第58話 すれ違い 3
しかし、よく考えると、アリアとアーヴィンは恋人関係ではない。それどころか、告白すらしていない。
片思いをしているアリアが、アーヴィンとスズの様子に嫉妬したとしても、あのような態度を取って良い道理がない。
そのことに気づいたアリアは恥ずかしさで、ベッドの上でのた打ち回った。
リラとアレクに気持ちを知られていたという事実だけではなく、自分が取った幼い行動を思い返すと恥ずかしくてたまらない。
(もしかしなくても、『もう遅い』のは私のほうだった!? それに……)
もし、アーヴィンに想いが通じた時、自分はどうするのだろうかと急に冷静になった。
(両思いになって? 恋人になって? それでも、私は「日本に帰る方法を探す」って言い続けるの?)
そんな無責任で薄情な振る舞いはしたくない。アーヴィンにも失礼だ。
やはり、日本に帰ることを諦めていないアリアは、この世界で恋愛をするべきではないと改めて思った。
「とりあえず、今からでも昨日のことを殿下とスズさんに謝らないと……」
(あ、でも、スズさんにはまだ会っちゃだめなんだっけ? もう昨日、会っちゃたけど……。うーん、まぁ、とりあえず殿下からかな)
「リラ、殿下は今日どこにいらっしゃる? 昨日のことを謝りたいんだけど……」
「本日は、たしか会議が入っていたかと……。あとで、アレクに確認いたしますね。まずは、湯浴みとお食事にしましょう。お手伝いいたします」
「……お願いします」
いつもはひとりで入浴したいと言って、リラの手伝いは断っている。しかし昨日、振り回したことを申し訳なく思っていたアリアはリラの申し出に頷いた。
アリアの返事で、リラは鼻歌を唄うほどに上機嫌になった。
(今度から、時々はお世話になろうかな……)
リラが嬉しそうにしているのを見て、アリアの気持ちも少し軽くなった。
朝食を食べたあと、殿下と話したいことがある、とアレクに伝えた。
「午後は会議がありますが、午前中ならお会いできるかと思います。殿下の執務室でしたら、誰にも邪魔されずにお話できますよ」
何か誤解されているような気がするのは、気のせいだろうか。
(昨日のことを謝罪するだけなんだけどな……)
さっそく出かけることとなり、リラとアレクと一緒にアーヴィンの執務室へと向かった。
「お約束もせずに伺って大丈夫なの?」
アリアがアレクに尋ねると、「つい先ほどまで、書類に埋もれていたので大丈夫ですよ。良い気分転換になると思います」と上機嫌で返された。
昨日のことはアーヴィンにとってもショックが大きく、仕事が手につかなくて周囲も困っていたところだ。アリアに会えば、彼も復活するだろうとアレクは期待している。
しかし、廊下の途中で歩みを止めたアレクは、急にアリアのほうへ振り返った。あまりにも突然だったため、アリアはアレクの胸に顔をぶつけた。
「申し訳ございません! お怪我は!?」
「大丈夫、大丈夫」
アリアが手を振りながら返事をすると、アレクが安心した顔をした。しかし、次の瞬間には、また顔が強ばった。
「どうしたの?」
「申し訳ございません。殿下はこの後、会議が入っていることを忘れておりました。お会いするのは、時間を置いてからでもよろしいでしょうか?」
「会議があることは、さっきも聞いたよ?」
「あの、その、会議の前に準備をしなければいけないことを忘れておりました。まことに申し訳ございません。また後程お迎えに上がりますので、お部屋でお待ちいただけないでしょうか?」
アーヴィンよりもがっちりとした体格のアレクが立ちふさがると前が見えない。彼の焦った様子からすると、これより先に進んでは都合の悪いものが向こうにあるのだろう。
「それは別に構わないんだけど……。でも」
そう言ったアリアはゆっくり左右に揺れてから、バスケットボールのディフェンスをすり抜けるような動きで、アレクの向こう側を覗いた。
「あっ! お待ちくださ……」
アレクはとっさに腕を伸ばしたが、間に合わなかった。
「あぁ、なるほど。たしかに、出直したほうが良いみたいね。気を遣わせてごめんね」
アレクの腕をポンポンと軽く叩いたアリアは、さっさと踵を返して私室へと戻っていく。
アレクが隠したかったものは、花束を持ってスズの部屋に入っていくアーヴィンの姿だった。
しかし、アリアはその光景を見ても、昨日のように取り乱したりしない。その様子から、彼女の気持ちが早くもアーヴィンから離れてしまったのではないかとアレクは不安になった。
「あいつ、間が悪すぎるだろ……」
アレクは小さく呟いて、額を押さえた。
遅れて状況を理解したリラは、「アーヴィン、前世で何かやらかしたんじゃないの?」と嘲笑いながらも、アリアのケアをどうしたら良いかと頭を悩ませる。
アリアの後ろを歩きながら、リラが小声でアレクに話しかけた。
「ちょっと。 仮にも騎士が、護衛対象に抜かれてどうするのよ」
「殿下からも聞いてたけど、アリア様はかなり身体能力が高いんだよ。……昨日の走るスピード、見ただろ?」
「たしかに、あれには私も驚いたけど」
昨日のアリアは、足首が隠れるロング丈のワンピースを着ているとは思えないほどのスピードで、あっという間に庭を駆け抜けていった。
「……アリア様がガラスの靴を落としていく姫君なら、殿下はかなり頑張って追いかけないとね」
「あの絵本に出てくる姫君のことか? たしかに、今の状況から追いかけるのは大変そうだな。まぁ、でも、あいつなら死にものぐるいで、最後はつかまえるんじゃないかって俺は信じてる」
「ちょっとそれ怖いんだけど」
「好きな相手をつかまえるなら、それぐらい必死にならないと、って意味だよ」
そう言ってアレクは熱っぽい視線でリラを見つめたが、「ふーん」と軽い返事が返ってきた。
そんなやり取りをする二人の前を無言で歩くアリアは、アーヴィンには幸せになってほしい、だから、自分はアーヴィンとスズの応援をしようと心の中で決めた。
不幸にも、アレクの予感が的中してしまった――。
お読みくださり、ありがとうございました。
面白いほどに、もつれにもつれて…
今後も一筋縄ではいきません。
四人を見守っていただけますと幸いです。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




