第28話 聖女様は惚れっぽい 2
2024年 1月3日(水)
第28話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「息子さんたちね、チエさんに育てられたからか、日本人の感覚に近いんだぁ。アリアちゃんと、こうやって話せるのも嬉しいし、チエさんも面白い人だった。息子さんたちも優しくてイケメンでねー。スタイルも良くてイケメンでねー……」
とにかく、チエの息子たちがイケメンだということはよく分かった。
しかし、酔って間延びした口調で繰り返される「イケメン」に、ゲシュタルトが崩壊しそうだ。
「ご主人も優しいけど快活な感じでねー。チエさんが元 聖女っていう記憶はあるけど、その話はお墓まで持っていくんだって。『チエと一緒にいられるなら、異世界から来た聖女だろうが魔女だろうが何でも良い』って惚気られちゃった……」
スズの目は、もう半分くらいしか開いておらず、小さく頭が揺れている。
「あのお家の息子さんと結婚したら、この世界でも幸せになれるのかなぁ。ご長男は、見た目も中身もカッコ良かったなー。うーん、でも次男も捨てがたい。三男と四男はだいぶ年下だけど、見た目は成人男子だったし。そもそも全員が年下だし、愛があれば年齢なんて関係ないかぁ……」
そこまで呟くと、スズは完全に潰れてしまった。正式な聖女であるスズの本音に、周囲が静まりかえる。
侍女や護衛騎士をはじめとする、聖女と関わる使用人たちは信頼できる者をアルフォンスが選任していると聞いている。
もちろん、使用人たちはスズの気性や好みも熟知しているため、多少の突飛な言動があっても動じない。
しかし、スズの口から出た『結婚』や『愛』という言葉には、さすがに動揺が隠せないようだ。
「アリア様。食事の途中ですが、中座することをお許しください。スズ様に代わり、お詫びいたします」
静寂の中、スズ付きの侍女が一番に動いた。
「……あ、いえ。お気になさらず。もし、スズさんが目を覚まされたら、ゆっくりお休みくださいとお伝えください」
「承知いたしました。お気遣い痛み入ります」
スズの護衛騎士が当然のように、そっと姫抱きにしてからアリアに頭を下げて敬意を示す。
(この騎士様も、例に漏れずイケメンだなー。でも、スズさんからは何も聞かないな。あ、いつも騎士本人がすぐ側にいるからか)
スズたちをぼんやりと見送っていると、給仕係から遠慮がちに声をかけられた。
「アリア様。デザートはいかがなさいますか? 本日は、柑橘果実のソルベでございます」
「いただきます」
「かしこまりました。少々お待ちください」
せっかく用意してくれていたのだから、と思う気持ちもあるが、少し話し疲れたため、さっぱりしたものは嬉しい。
すぐに運ばれてきたピール入りのソルベを口に入れると、爽やかな香りが口の中に広がる。
柑橘の果実と言われて、レモンやオレンジを想像していたが、日本でも口直しとして食べ慣れた柚子のシャーベットだった。
(まだ二日しか経っていないのに、もう懐かしい……)
アルコールが入ると、本音が出やすくなる人は多い。
『異世界に来ても、結婚して出産を経験して、子育てして、旦那さんとも上手くいってるんだなぁって。ちょっと羨ましくなった』
恋愛に結婚、子どもを持つこと――。
一人の女性としての、ごく普通の人生や幸せ。本来ならば、それらを求めることは当たり前の権利で、誰も咎めることはない。
聖女として崇め奉られ、多くの人に感謝される代わりに、『ごく普通の人生』を送ることを半ば諦めていたであろうスズの一年間を思うと、うまく言葉が紡げない。
『聖女様が恋をすると……。つまり、守りたいと思う特定の存在ができると、聖女の力が消失する、もしくは微弱になるのです』
アルフォンスから聞かされた言葉がアリアの頭の中で警鐘を鳴らすが、スズにも幸せになってほしいとも願う。
それでも、やはり――。
(ご長男のことが気になってるみたいだけど、『四人ともカッコ良くて迷う』なら、まだ恋とは呼べないかな)
恋でなければ、スズの聖女の力が消えることはない。この状況に、少なからず安堵している自分に嫌気がさす。
(これじゃ、この国の人たちと同じだ……)
甘酸っぱく懐かしい柚子のソルベも、途中から皮の苦味しか感じなくなってしまった――。
お読みくださり、ありがとうございました。
できれば明日も投稿したいと思っています。
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