第14話 異世界に溶け込む現実世界
2023年 12月26(日)(火)
第14話、改稿済みです。
「お口に合いましたか?」
「はい。ごちそうさまです」
食事は美味しかった、と思う。しかし、頭の中にモヤがかかったようで、はっきりと口に出して美味しいとアリアは言えなかった。
日本にいた頃から時々あった、蓮池の泥沼に沈むような感覚に捕らわれ始めている。それの最たる原因は叔父家族との関わりだ。
(一人暮らしを始めてから、少し楽になってたのに……)
「お皿をお下げいたしますね。食後のお茶はいかがなさいますか?」
「あ、いえ。そろそろアルフォンス様のところに伺おうかと」
「では、そちらにお茶をご用意いたします」
「ありがとうございます」
どんなに気分が塞いでも動揺しても、できるだけ平静に。弱さは見せない。アリアが長年かけて身につけてきた処世術だ。
「その前にお召し替えいたしましょうか。昨夜はそのまま眠ってしまわれたので……」
その会話を聞いたアレクが、スッと無言で退室した。それを横目で見ながら、アリアは張りのない声を出す。
「あー、えーっと」
(正直、このままでも良いんだけどな。一度、お風呂にも入ってるし。でも、昨日と同じ服っていうのも失礼か……)
「楽に着られるものはありますか? こう、身体を締めつけないような……」
(今の気分で、コルセットはごめんだ)
「そうですね……。では、こちらはいかがですか?」
リラがクローゼットから取り出したものは、淡い水色の膝下丈のワンピース。いわゆる膨張色だが、細見のアリアなら着こなせるだろう。
七分袖で、袖口に向かって少しずつ広がっているため腕が細く見える。胸元も背中も大きく開いておらず、安心感もある。
「綺麗ですね」
「では、こちらで。下着はこちらでいかがでしょうか? 着心地は良いかと」
その下着を見たアリアは口を開けて、しばらく絶句した。
(着心地が良いとか悪いとかじゃなく、よく知ってますよ。それ……)
「それ、ブラ付きのインナー、ですよね……?」
「はい。私も着用してみましたが、とても機能的ですね」
「――そうですね」
(この世界なのか、この国なのか分からないけど、いったいどこまで……)
時代的に考えれば、知識を伝えたのはスズしか考えられない。次、スズに会う時には、本格的にこちらの世界の情報を聞かなければならないようだ。
色々と考えを巡らせている間に着替えは済んだ。
ブラ付きインナーは、Tシャツのように上から着るだけ。汗をかいても吸水性抜群。熱もこもらない。
ワンピースも上から被って、首の後ろでホックをひとつ留めるだけのもの。アリアが腕を後ろに回そうとしたが、その前にリラがサッと留めてしまった。
そして、鏡台の前に案内される。
リラは手早く、しかし丁寧に髪を梳いてハーフアップにした。
「どちらがお好みですか?」
アリアに尋ねながら、リラが小さな箱を開いた。
濃紺のベルベットのジュエリーケースに、小ぶりのバレッタが二つ並んでいる。
ひとつは、シルバーの唐草模様に水色の石が付いたもの。石はアクアマリンだろうか。
もうひとつは、濃茶色の革製バレッタにピンクのバラが三つ並んでいる。造花だが、まるで本物のように瑞々しい。
(どっちも、私には可愛すぎない……?)
決めかねていると、リラは鏡に写る位置でアリアの髪にバレッタを合わせた。
「こちらは、凛として涼やかなイメージですね。そして、こちらは幼すぎない可愛らしさがあります」
リラに勧められると、どちらも悪くないような気がしてくる。
(カリスマショップ店員か!)
いつものアリアなら無難にシルバーを選ぶが、優しいバラの色合いに惹かれて、革製のバレッタにした。
リラがにこっと笑うと、ハーフアップの中央にバレッタを留めた。よく見ると、髪がねじってまとめられている。短い髪なのに、髪が一本も飛び出していない。
ほうっとリラの技術に見惚れていると、お綺麗ですよ、と微笑まれた。
(いや! 自分にうっとりしてたわけじゃないんですよ!)
アリアの表情を見ながら、リラがクスクスと笑っている。しかし、決して嫌味な笑い方ではない。どちらかというと温かい。
「リラさんは、おいくつですか?」
「今年で十七歳になります」
(目鼻立ちがハッキリしてる人は、大人っぽく見えるなぁ。十七歳――。つまり、私は三つも年下の女の子に叱られたのか)
「それから、私のことは『リラ』とお呼びくださいね」
「でも……」
「私が侍女頭に叱られてしまいます」
「あ……。じゃあ、リラ……?」
「はい」
彼女は優しく嬉しそうに微笑むと、大きなメイクブラシでアリアに薄化粧をしていく。
そして、最後にアリアの顔をじっと見つめると、小筆でピンクベージュの口紅を塗った。
そんな可愛い色は似合わない……、と思ったが先ほどのバレッタと同じく、不思議と肌の色に馴染んでいる。
「いかがですか?」
「ありがとうございます。自分では、こうはいかない……」
「とてもお似合いですよ。では、応接間にご案内いたします」
リラのうしろをついて廊下に出ると、待機していたアレクと目があった。彼は少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな表情に変わった。
「とてもお綺麗ですよ」
「ありがとう……、ございます」
(むず痒い……)
アレクに警護されながら応接間に着くと、リラが扉を開ける。室内に入ると、大きなソファで寛ぐアルフォンスの姿があった。
「アルフォンス様、お待たせいたしました」
アリアが美しい所作でお辞儀をした。
「いやいや、こんなに綺麗なお嬢さんがいらっしゃるのなら、いくらでもお待ちしますよ」
はは、とアリアは苦笑いをする。
(アレクといい、この国では女性は褒めるべき、という慣習なのかな)
いつか、この賛辞が当たり前に感じるようになった時は、この世界に馴染んでしまったということになるのだろうか。
そんなことを考えながら、アリアはアルフォンスの対面に座った。
お読みくださり、ありがとうございました。




