(7)
「お師匠様、今こそ変革の時でございます」
何を血迷ったのか、帝国反乱軍に加担する一門の研究、開発を任せていた筆頭の古参弟子が、使者となり我の元に訪れていた。そして、首を垂れての最初の一言がこれである。
聞けば、反乱軍はすでに帝都を制圧、帝国軍の大半を掌握して、帝国内の方々に軍を派遣しているとの話であった。
反乱軍の目的は「自由、平等、財産」の守護を公然と唱え、現支配体制打倒であった。
帝国では「朕は国家なり」との皇帝の言下に、皇帝を中央に据えての大貴族の絶対主義による封建制度が横行しておった。
当然、帝国貴族の反発も相当なものであったようだが、貴族連合の私兵の大半は未だ騎乗しての弓や槍持ちの前代の軍隊。対する反乱軍は最新の飛空戦艦に、兵士も元帝国兵士であり最新式小型魔導砲を各兵士が持ち自動式魔力駆動装甲車に乗った近代化された軍隊である。兵士ひとりひとりの練度も違う。
端から勝負にもならぬ。
飛空戦艦による魔法攻撃さえ届かぬ高空からの砲撃に始まり、輸送型飛空艇を用いての魔力駆動装甲車を軸にした陸戦機甲師団の降下展開によっての貴族連合私兵への強襲。私兵の連合軍は数瞬で瓦解し殲滅されたようである。
貴族たちが自領の城砦にこもり籠城しようとも何も変わらぬ。城壁も魔力障壁さえも--障壁も我が一門が開発したものがほとんどあり、加担した古参弟子は障壁回路の裏も何もかも知り尽くしておる。
何よりも、飛空戦艦に搭載された強力な最新式の戦略級魔導砲の前では何の役にも立たぬ。障壁も城壁も見事に粉砕消滅してあとは為す術もなく陥落したようであった。
噂では最後まで頑強に抵抗した公爵家では、公都は魔力砲の連続射撃によって消失し一族の最後のひとりまで尽く処刑されたとのこと。公都の消失とは比喩ではなく本来の意味、公都で暮らす領民もろとも全てが更地になるまで艦砲射撃を行ったとの話。しかも、反乱軍の首魁である帝国主席魔法士は飛空戦艦に座乗して、公都が滅びる様子に「見ろ! これが俺に逆らう者達の末路だ!」と公都の逃げ惑う人々を眺め高笑いを浮かべていたとか。
実際のところ魔法攻撃も届かぬ高空からでは公都民の様子が見れたかどうかわからぬが、それほど権力欲に取り憑かれ血にまみれた覇道を邁進する帝国主席魔法士に、皆が眉を顰めて噂話となって広まってるのであろうな。
帝国主席魔法士が反乱を起こして半年あまりで帝国貴族の主だった者たちは族滅し、帝国封建制度は崩壊したのである。まだ帝国内の全てを制圧したわけではないが、それも時間の問題であろうな。
帝国反乱軍の今の標的はすでに周辺国へと向けられている。
自由と平等を尊び、大陸統一国家に世界政府樹立などと耳に心地良い言葉で飾られた宣言をしておるようだが、要はトップに立ち己の権力欲を満たしたいだけなのであろうな。帝国内の反乱でも、逆らう者には血で血を洗うような粛正でもって接しておる。周辺国に対しても、従わぬなら容赦なく武力でもって潰しにいくのは明らかであろう。
各国の指導者たちも、今回の帝国争乱には戦々恐々としておるだろうことは想像に難くないわい。
本来であれば、過激な覇権主義国家が誕生する際には、世界を守護する五聖が待ったをかけるはずなんじゃが、今回の争乱主の帝国主席魔法士がその五聖のひとりであるから始末におえぬ。
五聖の残り四人はといえば--。
国家連合長は名誉称号の五聖であるので役に立たぬ。
商業連盟の長も、これが経済戦争であれば大いに活躍するであろうが、武力を全面に押し出しての戦争では分が悪い。もしやすると、今頃は今後の経済活動のためにもと、主席魔法士に揉み手しながら擦り寄ってるかも知れぬな。
大陸全土、各国に根を張る聖神教の教王なら発言力も強く、あるいは止めることも可能であったかも知れぬが、今は時期が悪い。
先の魔術実験中の事故にて、聖神教の神宝でもある神代の聖遺物『アンギスの聖珠』は消失し、多数の有力法術士も行方不明。しかも、神の摂理に反する不老不死を教皇が望んでの魔力実験である。
当然の如く、聖神教の本部内だけでなく各支部や各地の枢機卿からも相当な突き上げをくらっておる。教皇の地位さえ危ないとの話も伝え聞くほど。聖神教内部のゴタつきが尾を引き、今は教皇も執行部の枢機卿たちも、帝国内部に意見を言えるような状況ではないはずであろう。
で最後のひとりが、歩く魔法災害とも呼ばれるヴィオラじゃ。
歴代最強とも言われ、ひとりで国を相手に戦えるとも言われる英雄級の魔法士。ヴィオラであれば「ちょっと行ってくる」などと軽い一言を残し、飛空戦艦が高空にあろうと風魔法でひとっ飛びで侵入して、あっという間に制圧するであろうな。
それほど英雄級の魔法士とは、他の魔法士と比べてみても、二桁ほどは保有する魔法力も戦いに関しての能力自体が違うのである。
だが、そのヴィオラもまた教皇の依頼で行った魔術実験で行方不明となっておる。世間では魔力暴走での空間の歪みが、人の身体組織を崩壊させて消滅したとか、別の異空間に飛ばされたとか、すでに生存を絶望視されておるようであるな。
我は信じぬよ。
ヴィオラが、あの程度の魔力暴走の事故で命を落とすなどあり得ぬからな。何か事情があって行方知れずになっておるだけで、必ずどこかで生きておるはずである。
我はそう考えておる。早く出て来て全てが良い方向に変わることを願っておるが、はてさてどうなることやら。
この先、世界の行く末を想うと暗澹たる気分に包まれるわい。
それにしてもである。今回の反乱での帝国軍内の掌握や帝都の制圧、有力貴族領への侵攻などの素早い動き。前々から計画しておったのであろうが、ヴィオラの不在に聖神教の身動き取れぬこの時期を、千載一遇の機会と捉え反乱を起こしたのであろうな。
首謀者の帝国主席魔法士のなんとも狡猾なものよ。
そんな反乱軍の圧倒的に有利な状況下。その最中での、取り込んだ古参弟子を使っての協力要請である。
この先の展開--周辺国に対する覇権主義などを考えると、我が一門の去就は反乱軍にとっても、懸念事項のひとつなのであろうなとの推測もたやすい。なんといっても現在の最先端の魔法具関連技術、反乱軍の扱う最新鋭兵器類の研究開発も我らが中心となっておるからな。
もし我らが、帝国以外の連合国家に助力すれば、すぐには無理かも知れぬが、時間と共に最新鋭兵器での優位性も覆ることにもなりかねぬからな。
それもあって前もって古参弟子を招き入れ、さっそく我らのもとへ使者として送って来たのであろうな。
その使者となった筆頭古参弟子はしきりに「一門のためにも」と、つばを飛ばして力説しておるがの……。
今後のことを考えると、加担あるいは協力するだけで強力な後ろ盾となり、我が一門の今後の発展、ひいては魔術士の地位向上にもなるかも知れぬが……我の答えは最初から決まっておる。
否! 断じて否である!
我がもっとも忌避するのは、武力でもって弱者を虐げ支配すること。聖人ぶった甘い考えかも知れぬが、それが我が若い頃から一貫して貫く想いであり信念でもある。
そもそもが我が一門の開発した魔道具類を戦争の道具に使うことが腹立たしい。人の安全のため対魔獣用にと開発した魔導兵器を、人殺し、しかも虐殺に使用するとは何とも嘆かわしい。
我らが従ってもそれは変わらんだろうな。
下手をすると、我が一門は魔導兵器を専門に作る工房へと変えられ、朝から晩までせっせと兵器開発と魔導兵器の作成をさせられそうである。
そんな情けない姿が容易に想像できるわい。
それどころか、今発展しつつある魔道具や魔法文化そのものさえも独占し、人類の発展進歩を大いに阻害しそうでもある。
ひとかけらも協力する気になれん!
古参弟子は「一門のためにも」と何度も執拗に協力要請をするが、我が頑なに首を振り続けると最後はがっくりと肩を落としておった。
しかも去り際には「一門には大きな災いが降りかかり、必ず後悔すことになりましょう」と捨て台詞のようなものまで残していきおった。
嘆かわしいことじゃ!
堕落した弟子に嘆けば良いのか?
全てを任せた我の人を見る目の無さを嘆けば良いのか?
いやいや、その両方であるな。
なんとも情けない気分包まれる我であったが……。
しかし、一カ月後に、古参弟子が残していった言葉は現実のものとなりおった。
ドン! ドン! ドガシャン!
我がいるのは迷宮最深部にある迷宮核の置かれた場所。
そこまで響く大きな破壊音と振動。
帝国反乱軍による我ら一門の研究施設への攻撃である。
我も馬鹿ではない。ある程度は予想しておった。あの帝国主席魔法士のことである。協力せぬなら排除に動くであろうとな。だから準備は整えておった。
帝国以外の連合国家に連絡し、我が一門の総力をあげて物理、魔法の絶対障壁といえる防御を幾重にも施し、例え何年でも研究所にこもり続けるつもりであった。
が、反乱軍の一月経つか経たぬかの間での素早い攻撃である。連合国家への連絡もまだ不十分。障壁での防御もまだ完全からは程遠い。
しかも…………この一カ月余りの間に密かに声をかけられておったのか、一門から抜けて反乱軍に加わる弟子が続出しておった。
然もありなん……。
人というものは欲望に対して本当に弱い生き物でもある。どうしても将来の成功を夢見てしまうもの。それは本能に根差しておるのかも知れぬ。自分の将来に損となるか得となるか。それに加えて自分の健康や生死に関わってくるなら尚更である。
我に人徳が無かったのか、単に将来を見越して少しでも手柄が欲しかったのか、中には素知らぬ顔でこちらに残り研究所内へと手引きする弟子までおったのだから始末が悪い。我が自信をもっておった絶対防御の障壁も、中から無効にされるとどうしようもない。時間稼ぎにもならぬ。
我は魔法学の研究開発に関しては天才であったが、五聖のひとりでもある帝国主席魔法士は戦略、戦術では我より一枚も二枚も上手。全ては計算のうちで、我が拒否した場合のことも考えて行動しておったのであろうな。
だが、全く救いがなかったわけでもない。
我を裏切る弟子も多かったが、最後の最後まで我に付き従う弟子や研究所スタッフもまた多かった。
「師よ、最後までこの命尽きるまでお供いたします」
そんな嬉しいことを言う弟子もおった。
目をかけておった賢しい弟子には全て裏切られ、残ったのは名も覚えておらぬ弟子ばかりであったがな。
賢しい者ほど将来を憂い、時には人の道を踏み外す。それもまた人の常かも知れぬ。
とにかく名も覚えておらぬ弟子であったが、研究資料やその他諸々、我の生涯をかけて綴った論文の全てを預けて…………名も覚えておらぬ弟子は「最後まで」とぐずついておったが、残っておった他の弟子や職員スタッフと共に「我も後から追いかけるから」と声をかけ、強引に緊急脱出用転移魔法陣で送り出した。
そして我は最後の賭けに出ることにした。
迷宮核の間の床全体に細かく刻まれた魔法陣。その中央の浮かぶのが迷宮核であり、真下には生体ポッドがひとつ置かれておる。その生体ポッドに我は身を横たえる。
そうなのだ。我は自分の体を使って不老不死への魔導実験を行うことにしたのである。
まだ迷宮核の解析も不完全。不老不死の何たるかもわかっておらぬ、推測に推測に重ねた上での生体実験である。成功する確率もほぼない。それでもやらなければならぬ。
弟子たちと転移魔法陣で脱出して再起を図るというのも考えぬでもなかったが、脱出した先で捕縛される可能性も高い。上手く逃げれたとしても、また一から始めるには我も歳をとり過ぎた。逃げ続けた先で何もせぬまま死ぬぐらいならばと、施設も設備も整うこの場所で最後の実験を行うことにしたのである。
遠くから響く振動に、びりびりと生体ポッドが震える。
仕掛けておいたトラップを破壊しておるのであろうな。
迷宮核の間にも我が施した魔法障壁を設置しておるから容易く入って来れぬはずであるが、最深部に近付いておるのは確か。
頃合いか、後は野となれ山となれだな。