第36話 身近に迫る危険
2024年 1月17日(水)
第36話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
アーヴィンの背を見送りながら、アリアは呟いた。
「大丈夫でしょうか……?」
おそらく、アーヴィンは相当腕が立つのだろうとは思う。引き締まった体躯というだけではなく、体幹がしっかりしているのか、歩いていても頭がぶれない。
しかし、それでも心配にはなる。
それに先ほど、王宮内や他国との不穏な話を聞いたばかりだ。
「少し様子を見に行ってみようか」
「スズさん、駄目です」
「ドアの隙間から覗くだけだから」
躊躇したがアリア自身も気にはなるため、結局スズの後ろを付いてきてしまった。
そっと扉を開けた瞬間、スズが小さな悲鳴を上げた。
アリアが慌てて扉を大きく開け放つと、スズの手首を掴んでいる若い近衛騎士が立っていた。
かなり強い力で掴まれているのか、スズが痛みで顔をしかめている。
「何をしているんですか!? その手を離してください!」
「おや、(仮)の聖女様までいらっしゃるとは運が良い。お二人とも一緒に来てもらおうか」
(知らない顔……)
聖女の私室や行動範囲を警護する近衛騎士も使用人と同じく、アルフォンスが認めた者だけが配置されているため、ほとんどの騎士の顔は覚えている。
「お断りします。スズさんを放してください」
侮られないように背筋を伸ばして、きっぱりと拒否の言葉を告げる。
しかし、伸ばされた大きな手にアリアも手首を掴まれ、騎士の胸にぶつかるほどの力で引き寄せられた。
掴まれている手を引きながら、もう片方の手で騎士を押しのけようと力を入れるが、びくともしない。
ただでさえ男女で腕力の差がある上に、相手は日本人よりも大きい。
(まずい……)
そう感じた時、図書室のドアが軋む音を立てて閉まっていくのが見えた。
アリアはとっさに、スズを掴んでいる騎士の腕に勢いをつけて拳を下ろした。一瞬ひるんだ騎士がスズから手を離す。
その瞬間を逃さず、アリアはスズの肩をドアのほうに強く押した。
「中に入って! 早く!!」
「でもっ!」
アリアを一人にするわけにはいかない、というようにスズが騎士に近づこうとしたため、突き飛ばすようにして図書室の中に押し込み、足で扉を思いきり蹴って閉めた。
この扉は特殊なオートロックの構造で、鍵を持っていなければ中からも開けることはできない。
アリアの名前を叫ぶスズの声と、扉を叩く音が廊下に響く。
「勇ましいね。聖女様(仮)は」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる騎士に対して、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「カッコ仮、カッコ仮って、いい加減うるさいのよ!」
「おー、怖い」
まったく怖いなどと思っていない様子の騎士を、下から力いっぱいに睨みつける。
「まぁ、あんただけでも良いか」
「……っ!」
骨が折れるのではないかというほどの力で、手首を握られ引きずられる。
(……落ち着いて。暴れても逃げられない)
痴漢や誘拐対策のために、初等部で習った護身術を必死に思い出す。
(こういう時は無理に引っ張らずに、掴まれてる手を相手の方に押して、ひねる!)
「外れた……!」
そのまま背中を見せないようにしながら、相手との距離を取る。
目の前の騎士は、何が起こったのか分からないようだ。
しかし、自分よりも小さな女性に逃げられたことが癪に障ったのか、目を血走らせて再び襲いかかってきた。
アドレナリンが出ているアリアは、それを素早く避けて男の足を払った。
うつ伏せで倒れ込んだ男は、したたかに胸を打ったのか苦しそうな声を上げている。
「床が絨毯で良かったですね。大理石であれば、顎の骨が砕けていたかもしれませんよ」
アリアが息を切らしながら、何か縛れるものはないかとあたりを見渡す。
(無いか……。ドレスの裾を破った布で、腕くらいは縛れるかな)
もう男が動くことはできないだろうと油断し、ほんのわずかに目を離した瞬間に、足首を掴まれて引き倒された。
「しまっ……!」
そのまま立ち上がろうする騎士から逃れようと、絨毯の上を這おうした時、ピュイッという高い音と共に、大きな歩幅の足音が後方から聞こえてきた。
すると、アリアの背後を見た騎士は血相を変え、回れ右をして転がるように走り去ろうとする。
「追え」
聞き覚えのある低い声が後ろから聞こえた瞬間、突風が吹いた。
「……鷹?」
床に手を付いて、へたりこんだ姿勢のまま、アリアは思わず呟いた。
お読みくださり、ありがとうございました。
明日も更新する予定です。




