第13話 聖女(仮)と騎士とメイドと。
2023年 12月21日(木)
第13話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。
食事が届くのを待っている間、アリアは窓を開けてみた。
「気持ちいい風……」
日本の都会よりも空気がキレイだ。排気ガスなどがないのかもしれない。どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてくる。庭園の木にとまっているのだろうか。
(どんな姿で、何ていう名前なんだろ)
小さな子どものように、「あれは何? これは何?」と質問してしまいそうだ。
窓からの景色は広々とした王宮内の庭園。それを見渡していると、視界の端でチカッと何かが光ったような気がした。何があるのだろうかと、アリアは少しだけ身を乗り出したみた。
めいっぱい背伸びをすると、庭園の奥のほうにガラス張りの建物が見える。スペイン、マドリードの公園にあるクリスタルパレスに少しデザインが似ている。
「あれが王妃様の温室……? わっ!? あっ!」
身を乗り出し過ぎて窓枠から片手が滑った。落ちる! っと思わず目をつむったところで後ろから誰かに引っ張られた。
(た、助かった……)
ホッと安堵の息を吐くと、腰と肩をそのまま後ろに引き寄せられる。
「危ないですよ」
頭の上で、焦りを孕んだ低い声が響く。まるで男性声優の甘いセリフ集のような声でゾクッとした。
振り向いて見上げると、アリアを助けたのは昨日の騎士だった。そして、真近で顔を見たことで、ふと気づいた。真っ直ぐな金色の髪と顔の輪郭が王太子によく似ている。
(あ、でも、瞳は薄茶がかったグリーンだ。ビルマ翡翠みたい……)
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい! 大丈夫です。助けてくださって、ありがとうございます」
「お怪我がないのなら構いません。…………私の顔に何か付いていますか?」
「あ、すみません。ジロジロと見てしまって。王太子殿下に顔立ちが似ていらっしゃるな、と思って」
「あぁ……。私は殿下の従兄弟にあたりますので」
(じゃあ、王族……? いや、貴族かな)
「そうでしたか。そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね」
「これは失礼いたしました。アレクと申します。今後、アリア様の護衛を務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
(家名は名乗らない、か)
「こちらこそ、よろしくお願いします」
(カッコ仮の聖女にも、一応、王族の血筋の騎士を付けてくれるんだ)
従兄弟……ということは、現国王に弟か姉妹がいるのだろうか。アレクは国王にも、王太子にもよく似ている。おそらく、王太子からすると父方の従兄弟なのだろう。
「どうかされましたか?」
さすがに見過ぎた。
「いえ。本当に似ているな、と。兄弟と言われても、おかしくないほどに」
「よく言われます。場合によっては、殿下の影武者を務めることも……。アリア様は、何を熱心にご覧になっていたのですか?」
アレクは話題を変えるように、窓の外を見た。
(影武者のことは追究するな、ってことかな……)
「あの庭園の端にある温室です。王妃様……、メリッサ様の温室でしょうか?」
「その通りです」
そうですか、と答えながら、アリアは窓枠を両手で握った。
「もう乗り出さないでくださいね」
そう言ったアレクの腕が腰に巻き付く。
(護衛って、こんなに密着するものですか!? いや、落ちかけた私が悪いんだ! そうですよね!?)
アリアは心の中で、大声で自問自答した。
もし転落していたら、アレクは処罰されていたかもしれない。そのため、この体勢はおかしくないのだとアリアは自分に言い聞かせる。
その直後、ガランッと背後で金属音がした。ワゴンで食事を運んできたメイドが、トレイを落として真っ青な顔をしている。
「何を、しているのですか……?」
凄味を利かせた声に、アリアは子猫のようにピッと飛び上がりそうになった。
(この体勢が悪いんだ。何か言い訳を……じゃない、事実を伝えたら良いんだ!)
「あ、あの! 私が窓から身を乗り出して、落ちそうになったところを助けてくださったんです!」
(こ、これでどう? 聖女と騎士の恋物語が始まったりはしてませんよ!)
しかし、メイドの顔はさらに青ざめた。
「……アリア様」
「は、はい」
「危ないことをしてはいけません。ただでさえ、慣れない環境でお疲れなんです。普段は問題ないことでも、危険な状況になることもあります。もっとご自身を大事になさってください。これは、聖女様だから申し上げている訳ではございません」
「すみません……」
アリアは保護者に叱られたようにうなだれた。いや、中学生以降は養育者にも、このような注意をされたことはない。
アリアの父方の祖父母は彼女を溺愛していた。そして、自分たちに迷惑さえかけなければ、アリアがどうなろうと構わないという伯父家族。その両極端な人々と同居していたためだ。
特に伯父家族からすると、血が繋がっているという関係性でしかなく、アリアは邪魔な存在だった。それでも、高校を卒業するまで育ててくれたことは彼女も感謝している。
そして今、出会ったばかりの女性に『自分を大事にしなさい』と叱られたことをとても嬉しく感じると同時に、慣れない感情にアリアは少し戸惑った。
「今後は気をつけます」
「ご理解くださって、ありがとうございます」
メイドの声が少し柔らかくなり、アリアもホッとした。
「ところで、そんなに身を乗り出してまで何をなさっていたのですか?」
「庭園の端にある温室に、メリッサ様がいらっしゃるのかと思いまして……」
同じ轍を踏まないように、今度は言葉だけで説明をした。
「そうでしたか。王妃様は日中、あちらの温室でお過ごしになられています。そのことで、大公爵様……、アルフォンス様よりお話があるそうです。お食事が済みましたら、サロンにご案内いたしますね」
アリアは急がなければと頷いた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。アルフォンス様も急かさないように、と」
行動を見透かされているようで、少し恥ずかしくなった。
「そうだ。あの、お名前を伺っても?」
その問いかけで、メイドが大きく目を見開いた。そして、お仕着せのロングスカートを摘まみ、優雅に礼をする。
(綺麗……)
「大変失礼いたしました。私はリラと申します」
「ライラック……」
「え?」
「私の好きな花が、『リラ』とも呼ばれているんです。素敵なお名前ですね」
「ライラックは……、母が好きな花なのです。私の名前もそこから――」
「……え、こちらの世界にもライラックが? では、あの花は何という名前ですか!?」
アリアはチューリップに似た花が活けてある花瓶を指差した。
「チューリップですね」
「スズさんのお部屋にあった花は?」
「ピンクのバラだったと記憶しております」
(日本との共通点が……。そうだ、オニオンスープのリゾット。これも、日本のお米の形だ……)
異世界とは、どんなものだっただろうか……? と、アリアは混乱し始めた。この世界の様子は、アリアがサブカルチャーで得た異世界の知識とは異なり過ぎている。
この国はいったい、どこまで日本と関係しているのだろうか。生活面で不便が少なそうだという嬉しい情報とともに、なんとも言えない奇妙な感情が渦巻いていく。
もし、この世界でも、日本とほぼ変わらない生活ができるとすれば――。
しっかり地に足を付けていないと、感覚や思考回路がグラグラと揺らいでしまいそうだ。
『異世界に転移される方は、元の世界で何かしらから逃げたい、現実を捨て去りたいと思うことがあるように感じます。また、その内容が重いほど、比例するように聖なる力が強くなるのではいかと――』
アルフォンスの言葉が、アリアの頭の中で響いた。
お読みくださり、ありがとうございました。
思いのほか、多くの方にお読みいただけているようで、とても嬉しく思っています(ꈍᴗꈍ)




