第20話 育っていく感情
応接間に戻ると、アルフォンスがアリアを出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
「おかえりー」
魔導師団から帰ってきたスズもソファに腰かけながら、こちらを見ていた。
「ただいまです」
スズには、くだけた言葉を返して、アリアもソファに座った。
エスコートをしてくれたアレクに礼を伝えると、アレクは気まずそうに頷いた。
先ほどの失言……デリカシーのない質問をしたことが尾を引いているのだろう。
子どもの頃の話を尋ねられ、バカ正直に話すとだいたいの人がアレクのような反応をする。
(そこまで気にしなくても良いのに。まぁ、時間が経てば、アレクも通常運転に戻るよね)
気にしないで、という思いを込めて、アリアはアレクに笑顔を見せてから、添えていた手をそっと離した。
スズは、アリアとアレクの顔を交互に見ながら、何かを考えているようだったが、言葉にはしなかった。
その代わりというように、メリッサについて質問される。
「アリアちゃん、メリッサ様とお会いしたんだよね? どんな方だった?」
「とても知的で、柔らかい雰囲気の素敵な方でした」
「そうなんだ……」
おそらくスズは、リカードについての話を思い出しているのだろう。
実際、アリアもメリッサに会うまで少し身構えてはいた。
しかし、アルフォンスが昨日に語った通り、メリッサは純粋で繊細な女性だった。
言葉の端々で夫であるリカードと、息子であるアーヴィンをとても愛しているのだと感じ取ることもできた。
そして、リカードの記憶に関しても、それ故の過ちだったのだろうと推測できる。
「本当に素敵な……聡明で、可愛らしい印象さえある女性でした」
「我が国の王妃をお褒めくださり、ありがとうございます。手前味噌になりますが、どこに出しても恥ずかしくない義娘なのです。どこにも出しませんがね」
そう言ったアルフォンスが、白い髭を撫でながら笑う。その言葉に、アリアとスズもクスクスと笑った。
そして、スズは急に思い出したようにアリアに顔を近づけた。
「そうだ、アリアちゃん。今日、チエさんにも会えるんだって。行くでしょ?」
「これからですか?」
(アポ、取れたんだ……)
懐中時計を確認すると、午後3時。夕食までの時間で出かけることは可能だろう。
それに、聖女だからといって門限があるわけでもないらしい。食事の時間が前後しても良いとも聞いている。
しかし――。
「できれば、私は別の機会のほうがありがたいです。今日は少し疲れてしまって……」
もちろんアリアも、チエの話に興味はある。
しかし、今はあまり人と話す気分ではなかった。
言葉を選んで、笑顔を作るのはそれなりに疲れる。
「そっか。そうだよね……」
スズはアリアの顔色から何かを感じ取り、優しく頷いた。
「では、本日はスズ様だけがお出かけということで……。アリア様は、お部屋でお休みになられますか?」
「いえ、少し調べ物をしたいのですが……。図書室は利用できますか?」
「もちろんです。何をお探しですか?」
「『THE 聖女』という書物を……」
(やっぱり、口に出すのはちょっと恥ずかしいな)
案の定、スズもポカンと口を開けている。
しかし、アルフォンスは、別の意味で驚いた顔をしているようだ。
「それは……メリッサがお伝えしたのでしょうか?」
「はい。聖女についての知識が欲しいとお話したら、まずはその書物が良いと教えてくださいました」
「――そう、ですか。そのような話まで……」
驚いたまま、アルフォンスの表情が戻らない。
出会って間もないが、アルフォンスのそのような様子は珍しい気がした。
「……アルフォンス様?」
アリアはアルフォンスの表情に少し不安を覚えた。
「あぁ、いえ。失礼いたしました。アリア様に対して、メリッサがずいぶんと心を開いたのだと少し驚いたのです」
「とても気さくに接してくださいましたよ。また温室でお話をするお約束もしたので、近いうちに伺おうと思っています。ただ、結局、三十分以上お話してしまい、お身体に障りがないか心配です……」
「それは大丈夫だと思います。宮廷医から、緊急の連絡も来ていませんので」
「そうですか……。良かった」
「お気遣いくださり、ありがとうございます。メリッサにとっても、アリア様とお会いすることは何らかの好機になると感じています。どうぞ義娘をよろしくお願いいたします」
そう言ったアルフォンスが深々と頭を下げる。
「そんなっ、頭を上げてください! メリッサ様とお話する時間はとても楽しいものでした。私も楽しみなんです!」
アリアは慌てて、アルフォンスに向かって両手を振るようにして訴えかけた。
「ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げたアルフォンスは、柔らかな笑みを浮かべていた。
慈悲深いとは、このような感じを表す言葉なのかもしれない――。
「あぁ、そうだ。図書室のご利用についてのお話でしたね。司書長に伝えておきます。アリア様が自由に出入りできるように、鍵もお預けしておきましょう」
「そんな大事なもの……貴重な書物も多いですよね?」
「アリア様なら信用できます」
「そう、ですか……? そう言っていただけるのは嬉しいですけど……」
(ぽっと出の異世界の人間をホイホイ信じて大丈夫なんだろうか、この国は……)
アルフォンスの懐の深さに感服するのを通り越して、アリアは心配になってきた。
そして、それくらいには、この国に対して情が湧き始めているのかもしれない。
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