第15話 アルフォンスの懐中時計
追記 2023年 12月27日(水)
第15話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
リラがお茶を用意する横で、二人の会話は始まった。
「アリア様。まず、昨日の数々の非礼を改めてお詫び申し上げます」
「いえ。それは、もう……。ご事情も分かりましたから」
「孫のアーヴィンには、きつく注意をしておきました。今後、相談もなく単独で動かないように。次、同じことをすればお前を異世界に飛ばすぞ、とも」
謁見の間まを出る際の、鋭い目つきでの目配せは「あとで来い」や「話がある」とアーヴィンに向けたものだったようだ。
(それは注意というより、脅しだなぁ。アルフォンス様、現役の時はかなり厳しかったのかも。そういえば、メリッサ様を傷つけた貴族を出禁にしたんだっけ……)
リラはティーカップをアリア、アルフォンスの順に置き、ミルクや砂糖を添えた。
先王よりも自分が先だったことに、アリアは驚いた。客人なのだから、当たり前のことなのかもしれない。しかし、目に見える形で敬われている、歓迎されているようで張り詰めた心が少し緩む。
「こちらに来てしまったからには、それなりに腹を括りました。元の世界に帰る方法を探しながら何かお手伝いができれば、と思っています。本日はメリッサ様のことでお話があると伺っていたのですが……、スズさんは?」
アリアが応接間の中を見渡した。
「スズ様は、本日は魔導師団のほうへいらっしゃっています」
「そうなんですね。もうお役目に戻られるのでしょうか?」
「おそらくは。『今日は、まだ様子見』と笑っておられましたが」
スズさんらしい気がする、とアリアも笑った。
「それに、アリア様おひとりのほうが、メリッサとゆっくり話せるのではないかと私が判断しました。スズ様はとてもエネルギッシュで、オンオフの差が大きな方なので……」
遠回しに言っているが、スズのテンションが今のメリッサには厳しいのだろうとアリアは感じ取った。
スズのオフの時の声が、女性のなかでも高めだということも理由のひとつなのかもしれない。興奮すると無意識にアニメ声になる人だと、昨日の会話で分かった。決して不快な声ではなく、聞いていて楽しいが、体調が悪い時には辛いのかもしれない。
「スズ様がメリッサとの対面を望まれた場合は、また別の機会に。それにスズ様はどちらかと言えば、チエ様にご興味がおありのご様子でしたので」
(あぁ、うん。たしかにそんな感じでしたね)
アリアは口には出さず、軽く頷いた。
「それから、メリッサについてですが、十五分ほどなら本日にでも面会可能だと宮廷医から報告がありました。昨日の今日で申し訳ありませんが、メリッサに会っていただけるでしょうか?」
「もちろんです。お願いしたのはこちらですから」
アリアの答えに、アルフォンスがホッとした表情を浮かべた。
「十五分……。この国の一日は、二十四時間ですか?」
「その通りです。日本も二十四時間だそうですね。こちらでは、朝七時から八時頃に朝食、十二時に昼食、十八時頃に夕食です」
(入院中みたいなスケジュールだな)
「しかし、茶会や夜会に外交、執務が滞ることも多くありますので、必ずしもこの通りではありません。もちろん、体調にも合わせてアリア様のペースでお暮らしいただけたら……と。何かありましたら、ご遠慮なくリラやアレクにお申し付けください。この二人はアリア様の絶対的な味方ですので」
アリアがリラとアレクに視線を向けると、二人は微笑みながらゆっくりと頷いた。
「あの、では早速ですが、部屋用の時計をお借りできますか?」
「それは、行き届かず失礼いたしました。使い古しで申し訳ありませんが、こちらをお使いください。女性が持つには少し重たいかもしれませんが……。アリア様に合わせた物も、近いうちにお作りいたしましょう。お部屋の置き時計はすぐにご用意いたします」
そう言いながら、アルフォンスは胸元から出した懐中時計をアリアに手渡した。
アリアは反射的に手を出して受け取ってはみたものの、凝った意匠に材質はおそらくプラチナ。そして、裏には王家の紋章。
「こんな大事なもの、お借りできません!」
「いえ、お貸しするのではなく、お譲りいたします。こんな爺さんの使い古しでよろしければ、使ってやってください。もし、何かお困りの際にはそれを相手にお見せください。それから、ご迷惑をおかけした人物がいましたら、名前や特徴を教えていただけますと幸いです」
(つまり、先王の後ろ盾があるっていうことを示すのね。『これが目に……』って。で、質の悪いやつは、また出禁候補に……)
「――では、お言葉に甘えて」
鞄は持っていないが、ワンピースにポケットがあったため懐中時計を大事にしまった。
「メリッサ様にお会いするにあたって、何か注意点はありますか? たとえば、聖女関連のことなど。チエさんのあと、数十年ぶりにスズさんが。そして、立て続けに私が現れています。何か触れてはいけない話はありませんか?」
「そうですね……。たしかにメリッサは、聖女様と直接対面するのは初めてですね。スズ様とは、まだ面識がありませんし、チエ様ともお会いしたことはありませんから。ただ……」
アリアは息を呑んで、アルフォンスの答えを待った。
「アリア様であれば、大丈夫だと思っております。お話なさりたいこと、聞いてみたいこと、遠慮なさらずにメリッサに投げかけてみてください。反対に、メリッサから踏み込んでくる可能性もあります。よろしければ、話し相手になってやってください」
「そう……、ですか。では、もしも、お話している間にご気分が優れないようなことがあれば、リラにお医者様を連れてきてもらいます」
「お気遣いくださり、ありがとうございます。しかし、できるだけ自然に接してやってください」
「分かりました」
「では、そろそろ……。リラ、アリア様を温室にご案内して」
「かしこまりました」
アルフォンスに退室の挨拶をしてから、リラとアレクと長い廊下を歩いた。屋外に出てからも屋根は続いているが、途中で渡り廊下や階段の昇り降りを繰り返す。
(これ屋内だったら、何階にいるのか分からなくなるタイプの造りだ……)
外からでは単純に離れのように見えたが、この入り組んだ通路は、まるで入口を隠しているようにも感じる。
「アリア様、大丈夫ですか? もう少しで到着いたしますので」
「は、はい」
(結構きつい……! 帰りにも、これを……)
気が遠くなりそうで、アリアは帰り道のことは考えないようにした。
お読みくださり、ありがとうございました。




