第17話 巫女の温室
2023年 12月27日(水)
第17話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
おろおろしているメリッサを微笑ましく思いながら、アリアから話を切り出した。
「私もメリッサ様にお尋ねしたいことがいくつかあるのですが、よろしいでしょうか?」
その言葉を聞いたメリッサは落ち着きを取り戻し、姿勢を正した。
「えぇ、もちろんです。何でもおっしゃってください」
(どうしよう……。聞きたいことは整理してあったのに、視覚からの刺激が強すぎる! これは、もう仕方ない……)
「メリッサ様は……、いつも、その服装なんですか?」
「あ、この衣装ですか? ふふ、不思議でしょう? この温室にいる時だけ、この格好なのです。普段は一般的なドレスや部屋着のワンピースを着ています」
「何か理由があるんですね?」
「そうです。私が巫女の家系だということはご存知でしょうか?」
アリアは小さく頷いた。
「私の母国に、古い書物が残っているのです。とある国では、白い衣に朱色のスカートのような履物、長い黒髪。それが神と繋がる女性の正装なのだと」
(たぶん日本の巫女だな。しかも、巫女は巫女でもシャーマンのほうか。卑弥呼みたいな――)
「もしかして、メリッサ様の国にも異世界からやってきた人が過去にいたんでしょうか? 私に似たような容姿で……」
「はっきりとした情報は記されていないのですが、おそらく、そのような歴史があったのだと思います。伝承によると、ある時を境に、著しく文化が発展したり服装が変わったようです。しかし、重要な部分は隠されていて、口伝のようです。一番上の姉……、女王なら知っているのかもしれません」
(十中八九、この世界と日本はかなり昔から繋がってる……。転移者も時代を問わず、思ってる以上にいるのかも)
アリアは顎に指を添えて、次の言葉を探した。メリッサに負担をかけない短い時間で、欲しい情報を的確に得るために。しかし、チエを強く意識させるような質問はできるだけ避けたい。
長考というほどではなないが、考えを巡らせているとメリッサから強い視線を感じた。
「アリア様の髪は、黒色ではないのですね?」
(そこ気にするのか……。まぁ、そう思っても不思議ではないか)
この国には、髪を染める文化はまだないのかもしれない。
(あれ、でも、チエさんが髪や瞳の色を変えて街歩きしてたって聞いたような――)
聖女であるチエは特殊だったのだろうか。
しかし、それをメリッサに尋ねることはできない。
「えーと、これはオシャレのひとつで、この色にあえて染めてるんです。私の国では、今でも黒髪の人のほうが多いですね。そして、年齢を重ねるとともに、アルフォンス様のように白い髪へと変化していきます。だけど個人差もあって、絶対に黒髪というわけではありません。生まれつき明るい髪色の人もいます」
「そうなのですね。……アリア様も染めなければ黒い髪色ですか?」
「……いえ、私は生まれつき明るい色のタイプです」
「そうですか――」
メリッサが何かを読み取るように真剣な表情でアリアの髪を見つめるため、少し強引に話題を変えた。髪色に関しては、良くない思い出も多い。
「緋袴……、あ、その朱色のスカートのようなものは『緋袴』と呼ばれるもので、たしかに、神に仕える女性である巫女が神殿で身につけています。ただ、昔のように不思議な力を持つ巫女はごく一部です」
(そう、だよね……? 今の日本での神事は神職が主に行って、巫女は補佐みたいなイメージだし……。あ、そういえば、こっちの世界での『神』って何なんだろう?)
「そうなのですね……。私は身体が弱ってから、日中はこのヒバカマ? を履くようにと一番上の姉に助言されました。おそらく、減ってしまった巫女の力を補う意味があるのでしょうね。この温室も姉の加護が施されていて、ここで過ごすことは治療の一環なのです。外交や式典など、国王と王妃が揃わなければいけない時以外の日中は、ほとんどこちらにおります」
(それが温室で過ごす理由か……)
「そうですか……。メリッサ様やシェリル様のお身体のことを伺って、こちらの世界にいる間は、私も何かお役に立ちたいと思っています。そのために聖女に関することや国の歴史などを知りたいのですが、何か書物などはありますか?」
メリッサは驚いた表情をしたが、その後に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。アリア様のお気持ち、とても嬉しく思います。ただ、どうかご無理はなさらないでくださいね?」
アリアはメリッサを安心させるように深く頷いた。良かった、と微笑すると、メリッサは少し考える仕草をした。
「そうですね……。最初に読むなら『THE 聖女』が良いかと」
(ん? 聞き間違い……?)
「あの、すみません。もう一度……」
「『THE 聖女』です」
「『ザ・聖女』ですか」
聞き間違いではないらしい。
人によっては、ふざけてんのか? と捉えてしまいそうだが、メリッサはそのような人ではない。『THE 聖女』というタイトルの書物が実在するのだろう。
そして、「最初に読むなら」ということは、おそらく聖女について広く浅く書かれた入門書のようなものかもしれない。
ここまでくると、どんな内容なのか興味が出てきてしまった。まず、装丁が気になる。
アリアの複雑そうな表情を見て、メリッサは慌てたように付け足した。
「もちろん、もっと難解な書物もありますよ。なかには古代文字で書かれているものもあって……」
(あ、もしかしたら、それも読めるかもしれない。でも、自動翻訳機能のことは、まだ黙っていたほうが良いのかな……)
「色々なことを知りたいので、一度目を通してみます」
「勉強熱心なんですね――。あ、このような言い方は失礼ですね。こちらのために協力してくださっているのに……。ごめんなさい」
「いえ、そんな。気になったことの答えは手に入れないと満足できない性格なんです。これと決めたら一直線で、融通が利かないとよく言われていました」
「過去形……ということは、そちらの世界での話ですね?」
「……はい」
メリッサが少し遠くを見つめた。心なしか、先ほどよりも神秘的なオーラが増している気がする。
しばらくして、アリアのほうに視線を戻したメリッサはアリアの目を見て、にこりと笑った。
「もし、アリア様がよろしけれぱ、今後も私の話相手になってくださいませんか? いつも、温室にこもったままで退屈なのです。私も外の世界のことをもっと知りたいので」
「それは私にとって、願ったり叶ったりですが……」
「身体のことは、お気になさらないでください。体調が悪い時は隠さずにお伝えいたします。それに、アリア様とお話していると、不思議と身体が軽い気がします」
「お役に立てているなら、良かったです」
「アリア様も悩み事があれば、何でもご相談してください。私が持っている知識、未来が視えた時には、その情報をすべて差し上げます」
ありがたい申し出だが、あまりの急展開にアリアの思考はしばらく止まってしまった。
お読みくださり、ありがとうございました。




