第37話 二人だけの秘密
2024年 1月25日(木)
第37話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「ケガは?」
すぐ後ろから、低く黒い声で問いかけられ、アリアはギクリとする。振り向いて恐る恐る仰ぎ見ると、アーヴィンが真顔で立っていた。
「鷹?」
王宮の廊下を猛スピードで飛んでいった鳥の姿が衝撃的で、問われた内容の答えではない言葉をつい口に出してしまった。
アリアの発言にアーヴィンの顔が苛立たしげに歪む。
「……そう。私の使い魔だ」
「使い魔? 普通の鷹じゃないの?」
「私が幼少期に飼っていた鷹だったが、何者かに殺された。すぐに埋葬したが、翌日には魔獣となって戻ってきた。よほど自分を殺した相手を憎んでるんだろう」
「あなたのことが心配だったんじゃ……」
「さぁな。それよりケガは?」
「大丈夫です」
はぁ……と、アーヴィンは大袈裟に息を吐くと、アリアの左手首と左足首を指さした。
「あ……」
そこには、騎士の指の痕がくっきりと残っていた。言われてみれば、なんとなく痛むような気もする。
アリアの前に跪いたアーヴィンが、足首を軽く握った。
「いった!」
「これ、脱臼してるぞ」
「嘘……」
「今はショックのほうが大きくて、痛みが麻痺してるだけだ」
たしかに、交通事故などの直後はショックで痛みが分からず、後から骨折などの大ケガをしていることに気づくケースも多い。
ぼんやりと座り込んだままのアリアの足にそっと触れたアーヴィンは、「ヒール」と小さく呟いた。すると、赤紫色になっていた指の痕が消えた。
「……ヒールが使えるの?」
「まぁ、一応は。痛みはどうだ? 動かせるか?」
言われるままに、足を色々な方向に動かしてみたが痛みはまったくない。
「ありがとうございます。治ったみたいです」
「じゃあ、次はこっちだな」
うやうやしくアリアの手を取って、手首の治療を始めようとしたアーヴィンの手が、ふいに止まる。そして、無傷のほうの手を取り、痛めた手首の上に導いた。
アリアが首を傾げていると、耳に口付けるような距離で囁かれる。
「痕が消えるように頭の中で想像しろ。私が合図をしたら、『ヒール』と声に出して」
「え? ていうか、近い! 何でわざわざ耳元で……」
「このほうが脳に響きやすい」
(脳!? 魔法って脳が関係してるの!?)
「いくぞ」
「ま、待って」
「待たない。ほら、サン、ニ、イチ……」
「ヒ、ヒールっ!」
急かされたアリアは、とにかく「ヒール」という単語を必死に発音した。頭のなかで想像できていたかどうかは、何とも言えないところだ。しかし、手をどけると、指の痕は綺麗に消えていた。
「消え、た……?」
「――やっぱり使えるのか。痛みは?」
整形外科医のように手首の角度を変えつつ、アーヴィンが確かめていく。
「まだ、ちょっとだけ痛いような……」
アーヴィンは小さく頷くと、アリアの手に自らの手を重ねた。
「……ヒール。どうだ?」
「うん、痛くない。ありがとうございます。……私、本当にヒールが使えるんですか?」
「そうみたいだな。まだ、完全に使いこなせてはいないようだが……」
(それは、あなたが急かしたことも理由のひとつなんじゃ……)
治療は終わったのに、なぜかアーヴィンはアリアの左手の指先に触れ続ける。普段から剣を持っているためか、皮膚が少しだけ固い。“男の人”の手だ。
(く、くすぐったい……!)
「貴女がヒールを使えることは、まだ誰にも話さないでくれ。祖父にも……、スズ殿にも」
「お二人にも?――私がヒールを使えると、まずい状況になるってことですか?」
「どちらに転ぶか、まだ分からない。だから、私と二人だけの秘密にしてくれ」
「わ、分かりました」
(いや、秘密っていうか機密よね!?)
二人だけの秘密、という言葉が妙に甘く聞こえる。
落ち着かなくなったアリアは、『この言葉に他意はない!』と全力で自分に言い聞かせた。
お読みくださり、ありがとうございました。
明日も更新する予定です。
※8月26日 追記
本日(8月26日)はお休みいたします。「明日も更新」と書いておきながら、申し訳ございません(ToT)
また、更新した際にはどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




