第52話 王太子の隠し事 1
アーヴィンが読んでいた本を一式読みたい、と言ったアリアの元にアレクが大量の本を運んできた。
「ありがとう、重かったでしょ」
「いえ、これくらい何てことはありません」
アリアはもう一度お礼を伝えてから、本を一冊ずつ確認していく。
「……アレク、殿下が読んでいらっしゃった本はこれで全部? 追加もある?」
「これですべて揃っている、と伺っていますが」
「そう……。でも、もう一度だけ、念のためにお伺いしてくれる? 本当にこれで全部なのかどうか」
アレクは不思議そうな顔をしながらも、アリアの要望にすぐに頷いた。
「承知いたしました。今でしたら、殿下は執務室にいらっしゃいますので、すぐに確認して参ります」
「何度もごめんね。よろしくお願いします」
「いいえ。では、行って参りますので、少々お待ちください」
アリアはアレクを見送ると、椅子に座って目を伏せた。その様子を見たリラが、気遣わしげに声をかける。
「アリア様、何か気になることでも?」
「うん、ちょっとね」
「何かお役に立てることがございましたら、何なりとおっしゃってくださいね?」
「ありがとう。大丈夫よ」
アリアがふわっと笑って見せると、リラは探るような少し寂しげな笑顔を返した。
(ごめんね、リラ。今はまだ誰にも話せないの……)
執務室に到着したアレクは、ノックとともにアーヴィンに声をかけた。
「殿下、少しよろしいですか」
「あぁ。今、書類仕事が一段落したところだから問題ない。どうした? アリア殿に本を届けてくれたんだろ?」
アーヴィンは、何も持っていないアレクの手に視線をやった。
「そのアリア様からのご要望で参ったのですよ。本はこれで全部かどうか殿下に確認してほしい、と」
「あー……。やっぱりそう来たか」
「どういうことですか?」
「たしかに、あえて渡してない本が数冊あるんだよ。それに気づかれてしまったんだろうな。おそらく彼女は、俺が読んでいた本の表紙をすべて記憶しているんだと思う」
「なぜ、お渡しにならないのです? アリア様の性格からすると、おそらく手に入れるまで諦めませんよ」
「そうだよなぁ……。しかし悪いが、理由はお前にも話せないんだ。……少なくとも今は」
「そうですか。では、アリア様には、すべて揃っているとお伝えしておきます。それが、通用するかどうかは分かりかねますが」
「頼む」
しばしの沈黙の後、アレクが口を開いた。
「…………ここから先は別件になりますが、従者としてではなく従兄弟として、そして幼なじみとして発言してもよろしいでしょうか?」
「構わないが、どうした? そんなに改まって」
「ありがとうございます。では、心置きなく。……アリア様と添い遂げたいと思ってるっていうのは本当か?」
「リラから聞いたのか?」
「あぁ。いったい何があったんだ!? あまりにも唐突すぎるだろ!? たしかに彼女はアルフォンス様がお認めになるほど聡いし、素敵な女性だと思」
「たしかに彼女は素敵だが、お前に言われると何か腹が立つ」
アーヴィンは独占欲丸出しで、アレクの言葉を遮った。
「いいから最後まで聞け。彼女の何がそうさせたんだ? 俺が知る限りではお前……、初恋だろ?」
「げほっ、ごほっ…………、それが……、何だって言うんだよ?」
冷めた紅茶を飲み切ろうとしていたアーヴィンは、初恋との指摘で盛大にむせた。
「美しい容貌に家柄、高い教養。どんなに好条件の令嬢が寄ってきても、すげなく追い払っていたじゃないか。一人息子の王太子が、その歳まで婚約者も決めずに周囲を困らせて……。それが、こんな急に……。アルフォンス様やメリッサ様が気に入った娘だから、なんて単純な理由じゃないだろ?」
「単純だと言われれば、単純だ」
「何?」
「姿勢」
「は? 物事に対する向き合い方っていうことか?」
「もちろん、それも好ましいと思ってる。でも、もっと単純な『姿勢』だ。立ち居振る舞いが綺麗なんだよ、彼女。特に、大事な話をする時の背筋を伸ばした姿が……。それで考えると、謁見の間で初めて会った時に一目惚れしていたのかもしれない」
「あれだけ、ボロクソに言われてか?」
「あれはあれで効いたんだよ。自分の未熟さを、これでもかと言うほど思い知らされた。正直、出来の悪い王太子を演じながら平静を保つのに精一杯だったよ……」
机に片肘をついて、アーヴィンはうなだれた。
「で? その姿勢だけで骨抜きにされたのか?」
「いや、『王子の呪い』を解いてくれた。これが一番の理由だろうな」
「何だ、そのファンタジーみたいな話は」
「『生まれた時から王位継承権第一位の者にかけられる、周囲の人間からの呪い』だよ。それを彼女はたった一言で解いてしまった」
「何となく分かった。つまり、精神的に癒やされたことが決定打だったと?」
「そういうこと。俺にとっては、好意を持つには十分な理由だった。どうしても彼女と一緒になりたい。でも、彼女からしたら、この世界そのものがファンタジーなんだよ。だから、元の世界に帰ろうと必死になってる」
「リラとも仲良くしてるようだし、上手くいけばこの国に留まってくれるんじゃないか?」
「節穴。そんな簡単なわけないだろ。祖国に二度と帰れない。家族や友人にも二度と会えない。お前なら、どうする? もちろん、リラにも会えないぞ?」
「……何が何でも帰る方法を探すかな。どんなに時間をかけてでも」
「そういうことだ。もし、彼女が少ながらず俺に好意を抱いてくれたとしても、彼女の意思の強さが一番の障害になる。だから、彼女が振り向いてくれるように必死に頑張るしかないんだよ。リラも応援してくれるそうだ。もし、アリア殿が元の世界よりも俺を選んでくれた場合には」
「それ、順番が逆じゃないか?」
リラらしいけど、とアレクが苦笑する。
「良いんだよ。王太子妃候補、王太子妃、王妃、俺が望んだ通りの未来になれば、彼女には絶対的な味方が必要だ。それに、乳母も信頼できる女性に頼みたい。だから、誰かさんにも頑張ってもらわないとな? もたもたしてると、どこかの馬の骨に持っていかれるぞ」
「うるさい。大きなお世話だ。恋に目覚めたとたん、分かったような口を……。お前も初恋をこじらせたらいい」
「俺がこじらせたら、世継ぎがいなくなるって分かってるか?……ま、お互い頑張るしか道はないんだよ。どんなに苦労してでも、望んだ相手と添い遂げられるほど幸せなことはないだろ? 特に、俺たちのような立場では」
「それは同感だ」
「じゃ、この話はここまで」
アーヴィンがパンッと軽く手を叩いた。
「面倒をかけるが本の件、頼んだぞ」
「承知しましたよ、殿下」
アレクは退室しようとドアノブに手をかけたが、もう一度アーヴィンの方へ向き直った。
「…………アーヴィン」
「何だ?」
「応援してるからな」
「はは、ありがとう。頼もしいよ。俺もアレクを応援してる、心から」
アレクは男らしい顔つきで口角を上げて退室していった。
「あー、本の件、アリア様に何て説明するかなぁ……」
幼なじみの恋路を応援するとは言ったものの、アリアの部屋へと戻るアレクの足取りは少しばかり重かった。
お読みくださり、ありがとうございました。
アーヴィンが、アリアのことを好きになった理由をぶっちゃける回でした。
人を好きになる時って、日常の中のほんの些細なことがきっかけ……ってことも多いですよね(^^)
次回は恋愛よちよち歩き、まだまだ恋より謎解きのほうに興味があるアリアのターンです。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




