第25話 スズと晩餐(やっぱり、リラはすごい)
8月にコロナに感染して以降、久しぶりに更新できました。
本日は第26話も更新予定です。
2023年 12月31日(日)
第25話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「……ア様。アリア様」
「……んん……、リラ?」
「はい。よく眠っておられましたね。相当、お疲れだったのでしょう。かなりハードなスケジュールをこなされていましたので」
ずいぶん時間が経っているように感じるが、こちらの世界に来て、まだ二日目だったことを思い出した。
アリアは起き上がって、まだ覚醒しきっていない頭の中を整えるために額に手を当てた。夢を見た覚えがない。かなり深く眠っていたのだろう。
「こちらの世界の人間である私が言える立場ではありませんが、あまり根を詰めないでくださいね」
リラが腰の高さで祈るように両手を組んで、ひどく申し訳なさそうな顔をしている。
「ありがとう。でも、リラが悪いわけじゃないんだから、そんな顔しないで?」
リラは無言で頭を下げた。しかし、顔を上げた時には優しい侍女の顔に戻っていた。
(相変わらず、プロフェッショナル)
「スズ様とのお食事はいかがなさいますか? 体調が優れないようでしたら……」
「あぁ、それは大丈夫です。予定通りにお願いします」
「かしこまりました。では、お召し替えと、お髪を整えさせていただきますね」
リラが用意した、柔らかなアイボリーのコットン100%のワンピースに袖を通す。
体を締め付けず、肌触りも良い。ハイネックのタイプだが、チクチクした刺激もない。しかし、袖部分とデコルテから首元まではレース編みになっており、ほど良くきちんとしたデザインだ。
そして、サイドの髪を後ろに寄せて、淡い水色のレースのリボンを結ばれた。靴もリボンと同じ色。低いヒールで足への負担が少ない。
やはり、こんな可愛いらしいデザインは……、と思ってしまうが、行方不明になっている母がこのような服や髪飾りを好み、幼い頃に着せられていたことを急に思い出した。
(この姿を見たら、お母さんが喜びそう――)
鼻の付け根がツンッと痺れて、思わず涙がこぼれそうになった。流れ落ちないように必死に留めていると、リラがハンカチで目尻と目頭をそっと押さえる。
その優しさに、また涙の膜が張る。
リラは何も聞かない。ただ、涙が止まるまで、アリアが目を擦らないように静かにハンカチを添える。
「ありがとう。もう、大丈夫」
リラは、こくりと優しい笑顔で頷いた。
「少し、失礼いたします」
目もとにコンシーラーやハイライト、そして、ピンクベージュのアイシャドウで泣いた痕をカバーしてくれた。
(すごい。全然目立ってない。……でも、リラだって泣くこともあるよね?)
きっと、侍女としての能力だけではなく、プライベートでの経験もリラの持つ技術になっているのだろう。
(いつか、リラの話も聞いてみたいな)
「そろそろ、食堂に参りましょうか」
「はい」
ドアを開けるとアレクと目が合い、一瞬、彼の顔色が変わった。
(メイクで隠してもらったけど、泣いたの気づかれた?)
しかし、アレクは何も問わず、余計なことは口にしなかった。「お供いたします」との言葉だけが、柔らかな声で降ってきた。
「あ、アリアちゃん! 疲れてるところに呼んでごめんね」
食堂に入るとすぐに、スズの明るい声が響いた。
スズが身につけているものは、アリアよりも少しきっちりとしたドレスワンピース。
大人っぽい落ち着いた黄緑色だが、明るい気性のスズが着るとイタズラ好きな妖精のようだ。
「いいえ。お誘いくださり、ありがとうございます」
給仕係の男性が椅子を引き、膝裏に椅子が触れたところでアリアは腰を降ろした。
その様子を見たスズが、ふむ、と顎に指を添える。
「アリアちゃんって、わりと良いとこの子?」
「え?」
「んー、何ていうか、所作が綺麗だよね。慣れてるっていうか。私なんて、椅子を引いてもらうだけであたふたするし、どのタイミングで座ったら良いか分からないもん」
「両親の仕事の都合で、海外の方と交流することも多かったので……」
「へー。何のお仕事?」
「音楽家です。父がヴァイオリニストで、母はハーピストでした」
「ハーピストって、グランドハープの?」
「はい」
「やっぱり、お嬢様じゃん」
「そんなことはないですよ。会社を経営しているようなお家のご令嬢とは比べ物になりませんし。通っていた学校が礼儀作法にうるさかっただけです」
「えー? でも、それってお嬢様学校ってことでしょ?」
「……そう呼ばれる類のものではありますね」
「なるほど、把握した。今は大学生で、一人暮らししてるんだよね? 自立するため、みたいな?」
「そうですね。一人でもきちんと生きていけるように……」
本当は祖父が亡くなり、祖母もケアホームに入居したことで、伯父たちから離れるために祖父母の家を出た。しかし、自立するため、という理由も嘘ではない。
今まで、アリアの両親の資産は祖父母が管理していた。しかし、祖父がいなくなり、祖母も高齢となったため、伯父家族の手に渡ることのないように、信頼できる弁護士を成年後見人として選任してくれた。
(そういえば、弁護士さんから連絡来てたら、どうしよう……)
現実世界に置いてきた心配事がいくつもあり、それがさらにアリアの心に負担をかける。
「えらいなー。私は大学卒業、就職した時に家を出たんだけど、親と大げんかしたことが理由だったよ」
「けんか……、ですか?」
「そう。私ね、高校、大学の時から、同人誌とかイラストでそれなりに収入があったんだ。ありがたいことに、18禁の作品を扱うようになってからは固定のお客さんも付いてくれて。だから、できればイラスト一本で食べていけるようになれたらなー、なんて思ってたら、『世の中を甘く見るな!』って猛反対されて。まぁ、正論なんだけどね。だから、余計に反発して家を出て、OLしながらサークル活動続けてたの。弱音を吐いて実家に戻ったら、父の部下とお見合いさせられるんだって」
スズは、「ちょっと奥さん」とでもいうように、上下に手をひらつかせた。
「あー、やだやだ。将来有望なのかもしれないけど、父が気に入ってるってだけで、会ったこともない人と結婚とか、ほんと勘弁してほしい」
(それって、スズさんのお父様こそ、わりと地位が高い方なんじゃ……)
「そうだったんですね。スズさんのイラスト、とても素敵でした。固定ファンが付くのも納得です」
「そういえば見られたんだった! あれは、さすがにちょっと恥ずかしかったなぁ。でも、イラスト一本で食べていこうと思ってるなら、堂々としてないとダメだよね。まぁ……、まさか聖女一本で暮らすことになるなんて想像もしてなかったけどねー」
あはは、と軽く笑っているがスズの心の内は、アリアには読めなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。
異世界での女子会です。




