第54話 巫女の本気 1
王妃メリッサの温室を訪ねても良いか、とアーヴィンに確認を取りに行ったリラが帰ってこない。
(どうしたんだろ、殿下が見当たらないのかな?)
そんなことを考えていた矢先、珍しく息を切らしてリラが戻ってきた。
「アリア様、お待たせいたしました……っ!」
「ううん、そんなに急がなくても良かったのに……。お水、飲んで?」
手を付けていなかった水差しから水を注ぎ、グラスをリラに手渡した。
「相変わらずお優しいですねぇ、アリア様」
ドア付近から低く威厳のある声が聞こえ、アリアは驚いて振り返った。
「アルフォンス様!?」
リラを通しての伝言や手紙のやり取りなどはしていたが、顔を見るのは久しぶりだ。
「リラ、離宮まで行ってくれたの?」
「はい、アーヴィン殿下のお姿が見当たらないため、アルフォンス様に許可をいただきました」
「ごめんね、大変だったよね」
アルフォンスは退位後、シェリルが療養している離宮で暮らしている。
離宮は王城と同じ敷地内に建っているが、奥まった場所にあるため、あまり人は近づかず緑が多い環境らしい。
離宮にいたアルフォンスに事情を話し、またアリアの部屋へと戻ってきたのだから、リラの息が上がっているのも当然だ。
「ご無沙汰しております、アリア様。孫がずいぶんとお世話になっているようで」
「いいえ、こちらこそ」
(本当にお孫さんには振り回されて、大変お世話になっていますよ……)
アーヴィンは「ときめき」と「揺さぶり」を絶妙に混ぜたような攻撃をしかけてくる。
そして、その攻撃で崩れ落ちないようにとアリアはいつも必死だ。
それを知ってか知らずか、アルフォンスが恭しく頭を下げた。
最近、アリアとアルフォンスの手紙の内容は、アーヴィンに関することが増えた。
まず、アーヴィンが視察で街へ下りた際に、元聖女のチエ夫妻が営むベーカリーに訪れていたことを伝えた。店頭で対応したのが、チエがどうかまでは分からなかったが、すでに面識がある可能性もある、と。
そして、隠し部屋の存在、扉の開き方を教えてもらったこと。
それから――。アーヴィンと花祭りに行く約束をしたことを伝えた。
アルフォンスからの手紙には、いつも楽しい雑談を交えながら的確な答えが書かれている。
それは、アリアにとって心の拠り所でもあった。リラとはまた違った安心感を与えてくれている。
しかし、アーヴィンが黒魔術について調べていることをアルフォンスに伝えるべきかどうか、アリアはまだ決めかねている。
「アーヴィンは別件で動いているため、私が温室まで同行させていただいてもよろしいでしょうか? このような年寄りが一緒では何の面白みもないでしょうが……。もちろん護衛にはアレクが付きますので、そちらはご安心ください」
「いえ、そんな! ご一緒できて嬉しいです。こちらこそ、お忙しい時に申し訳ありません。……シェリル様のお加減はいかがですか? アルフォンス様がいらっしゃらなくても大丈夫でしょうか?」
「一日中べったり、というわけでもありませんからね。彼女も一人の時間が欲しいでしょうし。鬱陶しがられて、最愛の妻に嫌われたくはありません」
アルフォンスは冗談っぽく笑っているが、離宮にずっといることができない理由はおそらく他にもあるだろう。
リカードにしてもアーヴィンにしても、アルフォンスから見ればまだ未熟な上に、公には話せない問題を抱えている。
そして聖女のケアだけではなく、表からは見えない役目を背負い、とても引退したとは言えない状況だろう。
黒魔術について相談するのであれば早いほうが良い、ということはアリアもよく理解している。
しかし、アルフォンスの事情やアーヴィンの立場を考えると、どう動くことが最善の道に繋がるのかが読めない。
そして、魔術について尋ねたいのであれば最も適切な人物がいるが、できれば避けたい道だ。
もし、魔導師のマーリンがアーヴィンの行為を知らなければ、アーヴィンの王太子としての立場が危うくなるかもしれない。目的が善いものだとしても、禁忌には違いない。
そして、すでに知っているのであれば……。ろくな事にならない気がする。
(絶対に面白がるでしょ、あの人)
そうこうしているうちに、何の手がかりもないまま時間ばかりが過ぎていってしまった。
「この道のりは大変でしょう?」
考えていることをアルフォンスに読まれたのかと思い、一瞬アリアは固まった。しかし、温室への道のりについての問いかけだとすぐに気づき、笑顔で返した。
「少しハードですが、運動不足解消にはちょうど良いかもしれません」
「そうですか……。それなら良かった」
アルフォンスの苦笑いを見て、嫌味に聞こえただろうかとアリアは少し焦ったが、本音には違いない。
そして、召喚された頃のアリアの言動を知っているアルフォンスは、少しくらいの毒気には動じない。
長年、大国の玉座に座ってきた経験も大きいのだろう。
(いやいや、それよりも! 何でアルフォンス様は息切れしてないのっ!)
高低差のある長い階段を、彼はひょいひょいと歩き続けている。どうやらアルフォンスは体力までもが特級らしい。
もう少しで温室の入口にたどり着くという時に、鈴を転がすような澄んだ声が聞こえてきた。
「アリア様ー!」
声がするほうを見ると、少女のように可憐な女性が大きく手を振っている。
(え、メリッサ様!? めっちゃお元気……)
「メリッサ様っ……。はぁ、はぁ、ご無沙汰、しております」
「アリア様、またお会いできて嬉しいです。どうぞ中へ。今日は私がお茶菓子を作ったんですよ。あ、お義父様、先触れしてくださりありがとうございます。おかげで、アリア様をおもてなしする準備ができました」
「それは良かった。それに、今日は調子も良さそうだ」
「はい。今日はいつものお薬も飲まずに過ごせているんですよ。驚きでしょう?」
「ほぉ」
この会話の間ずっと、アリアはメリッサに手を引かれていた。以前の儚さが印象的だったため、少し混乱してしまう。
しかし、姉妹のように振る舞ってくれるメリッサの手がとても温かく優しい。
(もし……、もしも、従姉妹と仲が良ければ、こんなふうに)
こんなふうに手を繋いで歩くこともあったのだろうか、と気分が落ちそうになった時、ストンッと椅子に座らされた。
いつの間にか、茶会のために用意されたテーブルに着いていたらしい。
皆が席についたところで、メリッサがおもむろに口を開いた。
「アリア様。――――あまり、危ないことをしてはいけませんよ?」
思わず、アリアは瞬きを繰り返した。
(うわー……。どれのことだろ……)
結局、「私もお会いできて嬉しいです」と挨拶を返す間もなく連れてこられ、不思議な痛い言葉を受けた。
そして、アリアにとって、それは思い当たる節が多すぎる言葉でもあった。
(巫女の本気、怖すぎる……)
お読みくださり、ありがとうございました。
元気な時のメリッサのノリが、少しだけ魔導師マーリンを彷彿とさせるのは気のせいでしょうか……。
「巫女の本気 2」に続きます。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




