第42話 二人きりの答え合わせ 3
アーヴィンの香りで胸が高鳴るのは脳の錯覚だと、アリアは自分に言い聞かせて、話を進めた。
「特殊な魔法って、窓の外のシャボン玉みたいな膜のことですか? 虹色の……」
「見えるのか!?」
(え、見えちゃマズイの?)
カプセルトイの半分みたいなドーム型の膜が、はっきりと見えている。
「見えますけど……。殿下こそ、シャボン玉をご存知なんですか?」
「あぁ。石けん水を付けたストローを吹くと出てくる、宙に浮かぶ虹色の玉のことだろう? 城下の子どもたちも、それでよく遊んでいる」
そう説明しながら、アーヴィンはアリアの手を取ってエスコートし、上座に座らせた。
ありがとうございます、と軽く頭を下げると、ふわりと微笑み返された。
(う、心臓に悪い! それにしても、シャボン玉まであるのか……。ん? ストロー?)
「ちなみに……ストローもご存知なんですね?」
「あぁ、細い筒型のものだろう? 城下町のベーカリーで売っているミックスジュースに付いているから有名なんだ。なかなか美味いぞ。視察を兼ねて町に行く時は、私もよく購入する」
(おぉっと……チエさんとエンカウントしてるし! でも、殿下の様子を見る限りでは大丈夫かな? 背景が色々と複雑だからなぁ……。一応、アルフォンス様に報告しないと、かな)
しかし、シャボン玉にストローまで。この世界には、何がないのか聞いたほうが早いような気さえしてきた。
そういえば、シャボン玉も金平糖と同じく、ポルトガルから日本に伝来したはず。そして世間に広まったのも、やはり明治から大正の頃だ。
(やっぱり、その頃に誰か日本から……。いや、これ以上はキャパオーバーになる。今は目の前のことだけに集中しよう)
アリアは頭を振って、止めどなく浮かび上がる疑問を脇に置いた。
「話を戻しますけど、防音や外から見えない効果というだけなら、他の部屋でも良かったんじゃないですか? こんな、関係者以外に知られると困るような部屋じゃなくても……」
「この室内でのやり取りは、各国の巫女や有能な魔導師でさえ透視できないようになっている。もちろん、過去視や未来予知でも知ることもできない。そもそも、部屋自体が存在しないことになっている。だから、部屋を開く時にどれだけ揺れようと誰も気づかない」
「へぇ……そこまで厳重なセキュリティーの部屋なんですか。もうひとつ気になったんですけど、各国に巫女がいらっしゃるんですか? メリッサ様やシェリル様のような?」
「そう。あの国の王家は不思議なくらいに女系だから。まれに男子が生まれても、十歳まで生存できた例はないらしい。だから、他国に嫁ぐ女性が通常よりも多い。王族の中でも、巫女の国に残らなければいけない立場であれば婿を迎える」
日本でも大きな家だが跡取りに恵まれず、遠縁から養子をもらうケースをいくつか聞いたことがある。
なぜか、男子だけが早逝するという歴史が記録された文献もあったはずだ――。
「反対に、こちらは男系であまり子に恵まれない。私も祖父も兄弟がいない。父には妹……、私から見れば叔母にあたる人がいる。これは、とても珍しいケースらしい」
「あ、アレクのお母様のことですか?」
「そうだが……。アレクと私が従兄弟だと知っていたのか?」
(しまった。これも、知ってるとマズイ話だった?)
アリアの動揺が伝わったのか、アーヴィンは目を閉じて小さく笑った。
「まぁ、貴女になら知られても良いか。おそらく、アレクもそう判断したんだろう」
アリアは、ホッと安堵の息を吐いた。別に悪いことはしていないのだが、少しばかり焦った。
「叔母様……えーと、王女様? が、お生まれになった理由は何かあるんですか?」
「いや、今のところは分かっていない。まぁ、子は授かりもの……とも言うしな。そのあたりは、他の家庭と変わらないんじゃないかとも思う。ただ、統計学から見れば、どちらの王家も異常ではあるな。貴族も平民も、王家以外の家庭では男女の出生率のバランスは取れているから」
「……なるほど。で、王女様は公爵家に嫁がれたんですね? しかも、リラのお姉さんが公爵家に嫁いだから、今は殿下もアレクもリラもご親戚……で合ってます?」
「――合ってる。……そんなことまで知ってるのか」
「いや、世間話程度ですよ。……たぶん」
何気ない会話の中で、国にとって重大なことを知ってしまっていたらどうしようかと、少し不安になった。
「じゃあ……、これも知ってるか? 父についての話だ」
(これは、たぶんマズイ話だよね)
「……国王陛下のどのようなお話ですか?」
「父の聖女に関する記憶の話だ」
心臓だけではなく、耳の奥でもドクドクと脈打つ音を感じる。しかし、何が何でも平静を装わなければいけない。メリッサのためにも――。
「ご不自由なさっている、というお話は少しだけ。確か……ご病気でしたか?」
(表向きは『病気』っていうことになってるから、これはセーフなはず……!)
「そうか、それも知ってるのか」
(よし! セーフ!)
あからさまに力を抜いたアリアを見ながら、アーヴィンは顎に指を添えた。
「他にも何か知ってるな?」
「いいえ? 何も?」
食い気味に答えるのは怪しすぎるだろう! と、アリアは自身にツッコミを入れたくなった。
「本当に?」
「本当に!」
「まぁ、今はそれで良いか……」
どうやら一難は去ったようだが、完全に逃げ切れてはいない。
(アルフォンス様ー! お孫さん、何か勘付いてますよー!)
大人は分からないだろうと思い込んでいるが、実は子どもはよく見て、聞いている。どうやら育児は、どの世界でも共通のようだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。先日の騒動について、もう一度詳しく聞きたい」
アーヴィンに真剣な目で見つめられ、アリアも居住まいを正した。
お読みくださり、ありがとうございました。
「二人きりの答え合わせ 4」に続きます。
「二人きりの答え合わせ」はしばらく続き、
二人の距離が変化し始め、国の問題も進んでいく予定です。
2022年 12月27日 追記。
諸事情により、今年度中(2023年3月末まで)に完結させることを目標に変更しました。
完結予定の時期がころころと変わり、申し訳ありません。
お読みくださっていた方々に、「読んで損をした」と思われてしまわないよう、丁寧に進めて完結させたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
2023年 3月31日 追記。
この回までお読みくださった皆様に、深くお礼を申し上げます。
不調が続いておりまして、3月末の完結は叶いませんでした。申し訳ございません。
最終話、後日譚は書き上げているため、エタることはありませんが、今回は期日を設けず、マイペースで進めることにいたしました。
最終話まで破綻せず、満足のいく文章になりましたら、少しずつでも更新していきたいと思います。
50人近くの方がブクマを外さずにいてくださること、とても支えになっています。
ありがとうございます。
のろのろとしたペースになりますが、完結までお付き合いいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




