第49話 In a week. 1
アリアのおこもり生活から一週間が経ちました。
身の安全のために、私室から外出しなくなってから今日でちょうど一週間。
コツコツと聞き覚えのある足音が、アリアの部屋の前で止まった。
アリアが勢いよくドアを開けると、少しだけ驚いた表情のアーヴィンが立っていた。
「――ずいぶんと熱烈なお出迎えだな。でも、不用心だ」
「ごめんなさい……」
ほんの少しからかい混じりの低い声で注意されると、なぜか反論できなかった。
「笑顔で出迎えるほど俺に会いたかったのか? それとも、そんなに暇を持て余していたのか?」
アリアは一瞬迷ってから、「退屈だった」と答えた。
そして、窓辺でテーブルのセットをしているリラの視線がとても痛い。
(たぶん、殿下の態度と一人称、それから私の行動にも驚いたんだよね。私も、何でこんな忠犬みたいなことしてるんだか……)
「長い間、不便な暮らしをさせて悪かった」
「別に殿下が悪いわけではないですし」
ふい、と視線を外すと、頬に手を添えられ上を向かされた。アーヴィンと目が合うと、自然と頬が紅潮してしまう。
(手っ! また、こういうことする! でも、今日は絶対負けないからっ)
アリア自身もよく理解できないまま、アーヴィンを相手に奇妙な勝負が始まった。
(平常心、平常心、平常心……。赤くなったら負け……)
しかし、アリアが必死で心を鎮めているのをあざ笑うかのように、添えられた手の親指でスッと頬を撫でられた。
(がーっ!!)
アリアは思わず、心の中で吠えてしまった。それでも表情には出すまいと、何とか踏ん張った。
「ん、だいぶ顔色が良くなったな。少しは休息できたか?」
「……おかげ様で」
(今まさに倒れそうですけどね)
「それは良かった。で? 俺が訪ねて来なかった間、何があった?」
「へ?」
「何かあっただろ?」
そう言ったアーヴィンがアリアの額を軽く突いた。
「え? あっ!?」
とたんに、湯気が出そうなほど赤面してしまった。
それを見たアーヴィンは楽しげに笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「何か、『怖い』とか『嫌だ』と思ったことがあったんじゃないか?」
「あのー、そういう時に火花が散ったりしますか?」
「つまり、あったんだな?」
「えーっと、怖いとかじゃないんですけど。マーリン様が、討伐から戻られてすぐにこの部屋にいらした時に――」
「は? あの人に何かされたのか?」
「いえ、気分が悪いのかと心配してくださっただけです。その時に手が触れそうになった瞬間、マーリン様の手が感電したようになって」
「自業自得です」
マーリンが去った後、リラは部屋の惨状を見て呆然とし、すぐに怒りの表情に変わった。
アリアが経緯を説明すると、さらに状況は悪化してしまった。そして現在も、まだ怒りは収まっていないようだ。
「まさか、最初に発動したのが身内とはな……」
「マーリン様が、殿下のことを『過保護だ』っておっしゃってましたよ。コレのことですよね」
“コレ”の詳細は口にしたくないため、アリアは自分の額を指差した。
「それは……まぁ、お守りみたいなものだ。さっきも言ったように、アリア殿が『怖い』とか『嫌だ』と思った人物に触れられそうになったら発動するようになっている。……あんなことがあったばかりだ。別に過保護でも良いだろ」
「マーリン様のことは嫌ではないですし、怖くもないんですよ。少し……いえ、かなり苦手なだけで」
「それは仕方ない。あの人とまともに渡り合えるのは、この城の中でもほんの一握りだ」
「ちなみに、どなたが?」
「あー、俺が見た限りでは巫女には敬意を払うようだ。つまり、母と祖母だな。あと、祖父にはチェスで勝てないらしい」
「なるほど。良いことを聞きました。つまり、何かで勝てば良いんですね?」
「変なところで負けず嫌いを発揮しないでくれ……。あの人への対応は倒すんじゃなくて、受け流すのが最適解なんだ」
「でも、殿下の魔法のことは買っていらっしゃるようでしたよ。お守りの効果を見て、『ずいぶんと腕を上げられたようだ』って。少し嬉しそうに……」
「そう、そうか……。あの人が俺のことを……」
アーヴィンが自分の手を見て、はにかんだ。
その表情は、あの時のマーリンに少し似ているかもしれない。
「もしかしてマーリン様は、殿下の魔法のお師匠様ですか?」
「いや、師匠というほど直接的ではないが。でも、そうだな。師匠と呼んでも良いのかもしれない」
そう言いながらアリアをエスコートして、窓辺の椅子に座らせた。そして、向き合うようにアーヴィンも腰かける。
「今日は、こ」
ここで良いんですか? と尋ねそうになり、アリアは慌てて口を押さえた。
すぐ隣でリラがお茶の用意をしているため、隠し部屋に入ったことを今は話せない。
「今日は、今後についてのお話でいらしたんですよね?」
ごまかせただろうか、とリラの顔をちらっと見るとアーヴィンが苦笑した。
「んー。まぁ、それもあるけど。とりあえずは顔を見に?」
「そ、そうですか……」
あの日から、急にデレ始めたアーヴィンにはまだ慣れない。
(これも『甘える』の一種なの? 正直、心臓が保たないんですけど……)
じとっとした目でアーヴィンを見ると視線が合い、柔らかく微笑まれた。
(もう、嫌。何でそんな無駄に顔が良いのよ。これだから異世界の人間は……)
スズの面食いが移ったのだろうか、と考えた瞬間、この一週間ずっと疑問に思っていたことが頭に浮かんだ。
「あの、スズさんはお元気ですか? できれば、スズさんにお会いしたいんですが」
「あー、んー……。そう、だな」
ずいぶんと歯切れの悪いアーヴィンが、リラとアイコンタクトを交わした。
「……スズ殿はまだ療養中だから、会えるのはもう少し先になるかな」
「え? でも、もうあれから一週間以上経って……」
「スズ殿は年齢が年……痛って!」
リラの足がテーブルの下に素早く入ったかと思うと、アーヴィンが悶絶し始めた。
どうやら、リラにすねを蹴られたらしい。
おそらくアーヴィンは、「年齢が年齢だから、回復が遅い」とでも言おうとしたのだろう。蹴られて当然だ。
「……すまない。女性に対して失礼なことを言った」
「男性相手だとしても口にすべきではないですよ」
本当にすまなそうにしているアーヴィンに、リラが追い打ちをかけた。
「そうだな。今後は気をつける」
(ここの上下関係も面白いよね。アレクもリラに敵わないし)
「と、とにかく、スズ殿に会うのはもう少し待ってくれないか?」
「分かりました。では、私は今後どうすれば?」
その質問にも、アーヴィンは渋い顔をした。
おそらく、城の中があまり良い状況ではないのだろう。
「延長……ですか?」
「……そうなるかな。すまない」
「だから、殿下は謝らないでください。ただ、やっぱり息が詰まります。もう少し、制限を緩めてもらえませんか?」
「そうだよな。……アリア殿は何がしたい?」
したいことを挙げれば切りがない。
しかし、どれも今の状況では難しいだろうとアリアは長考した。
お読みくださり、ありがとうございました。
「In a week. 2」へ続きます。
きな臭い状況のなか、
わかりやすくデレ始めたアーヴィンとアリアのやり取りをお楽しみいただければ幸いです。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




