第16話 王妃メリッサという人
少しのテンプレ要素は残しつつ、どれだけ自分らしい作品が書けるのか試行錯誤中です。
追記 2023年 12月27日(水)
第16話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
やっとの思いで、温室にたどり着いた。
「メリッサ様、失礼いたします。アリア様をお連れいたしました」
リラが温室の鍵を開けて、声をかけるが返事がない。
(温室の鍵、預かってるんだ……。それくらいリラは信頼されてるってことか)
温室の中央辺りまでやってくると、背もたれ付きのソファベッドのようなところで横になっている美女がいた。見た目からは年齢不詳だ。
シルバーの髪が首あたりから、腰まである毛先に向かって藍色にグラデーションしていく不思議な髪色。雪のように白い肌が、日光に当たって今にも溶けてしまいそうだ。
メリッサの美貌にも驚いたが、服装にはさらに驚愕した。
上半身は総レースのオフショルダーのトップス。繊細なレースの縁から覗く首筋や鎖骨、肩が艶めかしい。
しかし、その下は日本の神社で巫女が身につけている緋袴。足元は足袋に草履……ではなく、氷のようなガラスの靴だった。
(なんか……、色々と混ざってる)
なんと表現したら良いのか分からない感情でメリッサを眺めていると、ふっ、と目が開いた。瞳の色もまた美しい。星読みが得意だという巫女の家系にふさわしく、ラピスラズリのような夜空の色だ。
そして、アリアの姿を確認すると、メリッサは大きな瞳をさらに見開いて慌てた。
「ごめんなさい、このような格好で。いらっしゃることを伺っていたのに、うたた寝してしまったようで……」
「いえ、お身体のことは伺っていますので。どうかそのまま……」
「そのようなわけには参りません」
身体はゆっくりとしか動かないが、王妃らしいよく通る声とはっきりとした口調。こんなにも気品あふれる寝起き姿は、そうそうないだろうとアリアは思った。
リラの手を借りながら、メリッサはまっすぐ背筋を伸ばして椅子に腰掛けた。王妃として、これがメリッサの本来の姿なのだろう。体調の問題さえなければ――。
リラがメリッサの腰や背中のあたりにクッションを置いていく。
「アリア様はいかがなさいますか?」
クッションを顔の横で持ったリラが問いかけた。両手でクッションを持って、少し首を傾げる姿が可愛いらしい。
「じゃあ、お願いします」
はい、と微笑んだリラは、楽に座ることができる絶妙な位置にクッションを入れる。そして、そのままお茶の用意を始めた。
「アリア様。夫や息子の行動とこの国の事情で、色々とご迷惑をおかけしたのだと義父より聞いております。まことに申し訳ございませんでした。本来であれば、こちらからお詫びに伺わなくてはなりませんのに……」
メリッサが頭を下げると、さらさらと藍色の髪が体に沿って流れた。
「行き違いがあったことに関しては説明を受けましたので。ただ……、皆さんが私のことを『聖女(仮)』と呼ぶのですが、メリッサ様はどういう意味かご存知ですか?」
「それは……、誰がそのようにお呼びしているのでしょうか?」
「国王陛下に王太子殿下が……。おそらく、周囲の方々もそう呼んでいるのではないかと。リラとアレク、そして、アルフォンス様は『アリア』と名前で――」
(あれ?)
話の途中で、アリアは召喚の儀式の時のことを思い出した。
(よく考えたら、『聖女様(仮)』って最初に呼んだのはアルフォンス様だ……)
「それは、夫や息子が大変失礼なことを。何とお詫びを申し上げたら良いのか。しかし……、もしかして義父も、そうお呼よびしたのでしょうか? 家臣たちの前で」
「そうです。思い返すと、アルフォンス様が最初に口にされました」
「なるほど。そうですか」
「お心当たりが?」
「いえ、今の段階では憶測に過ぎません。信頼できる身近な者しかいない時でも、義父は『カッコ仮』とお呼びしますか?」
「いいえ、『アリア様』と。『カッコ仮』と呼ばれたのは、召喚された時の一度きりです。そのため、今まで忘れていました」
「そうですか……。では、ご不快でしょうが、しばらくの間はご容赦いただけないでしょうか? おそらく義父は何らかの意図があり、そうお呼びしたはずです。義父……大公爵は意味のないことはいたしません。巫女の力を持ってしても、私はあの方に一生勝てないと思っています」
メリッサはそう言うと、テーブルの上のティーカップに視線を向けた。メリッサが見つめると、紅茶がまるで占いや透視に使う水鏡のように思えてくる。
「分かりました。メリッサ様のお言葉を信じます」
「ありがとうございます」
気だるげに微笑むメリッサの姿は艶やかだが、どこか少女のようでもあった。
(今、どれくらいの時間が経ったのかな?)
「少し失礼いたします」
メリッサに負担をかけては大変だと、ポケットから懐中時計を出した。
「あら? それは義父の……」
「はい、そうです。時計がないと不便なのでいただきました」
「そうですか……。本当にご迷惑をおかけしているのですね。きっと、その時計はアリア様をお守りします。どうか肌身離さずお持ちください」
(もしかして、暴言を吐いた貴族のことを思い出させてしまった……?)
メリッサの心情が気にはなったが、アリアはあえて触れないことにした。
「はい、そういたします。アルフォンス様から、十五分までならお話できると伺っています。そろそろ十五分が経過するので、本日のところは……」
「お待ちください。今日はいつもより体調が良いのです。もし、アリア様さえよろしければ、もう少しお話できませんか?」
「私にとっては嬉しいかぎりですが……。ご無理はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます。えっと、何からお話したら良いのかしら。迷ってしまいます」
やはり可愛らしい王妃様だ、と緊張よりも微笑ましく思う気持ちが勝った。
お読みくださり、ありがとうございました。




