第103話 夢見の時渡り 1
「ところで、殿下。私に、何かご用でした? お忙しそうだって、スズさんから伺ってますけど」
「……ちょっと休憩しに」
「この温室に来ると、リフレッシュできますよね」
「…………そうだな」
アリアの返しに、アーヴィンはわずかにうなだれた。
アーヴィンは今、食堂造りなどをしている間に溜まった書類仕事に追われている。
デスクワークよりも、体を動かす仕事を好むアーヴィンにとっては辛いかもしれない。
魔導師の塔関連の書類を届けに、彼の執務室を訪ねたスズが、「まるで社畜みたいだった」と笑っていた。
(たぶん、スズさんのほうが、殿下に会う機会多いんだろうな)
「何、考えてる?」
アリアとの会話が途切れると、アーヴィンが少し拗ねたような声で尋ねた。
「え、あぁ、何でしょうね……」
アリアが、スズに嫉妬しているのは確かだ。
しかし、だからと言って、何か行動を起こす気には、いまいちなれない。
気持ちの落とし所が定まらず、どう表現したら良いのか分からない。
「……それよりも、この手は何です?」
いつのまにか、テーブルの上でアーヴィンに手を握られていた。
二人の関係を知らない人からすれば、たまにカフェなどで遭遇するバカップルのように見えるかもしれない。
「前から思っていたが、アリア殿の体は冷たいな。特に、手が冷たい」
「冷え性なもので」
「少し貸してくれ」
「え?」
手を引かれたかと思うと、そのままアーヴィンの目に当てられた。
「生き返る……」
どうやら、冷却材の代わりにされたらしい。
(自分でもするから、気持ちは分かるけど)
目が疲れたり、暑くて首筋を冷やしたい時だけは、この手は重宝する。
(たしか、パティシエには向いてるんだっけ)
「今夜、ここで一緒に食事しないか?」
甘いもののことを考えていると、食事の話が出て少し驚いた。
「別に構いませんけど。二人でですか?」
「駄目か?」
アリアの手を少しずらして、アーヴィンが上目遣いで尋ねる。
(うっ……。可愛いのか、カッコいいのか、どっちかにしてほしい)
スズほどではないが、アリアもそこそこに面食いだ。だてに、二次元で育っていない。
「……駄目じゃないです。でも、お仕事が残ってるんじゃ?」
「速攻で終わらせてくる」
もう一度、アリアの手をギュッと握ってから、「じゃあ、また夜にな」と言って、アーヴィンは鼻歌を歌いながら温室を出て行った。
「何なの、あのタラシ感は……」
夜になると、少しやつれたアーヴィンが、約束の時間ぴったりに温室へ戻ってきた。
「そんなに無理しなくても……。少し遅れたって怒りませんよ?」
「いや、俺が早く来たかったんだ」
「頭使うと、お腹空きますよね」
「あ、ぁ……。そうだな……」
着席したばかりのアーヴィンが、ガクリとうなだれた。
(疲れてるなぁ……)
「きちんと食事されてますか?」
「まぁ、それなりに」
「ちゃんとブドウ糖を摂らないと、頭が働かなくて効率悪くなりますよ」
「気をつける」
「ウン、ダイジョウブ! ゼンブ問題ナイ!」
「ありがとう、ロード」
「サンヲ見テルカラ、オフタリデ、ゴユックリ」
毒見役を自ら買って出たロードは、アーヴィンの耳元で「ガンバレ」と囁くと、サンの寝床に飛んでいった。
「ロードって面倒見が良いですよね。気が利くというか」
「そうだな。しぶしぶ出かけるが、何だかんだで、いつも指示した以上の仕事をしてくるしな」
二人きりの夕食はロードへの賛辞から始まり、優しい空気に包まれた。
「え、もうこんな時間!?」
デザートのあと、食後のお茶を飲みながら話していると、気づけば二十三時を回っていた。
アーヴィンといると、時間があっという間に過ぎてしまう。
「遅くなったな。部屋まで送る」
「ありがとうございます。ちょっとサンの様子を見てきますね」
足音をさせないように近づくと、ロードとサンが兄弟のように寄り添って眠っていた。
「ふ、可愛い」
「このまま寝かせておいても大丈夫だろ。ロードはガラスをすり抜けられるから、施錠しておこう」
そろっとドアを閉めると、二人はアリアの私室へ向かった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。…………え、っと、殿下?」
アリアの部屋の前で挨拶を交わしたあとも、アーヴィンは彼女の手を、ふにふにと触り続けていた。
(今日はやけに触ってくるな。別に嫌じゃないから、良いんだけど……。何か気になることでもあるのかな?)
「え? あ、悪い」
無意識だったのか、アーヴィンが慌てて手を離そうとすると、反対にアリアが掴み返した。
「待って。何かありました? 相談くらい乗りますよ?」
メリッサの診療記録を見たあとだ。
話さないだけで、何か思うところがあっても不思議ではない。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「……本当に?」
アリアの探るような目を見て、彼は吐息で笑った。
「本当に。心配かけて悪かった。じゃあ、おやす……、あ、そうだ。また、一緒に食事してくれるか?」
「え? えぇ、もちろん。私でよければ」
「貴女とがいい」
きっぱりと答えたアーヴィンが甘く微笑む。
「そ、そうですか」
動悸を抑えながら、彼の背中を見送ったアリアは、ベッドに入るとすぐに深い眠りついた。
そして、その夜は不思議な夢を見た――。
お読みくださり、ありがとうございました。
ここから、「夢見の時渡り」のエピソードに入ります。
しかし、どうしよう。
アーヴィンが頑張ると、アリアのぽんこつ具合に拍車がかかっていく(ーー;)
でも、いざ、アリアが積極的になると、アーヴィンはワタワタする気がする。
なんなんだ、この作者泣かせな二人は……。
お子ちゃまな二人ですが、次話もどうぞよろしくお願いいたします。




