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我が若き頃に発表した論文『スライムによる属性偏移の考察』と『相対性魔法概論』がきっかけとなり起きた『パラケ事変』からすでに数十年。世の中はは大きく変わったのである。
世界規模で始まった魔法産業の大革命の波が多くの魔道具を生み出し、あらゆる職種や生活に浸透して人々の生活を豊かなものへと変えたのだ。
新たに生み出された魔導兵器ーー下級魔法士でも手軽に扱えるため、戦闘スタイルは中距離、遠距離でと変わり、剣を持っての戦闘スタイルはもはや過去の遺物と成り果てーー街の外苑部に設置された防壁の外、野外や時には国が管理する街道にさえ蔓延っていた魔獣はほぼ駆逐され、それに伴って街々の間の商活動の流通も以前よりも数倍も活発となったのである。
そのおかげもあって魔術士による魔道具の開発も活発となり、様々な面で人々に恩恵を与えておる。
たとえば、真夏の酷暑の日であろうと真冬の極寒の日であろうと、屋内に設置された温度調節の魔道具によって人は快適に過ごせるのである。
人々の労働においても、以前の過酷な肉体労働でも一部を魔道具を上手く活用した状況に変わり、昔と違って随分と楽になったと言われておる。
特に運搬、運送においても、我が一門が近頃開発した飛空艇と自動式魔力駆動車や魔道列車などが、運用実験に成功してすぐにも活躍することであろうな。
もっとも、我は研究対象の興味が「不老不死」に変わり、最後のつめの段階で信頼する古参弟子のひとりに丸投げして抜けたがの。
今頃は各国の権力者相手の折衝で四苦八苦しておるかも知れぬが、古参弟子の研究者の中でも珍しく気配りのできる者であったから上手くやっておるだろう。
にもかかわらず、未だに魔術士の序列は魔法士より下に見られがちである。
特に、今の魔法産業の大革命、その中心となったのが、我、天才パラケメストと我が弟子たちパラケメスト一門であるのにだ。
なぜだ!?
何がと問われれば答えよう!
何故、我が、天才パラケメストが五聖に選出されぬのだ!
五聖とは世界を守護し影響を与える5人の聖人に与えられる称号である。
その5人とは、魔法士として常にトップを維持するヴィオラに、法術士としても著名な聖神教の教皇、帝国の主席魔法士、商業連盟の連盟長、世界国家連合の連合長。
性格に少し難があるがヴィオラと教皇はまだわかるものの帝国主席魔法士と商業連盟長は権力欲と商売欲に取り憑かれた俗人であり、国家連合長に至ってはただの名誉称号に過ぎぬわ。
いちおうは五人とも魔法士ではあるがな。
何も、我も名誉欲にまみれて五聖を望んでいるわけではない。少しでも魔術士の地位向上のためでもあるのだ。
未だに相も変わらず魔術士は便利屋程度にしか思われておらぬ事が、腹立たしくもあり納得できかねぬ。
それも今研究中の「不老不死」の案件さえ解決すれば全てが変わるはずである。さすがに誰であろうと無視できぬであろうな。
ま、そんなわけで、元々はまだ駆け出しの魔法戦士が訓練のために潜る迷宮、いわゆる初級迷宮と呼ばれる場所。そこを我が一門が丸ごと買い取って、研究施設として利用しているわけである。
当然、秘密厳守。極秘のプロジェクトに極秘の研究施設。といっても、人の口に戸は立てられぬ。主となる研究員だけでも二百人ほど。警備や雑役を行う者など諸々まで入れれば、総勢三百を軽く超える人員がここで働いているのだ。
知る人ぞ知る、各国権力者たちにとっては公然の秘密となる研究施設でもあったろうな。
「目指すは、人類の病からの解放。永遠の楽園」
を合言葉に我は弟子たちと奮闘していたのであるが、やはり不老不死はかなりの難問。だが、我には秘策というほどではないがひとつの考えがあった。
そのためにも、初級迷宮を研究施設へと流用したのである。
魔法陣を刻むことを考えると、魔力への汎用性の高いスライムの核を集めるのに、スライムが多く棲息する初級迷宮は都合が良いというのもあったが、それだけではない。
最大の理由が迷宮核の存在である。
迷宮もしくは迷宮核についてもまた、スライムと同じく謎の存在、あるいは現象と認識されておる。歴史学や哲学系の学者では、大地の女神テルアの名前から取られたテルア思想なるものを提唱するものが多くおる。
要はこの世界をひとつの巨大生命体と考える思想であるな。で、迷宮、迷宮核は巨大生命体の表面に出した末端器官、手足のようなものだとテルア思想では考えられておる。
テルア思想なるものの考えが正しいかどうかは分からぬが、迷宮は遥か太古、人類の文明が発達し記録を残せるようになった時からからすでに存在しておるからな。
もっとも古い迷宮でもあるネレオスト大迷宮なぞは二千年以上も昔から存在しておると言われておる。
迷宮核を壊せば迷宮も消滅するが、核が無事であれば何千年でも迷宮は存在する。ある意味において不変でもあるのが迷宮システムなのである。
故に我は迷宮核の魔法回路を解析すれば、不老不死への糸口または突破口に十分になり得ると考えたのである。
我に勝算あり!
迷宮核の解析も難解なものであったが、我が開発した魔道具、魔法演算処理具にて解析可能となった。
核に施されておるのは魔法陣の如き回路。それは核の表面上の平面に刻まれるのでなく、異空間とも思われる別の空間を歪曲展開し、なおかつ膨大な量を立体的に重ねる複雑怪奇なものであった。
これが自然に発生したとはとても考えられぬ。
もしや迷宮核には神の手が……とも我も一瞬考えぬでもなかったが、もはや神であろうと我を止めることはできぬわい。
ただし、解析は可能ではあるが、全てを解析するにはかなりの時間がかかりそうではあった。
全てを解き明かすには半年?
いやいや一年以上はかかりそうじゃわい。
不老不死を解明するのではなく、その糸口を掴むだけでも時間がかかることに少し憂鬱な気分になっておった頃、我が一門にも関わる重大な事件が起きたのである。
ヴィオラが魔術事故を起こしてから半年ほどが経った頃であった。
「師よ、大変でございます!」
迷宮核の間で弟子の幾人かと解析しておったところに、別の弟子が慌てた様子で駆け込んできた。
「何があったのじゃ?」
弟子のただらなぬ様子に問いかけると
「帝国にて反乱です!」
詳しく話を聞くと、五聖のひとりである帝国主席魔法士が乱を企て、しかも飛空挺や自動式魔力駆動、魔導兵器関連の開発管理を丸投げして任せていた古参弟子も協力しているとのことであった。
すでに最新式魔導砲を多数備えた巨大飛空戦艦でもって帝都、帝城を占拠し、皇帝も捕らえているとか。
各国にも
「大陸統一国家を! 世界政府を樹立する!」
と協力を呼びかけるものの、ある意味、強力な兵器でもっての脅しての降伏勧告であり覇道宣言でもあるとの話であった。
飛空艇も魔導砲も魔獣討伐に良かれと思って我が一門が開発し帝国に提供したもの。
我は思わず絶句し呆然となるのであった。