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一括りに魔法と言っても、実際には大別すれば二つの系統に分かれておる。魔道具などの触媒を通して魔力を形成するのは魔術、それと個人の内で魔力を形成するのが魔法。さらにその下には、内部で魔力を完結させる身体強化系や外部から魔力を取り入れたり借り受けたりする魔力譲渡系、精霊など他者を使役するものなど幾つもの系統に分かれるが大きくは魔術と魔法であるな。
区別をするには曖昧な点も多々あるが、主に前者を操るのは魔術士。後者が魔法士と呼ばれておる。
世間ではどちらが優れているかとの問いがよく取り沙汰されるが、我にはそれこそ愚問であると言うほかない。
立つ位置からして違うのだ。
両者の性質上、自己の魔力値は低いものの魔力操作に優れ、魔道具の扱いに長けた魔術士には研究者や学者が多く、魔力値の高い魔法士には軍務に就く者が多い。
当然ではあるな。
魔術士は魔道具がなくとも、個人の魔力で魔法を発動させることは出来るが、やはりその影響力や効果は低い。
そしてまた、逆も然り。
魔法士だからと言っても別に魔道具が使えない訳でもなく、精度や技術に問題はあっても魔力値が高いイコール破壊力なのである。こと戦闘関連においては魔法士の方が特化しておると言って良いだろう。
魔法士の中には馬鹿高い魔力値を誇り、個人で一軍に匹敵するような英雄クラスの者も存在しておるからな。
歴史上で有名な英傑――勇者、大賢者、大魔道士などもこれである。とてつもない魔力を内包し、自己の中で練り上げ信じられないほどの威力で魔法を放つ。しかも魔道具の中でも戦闘用に調整された戦略級魔導兵器への魔力浸透率も魔術士を凌駕する者さえいたと伝わっておるな。戦略級魔導兵器は扱いも難しく、一般の者で魔力浸透率は約半分ほど。魔道具の扱いに慣れた魔術士であっても、魔力を注ぎ込む際にニ割から三割のロスが生じるというのに、過去の勇者などの英雄たちは浸透率はほぼ十割。ただでさえ他の魔法士の数倍も魔力値があるところにロスも殆どなく、戦略級魔導兵器でさらに破壊力の増した魔法を放ち大都市でさえ一瞬で消し飛ばすとか、とんでもない話である。
そんな英雄たちだが、現代にもおる事はおる。それが五聖と呼ばれる連中……忌々しい事にヴィオラもその内の一人であるな。
ま、確かに魔法力は人並み外れておるが、五聖などと敬称で呼ばれるにしては少し……いや、かなり性格に難があると思うが。あやつは周囲の者に、「世界最高峰の魔法士」だとか「大陸西部を統べる魔女」だと煽てられ祭り上げられておるだけであろう。
学生の頃、初めて出会った時、
「バッカじゃな〜い、防御結界の魔術を編む暇があったら先に攻勢魔術を相手に当てれば良いのに! 戦いはね、先手必勝なのよ!」
ヴィオラの第一声がこれである。とてもではないが、五聖などと敬われる存在からは程遠かった。
当時の我は錬金科で学ぶ魔術士。戦闘科ではないが、必須科目の初級科魔法訓練に模擬戦があった。で、その場に現れたのが、まだ同じ学生でありながら特別講師として招かれたヴィオラ。戦闘科の歴代記録を塗り替え、才媛との呼び名も高い別名『爆炎の美姫』。さる大国の高位貴族の令嬢であり、容姿にも優れ才能も豊かともなれば教授連の覚えもめでたく生徒間での人気も高かった。
引き替え当時の我は入学当初から座学においては常にトップであるものの、教授連や学生たちから煙たがられておった。
ま、誰彼かまわず舌鋒鋭く論戦を吹っ掛けておったからな。時には同じ学生のみならず、指導教授や学長、学部長相手であっても、一歩も引かず言い負かすほどであった。
あの頃の我は、若かったいうのもあるが、かなり尖っておったかも知れぬ。とはいえ今も反省はしておらぬよ。周りは教授連も含めて馬鹿ばかり、当然の行動をしたまでと思っておる。
当時の魔術士は、魔法士の一段下に見られがちで、魔法士ばかりが持て囃されておったからな。
それが、どうにも歯痒かったのだ。
考えてもみよ。
確かに災害級の魔獣などが現れた時、国に所属する魔道兵団の魔法士たちが赴き颯爽と討伐するが、彼ら彼女らが扱う魔導兵器の多くは魔術士たちが研究開発し提供しておるのだ。
我の両親も街で小さな魔術工房を営んでおったが、そこでさえ魔導兵器の部品等の受注をしておったのだ。いわば魔法士たちの華々しい活躍も、多くの魔術士たちの地道な活動による下支えがあってこそなのである。
いや、それだけではないな。
軍関連以外にも、魔術士たちは多くの物を開発して人々に提供しておるのだ。各種測定魔道具は治療術士たちの施術を助け、重力軽減の魔道具は建築や運搬業の労働者などを助けておる。さらに言えばもっと身近な日常的に使用する魔道具、火を灯す『火吹き棒』や夏場には重宝される『送風石』に、家屋内の埃を集める『集塵箱』や衣服の汚れを落とす『流濁槽』などなど、人々の生活に直結し役立つ魔道具も数多く存在するのである。
そうなのだ。魔法技術とは戦闘に用いるだけでなく、どちらかと言えば日常生活に直結する物の方が圧倒的に多いのである。そんな魔法技術も、一朝一夕で生み出される訳ではない。突出した技術が全てを支えるのでなく、多くの技術が補い合い折り重なるようにして新たな魔法技術は生み出されるのだ。
言わば、多くの我ら魔術士の学者、研究者、技術者たちの長い年月を掛けて歩む一歩一歩が、人の魔法文明、魔法文化を支え後押ししておるのだ。であるのに、世の中では魔法士こそが花形。魔術士と魔法士の関係を例えるなら陰と陽。魔術士はあくまでも日陰の存在となっておったのだ。
今でこそ、我が一門の活躍――これまでの魔法概念を打ち破る論文を発表したのを皮切りに、魔力灯、魔導通信、自動式魔力駆動車など数多くの発明開発を行い、世界に魔法大革命の波を引き起こしたのだ。これにより世間一般の認識も少しは改められたが、当時はまだまだ酷いものであった。しかも大陸最高学府の学び舎ともなれば、推して知るべしであろう。
魔法士が幅を利かせ、学長や学部長など大学の首脳陣は魔法士で固め、本来尊重されるべき魔術士系の学者たちは端へと追いやられ、在籍する研究者たちの多くは卑屈に上司の顔色を窺うような堕した存在ばかり。希望に胸を膨らませ最高学府へと入学したものの、初めて知った現状に愕然とし、座学では常にトップの我も見下され、何度歯痒い思いをしたものか。
だからこそ、あやつが模擬戦に特別講師として現れた時に、我は真っ先に噛みついのだ。
「少し実技が優秀だからといって、まだ学生の身分で特別講師とは笑わせる! 俺に魔法について教える? 逆ではないのか? その伸びきった鼻を圧し折って俺が教えてやろう。魔法のなんたるかをな!」と。
なんとも噛ませ犬っぽい台詞に、思い出す度に恥ずかしい限りである。我もあの頃はまだまだ血気盛んな時期。若気の至りというものであるな。
ま、我も、そこに嫉妬や妬みといった感情が無かったか、と問われても否定はせぬよ。我も人の子、それこそが人の有り様、本能でもあるからな。羨望の裏返しであり、他者を排除しようとする感情は群れを守る力となり、妬みの感情は向上心の元ともなりえるのだ。嫉妬や妬みを抱かぬ者など、それこそサイコパスであろうよ。
とにかくだ、入学時から続く閉塞感の伴う鬱屈とした日々に、当時の我も我慢の限界であったのかも知れぬな。それが、学内での魔法士の代表ともいうべきヴィオラの登場に、堰を切ったように一気に噴出したのやも知れぬ。
とはいえ、我も勝算もなく一時の感情に任せて挑むほど愚かではない。
元々が初級科魔法訓練のための模擬戦である。そこには明確なルールも存在する。当然ではあるな。命や尊厳を賭した決闘でもないのだから。本来であれば魔道具の使用も体に直接当てる事も禁止。詠唱を伴う属性魔法をぶつけ合う魔法戦ではなく、純粋にお互いの魔力波動だけで優劣を競う。水面に石を投げ込んだ時に生じる波紋の如く、お互いから発せられる魔力波動をぶつけて打ち消し合うのだ。
我に言わせれば、子供の手のひらを合わせて行う押し比べのような児戯に等しいものである。さらに言えば、魔術士に魔道具の使用を禁止するとは本末転倒であろう。
だからこの時ばかりは、我も決まり事を無視をしたまで。密かに衣服の内側に魔道具、我が改良と調整をした紋章術式『反転防御結界・改』を刻んだ術式結界魔法具を隠し持っておったのだ。
改良、調整をしたのは二点。隠密性と我の魔力波動に乗せて反射魔法を放つ、である。
本来、結界魔法とは城郭都市などの周囲に楔となる魔道具を数カ所打ち込み、結界術式を展開させるもの。一般的には魔獣などの侵入を防ぎ、固定された拠点を防御するための術式魔法との認識なのである。
我は研究に研究を重ねて、この結界術式を個人でも扱える流動的な術式へと改造を施したのだ。簡単に述べると相対する者から放たれた魔法を気付かれずに弾き返す。相手からすれば訳も分からない内に己れの放ったはずの魔法が自分へとはね返って来るのだ、これほど恐ろしい事は無いだろう。
元々は、貴族家の馬鹿息子対策に研究していた術式なのだ。どういう訳か知らぬが、貴族家子弟の多くは我を指差し「生意気な奴め!」とすぐに争いを仕掛けて来たものである。時には口だけでなく肉体的意味でな。我は真っ当な意見を言っておるだけであるのにだ。
我の結論は「やはり貴族は理知的に物を考える事もできぬ愚か者の集まり」である。とはいえ、さすがに貴族家と表立って直接争うのも問題があるため、そこで対抗策として研究を始めたのが、隠密性を高めたこの術式。我がやったとの証拠も残らぬし、上手くいけば己れの放った魔法が暴発したと思われるかも知れぬからな。
ま、当時はまだ完成には至っておらぬし、今もいろいろと難点や制約もあってそれほど優れた術式というわけでも無いが。
だが、未完成であったとはいえ相手の魔力波動を打ち消す程度の効果はあった上に、今も当時も初見殺しである事に変わりはない。
これで勝てる……とまでは考えておらなんだが、一泡吹かせてやろうと目論んではおったのは確か。目の前でヘラヘラと笑っているヴィオラも、周囲で「こいつ気は確かか?」と馬鹿にした表情を浮かべる他の学生や教官たちも、その舐めきった態度を驚嘆へと一変させていくのを眺めるのも逸興。そのためならルール違反も厭わぬとの思いを強めておった。
卑怯?
それを言い出すなら、そもそもがルールそのものが、卑劣かつ姑息なものである。明らかに魔法士を優遇し、魔術士を貶める手段でもあるからな。
我は躊躇う事もなく、模擬戦開始の合図が出される前に術式結界魔法具をすでに起動させておったのだ。
とにかくだ、我の挑戦をヴィオラはヘラヘラと笑いながら受けた。その際に我を眺めまわし、最初に発したヴィオラの第一声が「バッカじゃな〜い、防御結界の魔術を編む暇があったら先に攻勢魔術を相手に当てれば良いのに! 戦いはね、先手必勝なのよ!」なのである。
その時のヴィオラの態度がまた、見下されているような気がして我を苛立たせものの、と同時に驚愕する表情を眺め一人悦に入るつもりが、
――あ、ばれてる。
と反対に我が驚かされたのだ。
誰にも気付かれぬ、との強烈な自負を持っておっただけに、この時の衝撃はかなりのものであった。
思わず体を竦めて動けなくなる程度には。
当時の我はまだ学生であったとはいえ、この程度の未完成な術式で得意気であったのだから、今の我からすれば「この未熟者が!」と怒鳴り付けたいところであるがな。
これで模擬戦も中止かと思われたのだが、ヴィオラは我に対して反則行為を糾弾する訳でもなく、満面の笑みで続けてこう言ったのである。
「いくわよ〜、覚悟しなさいよね!」と。
これは我への挑戦、いや、挑むのは我であり、ヴィオラのは宣言。我の反則行為もわかったうえで、それを正面から受け止め粉砕すると言っているのに等しく、またそれだけ彼我の実力差も明らかだと言っておるのだ。
要は、お前程度の実力、何をしたとしても話にもならない、と。
当時の我はそんな風に受け止めたのである。
後で聞いた話では「面白そうな事してる生徒がいる。模擬戦が楽しめそう」と、ただ単純にそう思っただけであるとか。
ま、ヴィオラは昔から物事を深く考えず、思いつきで行動するような天然ものの能天気な性格であったというだけであるな。
とにかく当時の我はそんな事とは露ほども知らず、お気楽な様子のヴィオラに対して腹を立て、憤り、敵愾心を募らせたものである。
だから、ここで引くわけにはいかぬ、負け犬の如く尻尾を巻いて逃げ出すなどあり得ぬ、とさらなる闘志を燃え上がらせたのも当然。例え後で反則行為が露見し、非難されようともだ。
元々、魔法や魔術は、その場、その時の精神力に依存する事が多々ある。
この時も、我の感情の昂り、それが功を奏したのか、ヴィオラの放つ魔力波動に、咄嗟に動き出し上手く合わせる事が出来た。
たとえ魔法の力では負けたとしても、こと精緻さにおいては魔術士として、いや、我自身が、誰に対しても遅れを取るつもりなどない。
ヴィオラの魔力波動が放たれる、まさにその瞬間を察知し捉え、その頭、先端部に、我の魔力波動に同調させて編んだ術式『反転防御結界・改』をぶち当てる事に成功したのだ。
言葉にすれば簡単なようにも聞こえるかも知れぬが、これは相当な才能が無ければ出来ぬこと。それを瞬きする間も無く行ったのであるから、我はやはり天才というほかないだろう。
このタイミングでのアドバンテージはかなり大きく、その上で我の改良した術式を乗せているのだ。さらに言えば、ヴィオラも我が何をするか詳細までは分かっておらぬはず。これだけ条件が揃えば力の差を覆すのにも十分と、勝利すら確信したのであるが――。
結果は瞬殺。
誰が?
我がである。
タイミングを計る技術も結界術式も関係ない。何もかも吹き飛ばされ、文字通り我でさえ宙を舞い地へと叩き付けられ気を失ったのだ。
属性魔法へと変換すらされていない魔力波動でこれである。
――英雄とは全てを押し流す力である。
有名な歴史学者の言葉であったな。
もはや魔力波動と呼ぶのも馬鹿ばかしいような圧倒的に強固な力の波動が、我の放った魔力波動を術式もろとも粉砕し、尚且つその余波で我をも吹き飛ばしたのである。
あまりにも理不尽な力。その一端を我が身でもって経験することとなったのだ。
――だが、認めぬ。認めるわけにはいかぬ。
人種を導く道標たる英雄とは心技体を兼ね備えた、高潔な志を持つ者でなければいかぬ。
人によっては子供染みた英雄幻想、大人気もないと笑うかも知れぬが、これだけは昔も今も譲れぬ思い。力が全て、力でもって我意を押し通すような事があってならぬのだ。
ま、ヴィオラもそこまでの馬鹿者ではなかったようだが、当時の事を知る者の中には、後の英雄へと至る才能の片鱗を、学生の頃に既にのぞかせていたと言う者もおるが、
――ハッ、馬鹿な事を!
我に言わせれば、令嬢や容姿云々についてはさておき、才能に関しては魔力量にものをいわせた力任せに過ぎぬ。
結局、我は模擬戦の最後には吹き飛ばされ気を失っておったので、その後の話はよく分かってはおらぬ。ただ、何故かヴィオラは不正行為を明かさず、我の行いは問題にされる事もなかった。どちらかといえば、ヴィオラが直接我を狙ったのではないかと問題にされていて、それを「あれは余波で煽られた俺が未熟だっただけ」と逆に我が庇っていたのだから皮肉なものである。
そんな訳で、模擬戦終了後には我への学内の風当たりも相当にきつくなっておった。
これも当然ではあるな。
学内の学部長ら首脳陣からは魔法士と魔術士との対立を煽る要注意人物と危険視され、学生の間でも魔法士たちからは「ほれ見たことか」と今まで以上に馬鹿にされ、同じ魔術士の学生からも関わりたくないと遠巻きに遠慮されたりと学内では完全に孤立しておった。
ただし、露骨に嫌がらせをして来るような連中には、こちらもそれ相応に拳でわからせてやったがな。
それと模擬戦で争った当の本人であるヴィオラとも、学内で顔を合わせる度に言い争うーーヴィオラが揶揄い我が反論するような、何かにつけツノ突き合わせる関係であったが……男女の仲とは誠に以て不思議なもの。ヴィオラとは、いつしか学内では常に連むようになり、魔法大学を卒業して研究者となってからも縁付き一緒に暮らすようになったのだから分からぬものである。
尤もヴィオラに言わせると「最初にデレたのはあなたの方が先よ」とのことだがーー当時は唯我独尊、孤高の天才を気取った、我にとっては黒歴史ともいうべき時期ではあったが、やはりと言うべきか、周囲の冷たい視線が心に突き刺さっておったのは確か。そんな我に、ヴィオラという存在は助けとなっていたのも確かではある。当時の我は、あのままでは性根が腐っておったかも知れぬからな。だが、だからといってヴィオラが言う「デレる」などといった俗語で語られるような行動をとった覚えなど……ない。そ、それだけは絶対にないと断言しておこう。
ま、そんな訳でだ、当時の我が執筆した論文『スライムによる属性偏移の考察』と、それに端を発した魔力そのものを考察する『相対性魔法概論』を発表するにあたって、協力者となりえるのはヴィオラしかおらなんだというのが実状ではあるがな。