第19話 アリアの傷
2023年 12月31日(日)
第19話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
『だから、私は日本に帰らないといけないんです』
リラとアレクに語った内容は事実であり、嘘偽りのない本音だ。しかし、アリアは、どこか自分に言い聞かせているような気分になった。
それは、父方の伯父家族が関係している。
ヴァイオリニストの父とハーピストの母は、仕事でよく海外に行っていた。
しかし、子守りを兼ねて家政婦として側にいてくれる女性がいたため、一人っ子のアリアが寂しい思いをすることはあまりなかった。
だけど、状況が変わった。
アリアが通っていた、いわゆるお嬢様学校の初等部の卒業式直前に、両親は行方不明になったのだ。
ある日、海外のオーケストラのメンバーだった両親共通の友人から、体調不良のため、代役を探しているとの連絡がきた。
そして、困っている時はお互い様だと、アリアの両親は快諾した。
それからすぐに、両親はいつもと同じように旅支度をして出かけていった。しかし、彼らは帰ってこなかった。
両親が乗った飛行機は、無線から届いたパイロットの不可思議な言葉を最後にして、跡形もなく消えたらしい。
墜落した形跡もなく、搭乗者どころか機体の破片すら見つからないまま八年の月日が過ぎた。
『卒業式までに帰ってくるからね。お土産、楽しみにしててね』
それが両親と交わした最後の言葉だ。
卒業式には、両親の代わりに父方の祖父母が出席した。祖父母はアリアが生まれた時から、彼女をとても可愛がっていた。『目に入れても痛くない』という言葉が口癖であるほどに。
そして、自慢だった次男夫婦が行方不明になった悲しみを埋めるように、さらにアリアに愛情を注いだ。
アリアの父は二人兄弟だ。平凡な兄に、出来の良い弟。それによって生じる典型的な軋轢。
また、祖父母の対応の差がそれに拍車をかけた。
しかし、祖父母は息子二人に最初から差を付けていたわけではない。コンプレックスから、親の愛情を信じることができない長男への対応に迷っているようだった。
幼いアリアでも感じ取れるほどに、伯父が抱いている燃えるような嫉妬。アリアはそれが怖かった。
どんなに歩み寄ろうとしても跳ね返す長男よりも、穏やかな次男家族に対する態度のほうが柔らかくなってしまうことは、仕方のないことだったのかもしれない。
アリアは中等部に進学したものの、子どもがひとりで暮らしていくのは難しい。
それなりに資産のある家庭だったため、ひとりにしておくのは危険だと、祖父母の家に身を寄せることになった。
祖父母は伯父家族と同居していたため、伯父たちに疎まれるだろうことは容易に予測できたが、こればかりは仕方がないとアリアは腹を括った。
アリアと両親が暮らしていた家に祖父母が引っ越そうかという案もあったが、彼らにも仕事があり、それは叶わなかった。
そして、アリアは父の実家に引っ越すと同時に、公立中学校に転校した。それが、アリアの苦難の日々の始まりでもあった。
アリアの所作や話し方、それらが田舎の公立校ではどうしても浮いてしまう。私立の中学校に転校していれば、学校生活はまた違ったのかもしれないが、伯父たちが良い顔をしなかっただろう。
伯父の子ども……、アリアより一歳上の従姉妹は、小学校からずっと地元の公立に通っている。その従姉妹よりも良い環境で学ぶことは避けた。
そして何より、私立は学費が高い。両親の資産には、できるだけ手を付けないでおこうと決めたことも公立校を選択した理由のひとつだ。
両親はいつか帰ってくるのだと信じながらも、一人で生きていくための覚悟を無意識にしていたのだろう。
そして、幼稚舎から大学までの一貫校では見えなかった世界を知ることができ、くだけた話し方や人との上手な接し方も身についた。
そのため、今となっては、そういった経験ができて良かったとも思っている。
伯父家族との関係が改善されることはなかったが――。
「……ア様? アリア様?」
顔を上げると、心配そうに覗き込んでくるリラと目が合った。
「大丈夫ですか? お顔の色が……」
「……ありがとう。大丈夫です。少し……、昔のことを思い出していました」
「そうですか……。お話しされることで楽になるようでしたら、何でもおっしゃってくださいね?」
そう言ったリラは立ち止まって、アリアの右手を両手で包み込みながら真剣な眼差しを向ける。
「ありがとうございます」
リラの言葉や表情は、とても温かい。
アリアも仮面ではない本当の笑顔をリラに向けてから、しっかりと前を向いて歩き出した。
お読みくださり、ありがとうございました。
セリフが少ないうえに、重い話の回は書いていて辛いです(ToT)
改稿はしましたが文章がしっくりこず、この回はまだまだテコ入れが必要になりそうです。
※改稿しても、物語の流れは変わりません。
どうぞよろしくお願いいたします。




