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我が行う実験は、汎用性の高いスライムの核を触媒にした迷宮核の魔法回路を、人の魔力回路への上書き、いや融合といっても良いものである。
迷宮核はある意味不滅の存在。不老不死としては不完全ではあるが、そこに少しでも近付けるための融合実験。本来であれば、先にホーンラットなどの小型の魔物などを用いて行う生体実験であるが、今回は我の身体を使っての生体実験なのだ。
しかも、人の魔力回路も迷宮核の魔法回路も全てが解析されたわけでなく、迷宮核の魔法回路に至っては異空間にまで拡張された煩雑で膨大な量。その上、魔導実験を維持するために、火、水、風、土の四大元素を元とした魔法はもちろん、生命維持の聖魔法に精神を保護するための闇魔法、さらに異空間にまで作用する時空魔法に、物質の基本元素を入れ替える変容魔法等々、幾つもの魔法を同時に操作する必要があるのだ。当然、使用する魔力、魔法力も相当な量になるのである。
とてもでもないが、我ひとりの魔力で対応するのは不可能。魔法士でなく、魔術士である我の魔力など微々たるもので話にもならんわい。我が千人おったとしても無理であろうな。例え英雄級の魔法士でも無理かも知れぬな。
その答えが、この迷宮核の間に張り巡らした魔法陣であり、いま身体を横たえる生体ポッドに、壁際にずらりと並ぶ等身大の魔力タンクでもある。
迷宮には迷宮足らしめるための魔力、魔物を生み出し、時には魔法トラップさえ自然形成される不思議な魔力が常に流れておる。その魔力を流用して魔力タンクに貯め込み、魔力回路でもって生体ポッドや各種大魔法を仕込んだ魔法陣に繋いでおるからな。
それでも魔力量はまだまだ足りぬかも知れぬ。
もっと時間をかけて魔力を貯め込みたかったが、今となっては仕方あるまい。それに魔法陣もである。魔法回路の解析もまだ不十分な状況での各種大魔法の使用。それが理に適ってるかどうかも……そもそもが無理矢理に結合させ融合するのであるから成功する確率はかなり低く無茶なもの。
だが、やらねばならぬと、周囲を見渡しひとりごちる。
ヴィオラの無理な実験での魔力暴走も笑えぬわい。
遠くから響く破壊音に僅かに顔を歪め、我は深く深呼吸を繰り返す。
研究所全体を覆っていた絶対障壁は内応した弟子によって無効にされたが、各所に張った簡易結界と単純な魔法トラップは健在。我が自ら張ったからな。
時間稼ぎに過ぎぬが、反乱軍も苛立ち強引に破壊して進んでいるのであろう。
残された時間もあと僅かかも知れぬな。
成功も覚束ない魔導実験。例え成功しようとも失敗になろうとも、どの様な結果になるかもわからぬ。
恐れがないと言えば嘘になるが、もはや老い先短い身。生涯を魔法研究に捧げた学者としては、自らを実験に捧げて最後を迎えるのもまた我には相応しかろう。
そんな思いを抱えもう一度深呼吸を繰り返し、最後の覚悟を決めると魔力を全身にめぐらす。そして、生体ポッド内に設置された幾つかのボタンを順番に押していく。すると、周囲に配置する魔力タンクが、我の不安を煽るかの様にギシギシと音を鳴らした。首を振って湧き上がる恐怖を振り払い、最後の開始ボタンを押す。
途端に魔法陣が、次には迷宮核が光り輝き、迷宮核の間全体が真っ白な光に埋め尽くされた。
ぐがっ! これは……。
強烈な痛みが全身を貫く。
我が全身に巡らせた魔力回路に、迷宮核の魔法回路が上書きされ融合されていく。
ある意味、身体を根本から作り変えるのだ。覚悟はしておったが……。
ぐうっ! これほどの痛みとは。
何も考えられぬ。耐えきれぬ痛みに、我は白濁とした意識に支配されていく。
だが、しばらくすると、その痛みもやわらぎ、今度は意識そのものが急速に遠のき闇へと沈んでいく。
やはり失敗であったか……。
なぜなら、微かに残った意識が、幼い頃よりの我が人生を断片的に思い出させていたからだ。
これは人が死ぬ間際に見るという過去の記憶なのか。
今も暗い闇の中にぽっかりと浮かぶ記憶の中で、幼い赤子を挟んで若い男女が向かい合っていた。
「あなた、前から自分のことを天才だって言ってたでしょ! 何とかしてよ……助けてよ……」
若い美女があふれ出る涙も隠さず訴えるが、若い男性は悄然とした様子で俯いていた。
あれは若い頃の我……向かい合ってるのはヴィオラなのか。だとすると、あの赤子は…………。
遠い遠い過去の記憶。我が若い頃に封印していた記憶。
ヴィオラと一緒に暮らしていた頃の記憶。
若い男女が同じ家に住めば、当然の様に男女の関係にもなり子も産まれる。
しかし、ヴィオラは大貴族の御令嬢で、我はといえば一介の平民の魔術士に過ぎぬ。言うまでもなく、猛反対されて我とヴィオラは駆け落ち同然の身で隠れ暮らしておった。
そこで我とヴィオラに想定外の事が起きた。
二人の間に産まれて間もない娘が、魔力過多による暴走で重病となったのだ。
そして…………あの時、二人の立場を考えず何もかも投げ捨てるつもりで、ヴィオラの実家を頼り聖神教の高位司祭や枢機卿にすぐにでも助けてを求めていれば、あるいは助かっていたかも知れぬ。
だが、まだ若い二人にはそれができなかった。
いよいよどうにもならないとなってから動こうとしたが、その時にはもう遅かったのだ。
それからだった。
我とヴィオラの心にしこりとなって残り、気持ちもすれ違い、ちょっとしたことで諍いが絶えなくなり自然と別の道を歩むようになったのだ。
我は記憶を封印し、過去からずっと逃げておった。この歳になってようやく向き合って、不老不死……人類の病からの根絶を目指したが……ヴィオラはずっと追い求め、教皇からの誘いに飛び付いたのかも知れぬな…………。
人生の最後にさめざめとした気持ちに包まれ、我の意識は闇の底へと深く深く沈む。そして、ぜんまい仕掛けのおもちゃが壊れたかの様にぷつりと途切れた。
ようやく序章(世界観の説明?)が終わりましたー。
ひとつ間話をはさんで
次々回からやっと本編が始まるよ〜