第12話 異世界で迎える朝と優しさ
(眩しい……)
窓から射し込んでくる強い光で、アリアは目を覚ました。
(ここ、どこだっけ……)
瀟洒な天蓋付きのベッド。こんな家具は、一人暮らしをしているアリアの部屋にはない。
(あぁ、そうか。昨日……)
「異世界転移すると、本当にこんなこと思うんだ。まぁ、現実世界でも酔っぱらって目覚めたら隣に……なんて漫画もよくあるか」
アリアは独り言ともに、小さく笑った。
ベッドから降りようとすると、普段履いている靴の隣にバブーシュのような室内履きが並べられていた。
(履いて良いんだよね……?)
靴を脱ぐ習慣のある日本人にとって、これはとてもありがたい。
窓辺の椅子に座ろうとし、昨日はお茶だけを飲んで眠ったことを思い出した。テーブルの上は綺麗に片付けられている。
その代わりにメモが置かれていた。金色の唐草模様で縁取られたメモに、柔らかい筆跡で文字が書かれている。
『よくお休みになられましたか? まだ体質などを伺っておりませんので、天蓋のカーテンは下げずに失礼いたしました。お目覚めになられましたら、ベルを鳴らしてくださいませ。』
おそらく女性の字だ。昨日のメイドだろうか。
そして、問題なく字が読める。日本語で書かれているようにしか見えない。異世界転移らしく、自動翻訳機能だろうか……。
部屋の中を改めて見渡した。
どれくらい眠っていたのだろう。
太陽の位置からすると、日本では午前十時くらいではないかと思うが、この部屋には時計がないため、正確な時間は分からない。
(昨日よりも部屋が明るい気がする。朝と夜があるのかな。そもそも、一日の時間は二十四時間?)
聖女のこと以外にも、生活面で色々と確認しなければいけないことは多そうだ。
「時計……、あっ! スマホ!」
アリアは慌ててベッドに戻った。
百パーセント近く充電できているようで、ライトが赤から緑色に変わっている。サイドのポタンを親指で強く長押しした。
(早く、早く)
スマホが立ち上がるまでの時間が、いつもよりも長く感じる。
フワーンという音ともに画面が明るくなる。ロックを解除すると、見慣れた壁紙が表示された。
「……っ」
スマホの電源が入ったこと、昨日と変わらない壁紙を見ただけで涙がこぼれた。
(やっぱり、異世界はファンタジーの中だけで良いよ……)
しかし、泣いてもどうにもならないことが人生にはあることを、アリアはよく知っている。
ぐっと涙を拭い、鞄に入れていたポケットティッシュで鼻をかむ。スマホの画面を改めて確認すると、時刻は午前十時過ぎだった。
(日本と、ほぼ同じ時間?)
気になることは多くあるが、この世界の人に質問したほうが早い。うだうだしていると、あっと言う間に昼になってしまう。
置いてあったメモにしたがって、アリアはベルを控えめに鳴らした。
一分、いや三十秒もかからないうちにドアをノックされ、昨日のメイドがやってきた。
「アリア様、おはようございます。よくお休みになられましたか?」
(やっぱりメモは、このメイドさんか)
「ありがとうございます。太陽の光を感じるまで、眠っていたようです。あ、お茶やお菓子を用意していただいたのに手を付けず、すみませんでした……」
アリアの言葉を聞くと、メイドがふわっと微笑んだ。
「いいえ。どうかご無理なさらず、欲しいものを欲しい時にお召しあがりください。ご自宅のように……というのは難しいかと存じますが、ゆっくりお過ごしいただければ、と。そのために私共がおりますので」
「ありがとうございます」
また、目に涙の膜が張るのを感じて、慌てて止める。日本にいた頃から――、ある時を境にできる限り泣かないようにと生きてきた。
心の安定を保つためにも、そのスタイルは変えないほうが良いとアリアは思った。
「何かお召し上がりになりますか? 空腹時間が長いので胃に負担がかからないものがよろしいでしょうか?」
「えっ……と」
(何が食べたいのか、自分でも分からない……)
アリアが言葉に詰まっていると、メイドの瞳が優しく細められる。
「胃に優しい、野菜とベーコンを小さく刻んだ温かいポタージュ、オニオンスープのリゾット……。他にもお好みのものがあれば、おっしゃってください」
メニューを聞いて、くぅっ……とお腹が鳴った。
「すみません……」
「いいえ、食欲があるのは良いことです。いくつかメニューをご用意いたしますので、少しお待ちくださいませ。あ、そうでした。昨夜はすでにお休みになられていたので、伺えなかったのですが……。暗いところや狭いところなど、苦手なことがあればお聞かせください。他にも室温が暑い、寒いなど、何でもおっしゃってください」
「何でも……」
「はい。何でも、でございます」
アリアがポカンとしていると、メイドがドアの近くで微笑みながら一礼した。
「落ち着かれましたら、お聞かせください。まずはお食事をお持ちいたします」
静かにドアが閉まったあとも、アリアはまだぼんやりとしていた。
(暗いところ、狭いところ……。だから、カーテンを閉めずにいてくれたんだ)
あのメイドがそばに居てくれるなら、この世界でも暮らしていけるかもしれない、とアリアは体から力を抜いた。
「名前、聞き損ねたな……」
お読みくださり、ありがとうございました。
追記 2023年 12月19日(火)
第12話、改稿済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。




