第18話 アリアの事情
2023年 12月30日
第18話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
メリッサが持っている知識、未来予知した内容をすべて渡すと言われたアリアは手放しでは喜べなかった。
「どうして、そこまでしてくださるのですか? たとえ、聖女が国を救う存在だとしても……。それに私は『カッコ仮』と呼ばれる曖昧な立場です」
「アリア様からは、不思議な力を感じるのです。とりわけ癒やしの力を。少し、母国の女王である長姉に似ている気もします。魔力だけではなく、気質など精神的なものも。そのためか、お側にいるとなんだか安心いたします」
「ありがとうございます。何かしらのお役に立てているのであれば幸いです――」
(巫女の女王と似てる? 私が……?)
アリアは言葉が見つからず、曖昧に笑顔を作った。
「アリア様、そろそろ……」
リラに名前を呼ばれて振り向くと、温室の出入り口からこちらを見ている白衣の男性と目が合った。歳は六十代くらい。おそらく、宮廷医だろう。
彼はハンカチで顔の汗を拭いながら、困りきった表情を浮かべている。時計を確認すると、話し始めてから三十分以上が経過していた。
「メリッサ様、本日のところはこれで……。お言葉に甘えて、また伺います」
「はい。ぜひ、いらしてくださいね。お待ちしております。そちらまで……」
出口まで見送ろうとしたメリッサを、アリアは押し留めた。
「お約束よりも、ずいぶん長いお時間をいただきました。お体が心配ですので、どうかそのままで」
少し拗ねたような顔をしたメリッサにアリアは破顔し、宮廷医に合図を送る。
それを受けた宮廷医は足早に近づいてくると、アリアに紳士的な礼をしたのちに、メリッサの顔色を確かめ、脈診を始める。そして、ホッとした表情を浮かべた。どうやら、メリッサの体調に問題はないらしい。それを見たアリアも安心した。
「では、メリッサ様。失礼いたします」
アリアは片足を下げて、ワンピースを摘まんだ。そこで、ハッとする。
(やばっ、思わずしちゃった)
リラやメリッサの仕草を見慣れてきたためか、アリアは幼少期から児童期までの癖が出てしまった。
(お父さんとお母さんが見つかるまで、しないって決めてたのに――)
アリアが呆然と床を見つめていると、カツンと大理石が小さく鳴った。
思わず前を向くと、メリッサが緋袴を広げて、頭を揺らすことなく腰を下げていた。服装から一見は奇妙に見えるが、頭の上に本を乗せていても落ちないであろう完璧な淑女の礼。
そして、メリッサの隣に立つ宮廷医も胸に手を当て、アリアに敬意を示した。
「……失礼、いたします」
今度こそ日本人らしく、頭を下げた挨拶をして温室を出た。
「アリア様、帰り道はこちらから」
先ほどのアリアの所作について、リラも何か言いたげではあるが追求はされなかった。
帰り道はこちら、と言われて付いていくと、アリアの部屋から見えていた庭園に出た。
おそらく、これならば自室やアルフォンスと話した応接間にすぐに着くだろう。行きと比べれば、とんでもないショートカットだ。
「驚かれましたか? お気づきかもしれませんが、あの温室の入口は特殊な魔法で隠されております。むやみに人が立ち入れないように――。しかし、出る時はシンプルなのです」
リラの説明に、予想通りだと頷く。
そして、少し間をおいて、後方にいたアレクから疑問の声があがった。
「アリア様、先ほどの所作はどこかで身につけておられたのですか?」
その言葉を聞いたリラが、アレクを睨みつけている。
(はぁ……。そっとしておこうと、リラがせっかく気を遣ってくれたのにねー。空気が読めないというか、想像力が欠如してる。やっぱり、あの王太子と血縁ってことか)
血は争えないのだな、とアリアが苦笑した。
(でも、まぁ、平民に見える私があんなお辞儀をすれば不思議に思っても仕方ないか)
「十二歳まで、淑女教育を熱心に行う学校に通っていたんですよ。そこで挨拶やテーブルマナー、言葉遣い、一通りのことは学んでいます。それに、両親の仕事柄、格式張ったパーティーに出席するような機会もあって、正しい礼儀作法が必要でした」
「十三歳以降は?」
アレクは、ここぞとばかりに気になったことを尋ねてくる。
「十二歳の時……、卒業間際に両親と生き別れになり、父方の祖父母の家に身を寄せました。だから、十三歳からは語学や数式に歴史……、一般的な知識を学ぶだけの学校に移ったんです。こちらの世界でも、貴族やその方々に仕えるで女性でなければ、あのような挨拶をすることは少ないでしょう?」
「……そうですね」
まずいことを聞いてしまったかもしれない、とアレクが分かりやすく焦っている。
「できないと恥ずかしい世界もあれば、してしまうと厄介なことになる環境もあるんです。だから、淑女教育で習ったことは封印し、表に出すのは一般常識だけの礼儀作法に留めることにしました」
リラが先ほどよりも険しい顔でアレクを睨んでいる。大丈夫だと、アリアはリラに目で伝えた。すると、遠慮がちにリラも疑問を口にした。
「そうだったのですね……。ご両親とは今も?」
「仕事で海外……、外国へ向かっている途中で行方不明になって、生死も分かりまま、それっきりよ。それでも無事を信じて、八年間待ち続けています。……だから、私はどうしても日本に帰らないといけないんです」
可能性は低いかもしれないが、もし、アリアが異世界にいる間に両親が帰ってきた場合、入れ違いになってしまう。それは避けたかった。
アリアの身の上話を聞いてアレクは絶句し、リラは今にも溢そうな涙を必死に耐えているようだった。
お読みくださり、ありがとうございました。
バッドエンドが苦手な方へ……
ご安心ください!
この物語はハッピーエンドです。




