第35話 ひとときの和みと、上げられた狼煙
ようやく、物語が動き始めました。
2024年 1月17日(水)
第35話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
困りきったような様子から一変して、アーヴィンは強いまなざしとハッキリとした声音で、アリアとスズに告げる。
「お二人の人生を変えてしまったことは、本当に申し訳ないと思ってる。でも、頼むから今は騒がないでくれ」
「ふーん、殿下がそこまで言うなんてね。何か必死なのは分かったけど、本当にひとつも話せないの? 私たちは聖女だよ? 国を救う存在なんでしょ? できる範囲のことなら力を貸すよ」
アーヴィンはチラッとアリアを見たあとに、また溜め息を吐いた。
「どうしても必要な時は、こちらからお願いする」
「急に言われても動けないかもよ?」
「……政権争いと他国との不調和。今は、これで納得してもらえないか?」
その言葉を聞いたスズは、アーヴィンと同じようにアリアを見た。
(え、何? 私が関係してるの?)
「あー、なるほど。だいたい分かった。でも、落ち着いたら、ちゃんと詳しく話してね?」
「あぁ、約束する。はっきりしない態度を取って、すまなかった。ただ、このことは、くれぐれも口外しないでくれ。もちろん、リラやメアリにもだ」
「分かった。こっちこそ、無理に聞いてごめん」
二人のやり取りは、本当に姉弟や年の離れた幼なじみのようだ。
(和解してくれて良かった。――でも、政権争いみたいな大きな話で、何で二人とも私を見たの?)
スズはすぐに話の流れを理解したようだった。しかし、アリアは身に覚えがない。アリアに何か特別なものがあるとするならば、「聖女(仮)」という不名誉な肩書のみだ。
アーヴィンは多くを語りたがらない。そして、スズもその意図を汲んだ。そのため今の段階では、これ以上深入りはしないでおこうとアリアは決めた。
それに、一度知ってしまうと後戻りできなくなってしまうような、嫌な予感もする。
何とも言えない不安を感じているアリアの横で、スズとアーヴィンは子猫がじゃれ合うように、あーだ、こーだと言い合いを続けている。
(結局、仲が良いんだな)
だからこそ、時には衝突もするのだろう。アーヴィンは立場上、守りたいもの、譲れないものが多すぎるのかもしれない。
それに加えて、現実世界と異世界では、価値観の差も大きい。それを二人はケンカをしながら擦り合わせていき、今の関係があるのだろう。
「――それで、お目当ての官能小説は見つかったのか?」
「なっ……! どこから聞いてたのよ!」
「さぁ?」
「ふん、私の好みが何だろうと、18禁も読めないお子ちゃまには関係のない話よ」
「たしかに十七歳では、まだ成人向けの本は読めませんね」
やっぱり姉弟みたいだと思いながら、アリアがクスクスと笑うと、アーヴィンに思いきり睨まれた。
「こら、アリアちゃんに当たるな。その様子じゃ、女性経験もないんでしょ? まぁ、アンタのことだから、王位継承権争いが起こるようなミスはしないだろうけど」
アーヴィンはスズを無言で睨んでから不愉快そうに、ふいっと顔を背けた。
(ありゃ、拗ねちゃった)
また笑ってしまいそうになり、アリアは必死に堪える。
『キャー!!』
『うわぁっ!』
三人の間に和やかな空気が流れるなか、急に図書室の外から悲鳴や金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
「何……?」
アリアが不安げな声を出すと、スズがアリアの手をギュッと握った。
「様子を見てくる。危ないから、二人はここから出るな」
落ち着いた低い声でそう告げたアーヴィンは、床に置いていたサーベルを掴んで足早に扉へと向かっていった。
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