第110話 囮 1
埒が明かないと少し苛立ちながら、アリアが質問を始めた。
(何だろう。このデジャヴ……。あぁ、そうか)
転移してすぐに、謁見の間でアーヴィンと問答した時に似ているのだ。
「まず、お聞きしたいのは陛下の容態についてです。ご健勝だという噂と、毒矢が当たって危険な状態だという噂が城内で交錯していますよね。――殿下の即位が早まるかもしれない、という噂も聞きました」
リカード王が無事なのであれば、噂を否定するはずだ。反対に、もし、危険な状態であるならば、他国に弱みを見せないように箝口令が敷かれる可能性が高い。
しかし、どちらの対応もされていないことが、不自然だとアリアは感じた。
そこから、王家そのものが噂を操作している、もしくは利用しているという考えに至った。
しかし、実情を聞かせてもらえない限りは、すべて憶測に過ぎない。
「心配をかけてすまない。父母ともに、すこぶる健康だ。寝室に籠もっているのは、矢を放った犯人の動向を把握する一環で――」
「つまり、囮ってことですか……? 一国の王が自ら?」
「いや、正確には、祖母を除いた王族全員だ」
「そんなことをしたら!」
「危険で無謀な策だということは、重々承知の上だ。無駄骨を折ることになる可能性だってある。でも――、今が好機なんだ」
「好機……?」
アリアは眉間にしわを寄せながら、問いかけた。
「本気で国王の命を狙ったのであれば、近いうちに留めを刺しにくるかもしれない。そうでなくとも、実際の容態を探りに来る可能性は極めて高い」
「それは……、そうかもしれませんね」
「そして、本来の目的が、王妃の殺害だったとすれば、次はピンポイントで母が狙われるだろう。それから――、王家直系の血を絶やすことも視野に入れるなら、唯一の王子である俺も標的となる」
アーヴィンは一つ、二つ、三つと、指を折って見せながら、今後起こり得る可能性をアリアに説明していく。
「最後に四つ目。ブルームの歴史上、トップクラスの政治手腕を持つと言われる祖父も、対象になり得る。祖父が健在だから、戦が起こっていないと言っても過言ではないからな」
(やっぱり、すごい人なんだ)
「シェリル様は?」
「祖母は、しばらく、目立った活動をしていないから、狙われる確率は低いと読んでいる。念の為、マーリン殿が張った結界の中で暮らしているがな。あれは、剣に銃弾、爆弾に毒ガス、あらゆる攻撃を跳ねのける。今日あたりに、アリア殿の部屋にも張りに行く予定だったんだが」
(その前に、私が突撃してしまった、と)
「ただ……その結界の効果も、保って二、三週間ってところだろうな。離宮には、もともと複雑な結界が張られているから、こちらの城の中にいるよりは安全だと思うが……。あまり時間はかけたくない」
「短期決戦、ということですね」
「そうなるな。だから現段階で、できることはすべてするつもりだ。囮意外にも、いくつか罠は仕掛けてある」
「この作戦、スズさんは?」
「……知っている」
「そうですか」
アリアの声が、淡々としたものに戻った。
「決して、貴女を除け者にしようとしたわけじゃないんだ。父母にスズ殿、リラたちからも、貴女にも話すべきだと説得されたが、俺の独断で話さなかった。――すまない」
「顔に出て、相手に悟られたら、せっかくの作戦が水の泡ですもんね」
「その考えも、まったく無かったとは言わない……。ただ、一番の理由は、貴女を危険なことに巻き込みたくなかったからだ」
「スズさんは計画に加わっているのに?」
「彼女は――、色々な意味で強いから」
おそらく、メンタルや聖女の力のことを言っているのだろう。
(それくらい言われなくても分かってるけど。実際に聞くと、やっぱりちょっと、へこむなぁ……。でも、これが現実よね)
うつむきながら、自分を納得させるように心を整理する。
(ん? あれ?)
落ち着いてくると、アルフォンスの名前が出ていないことに気づいた。
「そう言えば、アルフォンス様のご意向は?」
「あぁ、それは……。少し渋っていたが最後には、『思うようにやってみろ。そのかわり、責任はすべて自分で取れ』と……」
(なるほど。崖から突き落とされたか)
「ふふ、アルフォンス様らしいですね」
アリアが威圧的ではない笑みを浮かべたことで、アーヴィンも、ほっとしたように表情を緩める。
そして、武道の所作のように、両手を膝に置いて頭を下げた。
「本当に申し訳なかった。アリア殿のことは信頼してる。嘘偽りなく」
「……分かりました」
「本当に信頼してるからな」
「だから、分かりましたって。そう何度も言われると、かえって怪しくなりますよ」
「貴女たちの国では、大事なことは二回言うと聞いたから……」
(スズさんか……)
「その表現は……何というか、本当に大事な場面では使わないほうが良いですよ」
アリアは額を押さえながら、そう進言した。
謝罪の言葉が、いまいちアリアに響いていないと感じたアーヴィンは、立ち上がってアリアの前まで進むと、ザッと床に座って手をついた。
「な、何してるんですか!?」
(スズさん、土下座まで教えたの!?)
どのような流れで教えるに至ったのか、少し気になってしまう。
(いや、今はそこじゃなくて)
「殿下、その謝罪は、一国の王太子が軽々しくするものではありません。顔を上げてください」
「分かってる。誰にでもするわけじゃない」
「それなら、なおさら早く――」
「誰にでもじゃないって言ってるだろ!」
「そんな姿で、強く主張されても……」
「こんなことを本気でするのは、生まれて初めてだ。でも、相手が貴女なら――。貴女にだけは、嫌われたくないんだ」
一瞬、思考が止まった。
何と返せば良いのか分からず、言葉に詰まる。
(光栄です? いや、違うな。もっと素直に、そのままで……)
「――ありがとうございます。殿下のお気持ち、たしかに受け取りました。そんなふうに言っていただけて、とても嬉しいです。――だから、もう顔を上げてください」
この言葉で、やっとアーヴィンは顔を上げた。
「……本当に? 本当に俺の気持ちが伝わった?」
「えぇ」
「本当に?」
「はい」
(ずいぶんと念入りに聞いてくるな。ちょっと怒り過ぎたかな……)
「これくらいのことで嫌いになったりしませんよ」
「そうか……」
目をつむって、噛みしめるように呟く彼の顔が、心なしか紅潮しているように見える。
(何だろう、この表情は。安心とは、また違うような……。とにかく、まだまだ聞きたいことがあるから、早く立ってほしいんだけどなぁ)
アーヴィンが言うところの“俺の気持ち”が、鈍いアリアに届くのは、もう少し先のお話……。
お読みくださり、ありがとうございました。
アーヴィン、一応は頑張ったのですが……
緊迫した空気の中で、告白した(つもりの)アーヴィンが悪いのか、
恋愛オンチで鈍すぎるアリアが悪いのか……
どっちもですかね(-_-;)
のろのろ更新ですが、次話もどうぞよろしくお願いいたします。




