……。アリア殿も一緒に来てくれるか? 祖父やマーリン殿がいるなら、ここにひとりでいるよりも安全だ」
「はい。――あの、陛下とメリッサ様はどちらへ?」
「今回の一連の騒ぎの件で、隣国に会談にな。また詳しく話すが、巫女の国はブルームの友好国。今、父母が滞在しているのは中立国だ」
「そうだったんですね」
アリアが最低限の荷物を用意するためにパタパタと室内を歩いている間に、アーヴィンがリラに小声で尋ねた。
「姿を消した二人は、最初に捕えた偽の騎士と同じ状態か?」
「まだ直接は確認できていませんが、おそらくは……」
「そうか。その現場はアリア殿に見せないように、注意して彼女のそばにいてくれ」
「承知しております」
「お待たせしました」
アリアが二人に駆け寄ると、三人は足早に厨房へと向かった。
お読みくださり、ありがとうございました。
話が少しややこしくなってきました……
植物、ハーブ、漢方薬などは好きなのですが、化学もミステリーも苦手なので、必死に調べながら執筆しています(汗)
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




