第30話 お休みって、どうやって過ごすんだっけ……?
転移してから、ワーカホリック気味になっていたアリアにとって、少し息抜きの回です。
2024年 1月6日(土)
第30話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「こちらにいらしてから、まだ三日目だというのに。少なくとも一週間、いえ、二週間分くらいの活動をなさっています。ご自身を大事になさってくださいと、昨日に申し上げたばかりです」
「すみません」
(うぅ……、今日のリラは手厳しい)
早めの昼食を摂ったアリアは手持ち無沙汰になり、魔導師団の団長マーリン、もしくはアルフォンスと面会できないかとリラに尋ねたところ、また叱られてしまった。
しかし、休日とは、どのように過ごすものだっただろうか。
ベッドでゴロゴロするにしても、今は特に眠くはない。図書室に行こうとすると、聖女関連の調べ物を始めてしまうだろうから、と却下された。
庭園を散策しに……と言うと、リラは少し迷ってから、「お身体を休めてから、また次の機会にしましょう」と返された。
そして結局、窓際でリラが淹れたお茶を優雅に飲みながら庭を眺めるという、私室での軟禁状態となった。
(お休み……。お休みって何だっけ?)
アリアは物事にのめり込みがちではあるが、「動いていないと死ぬ」というマグロのような性質、ワーカホリックではない。
しかし、異世界に転移してからは頭や身体を動かしていないと、どうも落ち着かない。
早く現実世界に帰る方法を見つけようと必死になってはいるが、一日や二日で見つかるわけがないということも理解している。
そんな簡単に見つかるものなら、スズはとっくに帰っているだろう。それでも、何かしたくてたまらないのだ。
テーブルに置かれた、金平糖の瓶を人差し指でコツコツとつつく。
お土産に金平糖が選ばれた理由は、「懐かしいでしょ?」や「甘いものでも食べて、息抜きをして」というスズの気遣いなのだろうか。
スズの性格なら単純に、「可愛くて綺麗だったから」という理由もあるのかもしれない。
しかし、金平糖を見て驚いた時のことを、アリアは思い出した。
(チエさん以外にも、転移者がいる可能性を私に伝えたかった? 昨日はスズさん、だいぶ酔ってたしなぁ。肝心なこと、ほとんど聞けてない……)
「何もせずに座っているのは、落ち着きませんか?」
「あー、うん。そうね……」
アリアに話しかけながら、リラはワゴンの上のティーポットにティーコジーを被せて、砂時計をひっくり返した。指先まで洗練された所作に惚れ惚れする。
優秀な侍女であると同時に、やはり貴族のご令嬢としての気品が滲み出ている。
「あちらの世界では、休日はなかったのですか?」
「まだ学生だし、休日はあったよ」
「休日は、どんなことをなさっていたのですか?」
「漫画読んだり、録り溜めしたアニメやドラマ観たり、音楽聞いたり、たまに買い物に出かけたり……、かな」
「そのスマートフォンという小さな機械の中に、お好みの娯楽はないのでしょうか? スズ様はそこから流れてくる人の声を聞きながら、時折、笑っていらっしゃるそうですよ」
「まっさかー」
あまりに荒唐無稽な話にアリアは苦笑したが、この世界でも発信はできないがSNSを閲覧したりインターネットが繋がることを思い出した。
(……なんで、今まで忘れてたの)
テーブルに置いていたスマホのロックを急いで開けて、テレビ局のホームページを検索した。
「見逃し動画配信サイト……!」
震える指先で番組名をタップすると、毎週楽しみにしていたアニメのオープンテーマが流れた。
「う、そ……」
「お好きなものが見つかりましたか?」
勢いよく顔を上げたアリアは、無言で何度も頷いた。
「昨夜の食事の席で、スズ様とアリア様が同じご趣味をお持ちのようなお話が聞こえましたので、もしかしたら……と。申し訳ございません。もう少し早くお伝えするべきでしたね」
「ううん、教えてくれただけで十分嬉しいよ! リラ、ありがとう!」
「アリア様の本当の笑顔を、初めて拝見した気がいたします」
アニメでテンションが上がっている様子を、本当の笑顔と言われるのは少し恥ずかしい気もする。しかし、それ以上に嬉しい収穫だ。そして同時に、危険な誘惑でもある。
(夜ふかしとか、自堕落にならないようにしないと……。スズさんは、どんな生活してるんだろ)
また、気になることが増えてしまった。
(そうだ。気になることといえば……)
「ね、リラ。リラとアレクは、ただの幼馴染み?」
「え?」
先ほどオープニングテーマが流れたアニメは異世界恋愛物語。転移でも転生でもないが、今期のアニメで一番のお気に入りだ。
幼い頃に婚約した王太子と貴族令嬢のすれ違いラブストーリー。婚約破棄はなく、初々しい二人の様子を描いた焦れったい原作は賛否両論だった。しかし、コミカライズだけではなくアニメ化もするということは、それなりの支持があったのだろう。
その物語を思い出した流れで、王太子ではないが王族の血統のアレクと、その幼馴染みである貴族令嬢リラの関係が、つい気になってしまった。
「ただの幼馴染み……、ではないですね」
その言葉にアリアが分かりやすく食いついた途端に、リラは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ただの幼馴染みではなく、姻戚関係による親族です。姉が公爵家の嫡男に嫁いだので」
「おぉ、未来の公爵夫人! それで、リラとアレクは?」
「ご期待に沿えるようなことは、何もございませんよ?」
「なーんだ」
「ふふ、申し訳ございません」
いたずらが成功した時のように可愛らしく笑うリラの顔が夕日の色に染まる。
「あぁ、もうこんなお時間ですね。ご夕食はいかがなさいますか?」
「うーん、お菓子をいただいたから、まだお腹は空いてないかな」
「承知いたしました。では、何かございましたらベルでお呼びください。残りの休日も、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
リラはチラッとスマホに視線を向けてから、意味ありげに微笑んで退室していった。
先ほどのアニメの動画が、おそらくリラにも少し見えたのだろう。恋愛系のアニメをニマニマしながら観ている様子は、あまり人には見られたくない。
(お一人でどうぞ、ってことか……。心得てるなぁ)
リラの評価はさらに上がり、アリアにとっても有意義な休日となった。
お読みくださり、ありがとうございました。
「え? 異世界に住むのも悪くないんじゃない?」と、読者様を惑わせがちな作品となっております( ̄∇ ̄)




