第66話 軟禁から監禁へ 3
魔術師と魔導師の区別について。
この作品では、
魔法を使える人を「魔術師」
魔法を使える上で、他人に教えたり、魔法について研究する立場にある人を「魔導師」としています。
ちなみに、
「魔術書」はテキスト(基本編)や専門書(応用編)
「魔導書」は論文を含めた専門書(小難しい)
と位置づけています。
アーヴィンが読んでいた黒魔術関連の本は、「魔導書」です。
リラは二、三拍置いてから、覚悟を決めたように話し始めた。
「まず……、ドアの前に近衛騎士が配置されなくなった理由は人員不足です」
「へ?」
あまりにもシンプルな理由に、アリアから間の抜けた声が出た。
「正確には、信用できる人員が不足しているためです」
「もしかして、また偽者が紛れ込んでるとか?」
「……はい、おそらく。この国では、近衛騎士に選ばれる者は貴族であったり、身元がはっきりと分かる者だけです。そうでなくとも、騎士団には団結力も必要ですから、お互いに顔と名前は覚えています」
「そこに紛れるのは難しいよね?」
鏡越しにリラの顔を見ると、彼女は深く頷いた。
「それから、警護をしていた数人の騎士が昏倒させられていました」
「え!? ……大丈夫なの?」
「はい。まだ眠り続けてはいますが、命に別状はありません。ただ……、どのように攻撃されたのかについては、未だに不明らしいのです。宮廷医の所見では、打撲痕や頸動脈を圧迫された痕が見つからず、その他の低酸素による失神の可能性も低い。体内から毒や薬なども検出されなかった、と」
「魔法で……、とかは?」
「昏倒させることはもちろん可能ですが、どうしても魔力の痕跡が残ります。魔力の特徴……、というよりも魔法の癖を知っている相手の場合は、誰が発動させたものかも分かってしまいます」
「今回は、その跡も残ってなかった……、ってことだよね?」
「はい。そちらはマーリン様がお調べになりましたので、間違いないかと思います。あの方は、国内に存在する魔術師の癖をほぼ100%把握しています。国外でも90%以上を」
(何だかんだで、やっぱりすごい人なんだよねぇ。あの言動を許されるだけの実力と実績があるというか、紙一重というか……)
「それにしても、襲われた騎士の人たちには申し訳ないな……。この部屋の前で倒れてたんだよね? 私がその時に気づけてたら、もっと早く助けられたり、何か犯人の手がかりも掴めたかもしれないのに」
「それが騎士を配置しなくなった一番の理由ですよ、アリア様」
「え?」
鏡に映るリラの顔が急に険しくなった。
「廊下の声や物音に、アリア様が気づかなかったことは不幸中の幸いだったんです。もし、気づいてドアを開けていたら…………。考えただけでも体が震えます。十中八九、犯人の目的はアリア様なんですから」
「聖女を狙う、外国の言葉を話す男……」
あの男は、(仮)の聖女でも良いと言っていた。
「その通りです。殿下にアルフォンス様、それに陛下もこの件については同意見です。それから私やアレクも含めた皆、アリア様やスズ様に二度と怖い思いをさせたくはありません。そのため、王族の皆様と魔導師団団長、近衛騎士団団長による話し合いの結果、方法も分からずに騎士が倒され続ける以上は、結界を張るほうが安全だと判断されました」
近衛騎士団の団長にとっては辛い決断ではあったが、アリアの無事が最優先だということで納得したそうだ。
(今夜のこと、本当に心配かけたんだ……)
「……そうだ、スズさんは? スズさんは危ない目に遭ったりしてない? 私はしばらく会えない、ってことだったけど……」
「…………スズ様はあの夜以降、最初は心身ともに回復されつつあったのですが……。日を追うごとに、夜間にうなされることが増え、食事も摂れない状態が続いていました。うなされている間はいつも、寝言でアリア様に謝っておられたそうです」
アリアは悲痛な面持ちで、勢いよく振り返った。
「このことをお聞きになったのは、ここだけの話にしてくださいね。スズ様と侍女から口止めされていますので。知ってしまったら、きっとアリア様は気に病むから、と」
「ううん、教えてくれて良かった」
「今のアリア様なら、受けとめてくださるだろうと判断しました」
「うん、大丈夫。むしろ、隠されたままのほうが辛いから。私にしばらく会わないようにしてたのは、フラッシュバックを避けるため?」
「はい。しかし、温室から出てきたアリア様のお姿を見ても問題がなかったとのことで、近いうちにスズ様がこちらにいらっしゃるかと思います。そのことについても、朝になったらお伝えする予定だったのですよ?」
「本当にすみませんでした」
「お転婆も、ほどほどになさってくださいね?」
「はい……」
反省しつつも、まだ何かを考えているようなアリアの表情を見たリラは、困ったように苦笑した。
そして、アリアに周囲を警戒させることが目的だっため、今のところの情報開示はこれくらいにしておこうと、リラは話の方向を変えた。
「殿下があまりアリアの様のもとに来なかった理由は、スズ様のケアや事件についての調査や会議が必要だったためです。決して、アリア様を蔑ろにしていたわけではありませんので……。そのあたりは、お心に留めておいていただけますと……。殿下に代わってお願い申し上げます」
「あ、うん。大丈夫、大丈夫。よく分かったよ。話してくれて、ありがとう」
疑問によるモヤが少しだけ晴れたが、アーヴィンとスズの姿を思い出すと、どうしてもアリアの心は曇ってしまう。
しかし、アリアの立場では、大丈夫だと言うほかない。
翌朝、アーヴィンとの交渉の末に監禁は免れたが、結界が三重になった。
それから、アリアでも開錠できる鍵が二つと、廊下からは見えない造りのドアスコープも増やされた。
この国にはまだ存在していなかったドアスコープについては、スズがアーヴィンに提案したらしい。
また、結界だけではなく、鍵にも魔法がかけられており、開錠するとアーヴィンに伝わるとのことだ。
結局、アリアは籠の鳥となった――。
お読みくださり、ありがとうございました。
国外を含めた、きな臭い話が本格的に始まりました。アリアに話されていない内情は、まだまだあります。
そのあたりのストーリーが少しずつ進んでいきますが、甘いシーンももちろんあります!
さて、これくらいの閉じ込め方で、果たしてアリアは大人しくしてくれるでしょうか……。
次はサブタイトルが変わります。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




