第40話 二人きりの答え合わせ 1
「……朝?」
アリアは疲れが抜けない体を、なんとか起こした。体がひどく重い。
しかし、原因はなんとなく分かっている。
ぼぅっとする頭で、昨日のことを思い返した。
昨日……つまり、事件の翌日は丸々オフだった。
部屋から一歩も外に出してもらえないため、強制的に休日となったのだ。
室内にはアリア専用、現代日本様式のトイレや洗面、浴室があり、食事はリラが運んでくれる。まさに至れり尽くせり。
「ちょっと外に用事が……」という口実すら使えない、快適な軟禁生活。
朝一番には、あの騒動の際にアリアが取った行動を知ったリラのお小言を、これでもかというくらいに聞かされた。
その後、使用人たちの静止を振り払って、アリアのもとへ向かおうとするリラを押し留めるのは大変だったのだと、アレクがこっそりと教えてくれた。
本当に、リラには頭が上がらない。
そしてリラが、かいがいしく世話をしてくれるため、結局スマホでアニメやドラマを観て過ごしてしまった。
ニュースや電子新聞も確認しているが、女子大生やOLが行方不明になったという情報はまったくない。
(まだ、誰も気づいてないのかな――)
気づかれて捜索願を出されたら、それはそれで面倒くさい話にはなるのだが……。
手持ち無沙汰になると、何となく心がざわついてしまう。そこで、思いついたのが「ヒール」の実験だった。
手首や足首の痛みは治ったが、全身が筋肉痛だ。本当に自分がヒールを使えるのか試すのには、ちょうど良い機会かもしれない。
まずは、アーヴィンに教えられた方法を思い出す――。
そして、自分の体から痛みが抜けるようにイメージしながら両手を胸に当てて、「ヒール」と小さく呟いた。
しかし、手から妙な光が出ただけで体の痛みが癒えることはなく、むしろ疲れた。
そして、怒りの矛先はアーヴィンに向いた。
(筋肉痛の原因の半分はアイツのせいだ。次会ったら、絶対に文句言ってやる!)
そう心に決めると、アリアは夕食も食べずに眠ってしまった。
そして今、目が覚めたときには、とっくに太陽が昇っていた。
「アリア様、お目覚めですか?」
「リラ……。おはよう……」
「お顔から、まだ疲れが抜けませんね……」
綺麗な小さな手で、そっと額に触れられる。
「お熱は下がったようですね。良かった……」
そういえば、昨日は微熱があったことを思い出した。安心した、というような表情のリラを見て、申し訳なくなる。
(リラに心配かけたくないし、しばらくは大人しくしておこうかな。殿下にも一人で突っ走るなって、言われたしな……)
「朝食のあと、殿下がお会いしたいとのことですが……。お断りしましょうか?」
(いやいや、王子を断っちゃダメでしょ。どこまで私ファーストなの、リラ。嬉しいけどね)
「ありがとう、大丈夫です。お会いしますと伝えてください」
朝食後、呼び出しがあるまでは一人でゆっくりしようとお茶を飲んでいるところに、アーヴィンが訪ねてきた。
(え? 殿下自ら?)
「具合はどうだ? 微熱があると報告があったが……」
「おかげ様で、熱はもう下がりました。でも、あなたのせいで全身筋肉痛です」
その言葉を聞いたアーヴィンは真顔になったあと、微かに笑った。
「なに、その顔……」
「いや、妙に艶かしく聞こえる言葉だな、と思って」
「は? 馬鹿なの!?」
アリアの反応を見ながら笑っているアーヴィンを睨みつけた。
どうもアーヴィンに、イニシアチブを取られてしまったような気がする。
そして、冗談はこれくらいにして……とでも言うように、急に真面目な顔で本題に入られた。
「疲れているところ申し訳ないが、一昨日のことを、もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」
「えぇ、それはもちろん。スズさんも一緒ですか?」
「いや、スズ殿とは、もう少し時間を置いてからにする」
アーヴィンの言い方が引っかかった。
「スズさん、寝込まれたりとかは……」
「それは大丈夫だ。いつもよりは静かだが、きちんと食事も睡眠も取れていると侍女から報告を受けている。ただ、事件のことを思い出させてしまうようなことは、もう少し落ち着いてからにしようと思う」
「そうですね……」
(やっぱりこの人、ちゃんと周囲を見てる)
「で、まずはこちらに伺った次第だ。貴女は話せるだろう? むしろ、その後どうなったのか、知りたくてウズウズしてるのでは?」
「えぇ、そうですよ!」
決して軽んじられているわけではない。
分かってはいるが、からかわれているような、アリアの好奇心や負けず嫌いな部分を見透かしたような笑みに腹が立つ。
小さな苛立ちを吹き消すように、アリアは軽く咳払いをした。
「どこでお話ししますか?」
そう尋ねながら部屋の中を見ると、一番にベッドが目に入った。
(ここでは、ちょっとね……)
アーヴィンの靴音が聞こえて振り返ると、彼の足が半歩ほど室内に入っていた。
「え……」
そして、焦るアリアの顔を見て、勝ち誇ったような顔をした。
(あ、この顔は……)
また、からかわれたのだと思った矢先、大股で室内に入ってきたアーヴィンが後ろ手にドアを閉めて、カチャリと鍵をかけた。
「どうして、鍵……」
「どうしてだと思う?」
思わず腰が引けたアリアの横を素通りしたアーヴィンは、ベッドの反対側にある壁の前に立った。
「ちょっと、こっちに来て」
「なに……?」
「いいから、来て」
真面目な顔に戻っているアーヴィンに呼ばれたアリアは、彼の言葉に従った。
「今から私がすることをよく見て、覚えて」
そう言った彼は、壁に掛けられていた小さな絵画をひとつ外した。
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「二人きりの答え合わせ 2」に続きます。
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