第29話 リラのプライベートと金平糖
何とか三日連続更新できました!
2024年 1月6日(土)
第29話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
(甘い……? 草の匂い……? これは――)
覚えのある、甘く爽やかな匂いでアリアは目覚めた。
「おはようございます。お目覚めですか?」
頭だけを動かすと、柔らかな日差しを浴びながら微笑むリラと目が合った。
(今日も可愛いな。異世界物語、リラが主人公でもいけるでしょ)
「おはようございます。今、何時ですか?」
「10時を過ぎたところです」
「そっか、10時か。……え、10時!? 寝坊した!」
飛び起きたアリアを見て、リラも少し慌てた表情を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻して首を傾げた。
「何かご予定がございましたか? アルフォンス様からは、特に何も伺っていませんが……」
「え、だって、朝ごはんの時間が……」
あぁ、とアリアが慌てた理由を理解したリラは、くすくすと笑った。
「大丈夫ですよ、アリア様。王城での生活リズムを気になさっているのですよね? 正直に申し上げると、あれをきちんと守っている方は、ほとんどおられません」
「そうなの……?」
「はい。王族の方々も体調やご公務のスケジュールによって異なりますし、付き従っている私共もその時間に合わせるため、食事に関しては二十四時間だいたいのものはオーダーできます。さすがにフルコースは難しい時間帯もございますが……」
「そういえばアルフォンス様も、その時々によって変更できるとおっしゃってましたね」
「はい。スズ様は王城の厨房を『豪華なコンビニ』とおっしゃっていました」
「ふふっ。さすが、スズさん」
安心したと同時に、肩の力が抜けた。
「ちなみに、そのスズ様ですが、今朝は二日酔いで伏せっておられます。『まだまだ話し足りないから、また後日にお茶でも』とのご伝言と、昨夜のお詫びの品が届いておりますよ」
リラが手で示したテーブルの上には、缶に入ったクッキーとピンクのリボンで結ばれたラベンダーの束。
そして、透明な薬瓶のようなガラス容器に入ったものは、色とりどりの金平糖だった。
「ラベンダー……。この匂いだったんだ」
「お嫌いですか?」
リラが少し不安そうに尋ねてきた。
「ううん、好き」
アリアはラベンダーを少しだけ鼻に近づけた。摘みたての若い匂いがする。目の前の庭園で育てられたものだろうか。
「良かったです。安眠やリラックス効果があると言われていますが、かえって頭痛がしたりと苦手な方もいらっしゃるので……。ベッドから離していたつもりですが、香りが届いてしまいましたか?」
「私、他の人より嗅覚が鋭いみたいで。一応、精油やメディカルハーブの資格も持ってるの。でも、リラも詳しいね?」
「少し、かじったくらいです」
(たぶん、謙遜だよね。私より詳しそうな気がする)
ラベンダーをテーブルに戻して、金平糖の瓶を手に取って眺めた。そして瓶の蓋を開けて、ピンクの粒をひとつ口に入れてみる。
(うん。間違いなく、金平糖だ)
「キャンディーとクッキーは城下町の――、チエ様を訪ねられた時のお土産だそうです。そのキャンディー、星を詰めたようで綺麗ですよね。特に女性に人気なんですよ」
「……このキャンディーね、私たちの世界にもあって、『金平糖』っていう名前なの。作るのにすごく時間がかかるから、『末永く』っていう意味を込めて結婚式とか、おめでたい時にも用いられるの」
「コンペイトウ……。アリア様やスズ様の世界の……。そうだったのですか。私の母が子どもの頃から気に入っていて、私や姉妹も好物なんです」
金平糖は、安土桃山時代にポルトガルから伝来したものだ。今のツノのある形になったのは江戸時代頃。全国的に広く伝わったのは、明治中期から後期のはず。
(江戸時代以降にこっちの世界に来て、金平糖の作り方を広めた人がいるんだ。大変な作業だし、職人さんは男性のイメージが強いけど……)
この国での聖女の定義は、「国が危機に陥った時に異世界から来る乙女」だ。
男性が異世界転移した場合、どんな役目があるのだろうか。情報を得れば、また謎が増えてしまう。答えに辿り着くためのピースが、まだまだ足りない。
「アリア様?」
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしちゃった。リラは、お姉さんと妹さんがいるの?」
「男三人、女三人、兄弟姉妹の次女です。両親が寛容というか、少し変わった人たちなので、私も婚約者を決めずに好きにさせてもらってます」
(婚約者を決めずに好きにさせてもらってる、か)
「リラのお家は、伯爵家以上の爵位持ちだったりする?」
「え? はい、その通りです。侯爵家の末席ですが……。もしかして、アレクが何か……?」
「ううん。ただ、所作がすごく綺麗だから、貴族のお嬢さんかなって。どこか雰囲気がメリッサ様に似てる気もするし」
「そんな畏れ多い……。たしかに、メリッサ様もシェリル様も幼い頃からの憧れですが、あのように麗しい王妃様方に似ているだなんて、とんでもありません」
「そう? 温室では母娘や姉妹みたいにも見えたよ。それに、アルフォンス様から信頼されてるのも、家格だけが理由じゃないでしょう?」
「王太子殿下の従兄弟にあたるアレクは公爵家の三男なのですが、私を含めて兄弟姉妹と彼は幼馴染みなんです。その繋がりから、王家の皆様には可愛がっていただきました。現在は行儀見習いで登城していますが、変わらず良くしていただいています。――この王城の庭園も、私たちの遊び場のひとつでした」
(あぁ、だから温室の鍵の管理も任されてるんだ)
「ふふ、リラのプライベートを教えてもらえて嬉しいな」
「私の話でよろしければ、いくらでも。それに私も嬉しいです」
「何が?」
「アリア様が少しずつ、くだけた話し方をしてくださるようになったからです」
「そうかな? ――あ、本当だ」
アリア自身も気づかないうちに、ずいぶんとリラに近づいていたようだ。
同じ日本人であるスズとの関係よりも、心の距離が近いのかも知れない。
(きっと良いことだよね)
「あ、そうだ。ちょっと待っててね」
アリアは鞄に入れていた懐紙を一枚取り出し、金平糖を乗せて、こぼれないようにしぼった。
「はい、お裾分け。『末永く』って言うのは違うかもしれないけど、リラが側にいてくれるから、私はこの世界でも頑張れてるの。だから、これからもどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。お気持ち、ありがたく頂戴いたします」
リラは金平糖が入った懐紙を手で包み込みながら、はにかんだ。その表情を見たアリアも自然と笑顔になる。
「それにしても、スズさんは大丈夫かな……」
「大丈夫かと存じます。今朝はシジミ汁を召し上がっておられたようですし」
「しじみ汁!?」
「はい。二日酔いに効果があるのですよね? 以前、スズ様が厨房で料理長に説明して再現されたのだとか。何かというと酒盛りをしている騎士団でも好評のようです」
一年前から暮らしているとはいえ、すごい影響力だ。
「それでも、本日はお部屋でお過ごしになるかと。ですので、アリア様も少し休息なさってください」
「え、でも……。気になることや調べたいことが、まだまだ多くて」
「お、や、す、み、ですっ!」
「わ、わかりました」
たしかに、二人の距離は近くなっている。しかし、アリアがリラに勝てる日は来ないかもしれない。
お読みくださり、ありがとうございました。
今回はリラとアレクの関係の伏線回収を。
最終話まで頑張って完走しますので、お付き合いいただけましたら幸いです。




