第10話 乗りかかった船
庭園からアリアたちに視線を戻したアルフォンスは、続きを語り始めた。
「義理の娘であるメリッサ、そして私の妻であるシェリル。二人は聖女ほどの力はありませんが、よく似た性質の巫女の力がありました」
(過去形……)
「今は……?」
抱いた疑問をアリアは無意識に声に出した。
「枯渇し、二人ともほとんど力はございません。チエ様が最後の魔力で国に結界を張ってくださいましたが、二十年を過ぎた頃から少しずつ綻びが出始めました。お二人の世界でいえば、『オゾン層の破壊』のようなものですね」
(いや、分かりやすい説明だけど……!)
どれだけ日本や地球のことに精通しているのかとアリアは畏怖を感じた。
「穴が空けば、そこから紫外線のように魔物が侵入してくる。しかも、脆弱化しているとはいえ、結界を破れるほどの強い魔物から順に現れるのです。その一頭、一匹だけでも、騎士団が到着する前にいくつもの町が崩れます」
「過去にそんなことが……。では、お二人の力はその時に?」
「そうです。シェリルは未来を読む力で魔物が現れる場所を特定し、そこに騎士団を向かわせました。そのため、ひとつの町が半壊する犠牲だけで済みました。それでも、死傷者は出てしまった。その時に負傷者を癒やし、穴が空いた結界を修復したことで、巫女の力は半分ほどに減っていたのでしょう」
半壊で済んで喜ぶべきなのか――。
しかし、ひとつでも命が消えたという事実は変わらない。
地球でも無くなることのない争いや、多くの犠牲を思い出し、アリアは胸が締め付けられた。
「その後、聖女の力を持つ方が不在の間、シェリルとメリッサが定期的に結界の確認、修復を続けてきました。しかし、やはり二人は聖女ではない。そのため、過ぎた力を使うことで命や身体の機能を削っていたのです。二人はそれを私たちには話さなかった。私やリカードが気づいた時には、色々と手遅れになっていました……」
「シェリル様のお身体のことも、メリッサ様の不調もその関連ということですか……?」
「……はい。シェリルが何もない所で躓いたり、食事中にナイフやフォークを落とすことが多くなってから気づきました。夫としても、国王としても情けないことです」
「それは……」
(上手に隠されたら、分からないこともあると思う)
「メリッサ様のお身体は、今……?」
「特に今すぐ、何かの機能が失われることはないと思います。ただ、常に強い倦怠感があるようです。メリッサは……、リカードのことで精神的な面からの不調も多いのではないかと」
「それは、なかなか拭えるものではないですよね」
(現状、国王は回復してない。それを毎日見てるんだから……)
「アルフォンス様、私がメリッサ様とお話しすることはできますか?」
アリアの問いかけに、アルフォンスが驚いたように何度か瞬きを繰り返した。
「温室内で短時間であれば、おそらく可能かと。念の為、宮廷医に確認を取ります」
「お願いします」
アリアは乗りかかった船だと、この国の問題を把握し、自分にできることであれば手伝うことを決意した。
(カッコ仮だろうと、聖女の力はあるらしいし。ここで見捨てるのは寝覚めが悪い)
「私はチエさんの話も聞いてみたいな……」
スズが、ぽつりと呟いた。そして、アリアもそれに同意する。
「では近々、どちらの準備も整えます。本日は色々とお疲れでしょう。こちらの都合で、本当に申し訳ございませんでした。謝罪で済まされることではないのですが……。アリア様のお部屋にご案内いたしますので、ごゆっくりとお寛ぎください」
そう言って、アルフォンスがテーブルの上にあるベルを鳴らす。
すると、浴室で世話をされたメイドと、謁見の間へ移動する際に警護をしていた騎士が一人やってきた。
「くれぐれも失礼のないように」
「かしこまりました」
アルフォンスが先ほどまでとは異なる、王族らしい威厳のある表情と声で指示を出した。
アリアは騎士の顔をチラッと見た。
少し気持ちが落ちついてくると、周囲のことがよく見えるようになる。
(うーん、さすが異世界。騎士もイケメンだ)
アリアは日本でも、環境の変化が多い人生を歩んできた。そのため、順応性はかなり高いほうだ。
しかし、半日も経たずに異世界に慣れ始めていることには、さすがにアリア自身も驚いている。
お読みくださり、ありがとうございました。
【追記】2023年 12月17日(日)
第10話を改稿いたしました。




