六話 脱出
脱出します。
ここから地上での快進撃が始まる。
今は何時だろうか。ここを出るためにしばらく歩いてきたが、今までは気にならなかった事がたった今気になっている。
それは何故かといえば……睨みあうセレナと、ドラゴのおかげである。
俺の事などとうに無視し、ただひたすらに睨み合う二人。何が彼女らを駆り立てているのか分からないが、俺は怖すぎて喋ることも出来ない。
「……それで、あなたは結局何なのですか? まさか本当にドラゴンの一種、という訳ではないでしょうし」
「さっきから何度も言っているであろう。我はエンゼルドラゴンのドラゴ。外に出るため、人間の姿をとっているがな」
「それにしたって、何故女の子の姿なのですか! しかもセンヤさまも居るのに、そんな煽情的な……ッ」
セレナが何に怒っているのかは分からないが、顔をあからさまに真っ赤にしている姿を見るにドラゴの恰好が恥ずかしいのだろう。まぁ確かに、最低限の部位しか隠せていないドラゴの服は、俺も見ていてちょっと恥ずかしくなってくるな。
だがドラゴはそんな事を意にも介さず、むしろにやけながらセレナに近寄っていく。じりじりと近寄るドラゴの手から逃れようとするセレナだが、ついにドラゴが飛び掛かった。
「ここは柔いのに、頭はお固いようだな! 我はドラゴンぞ、役に立つからいい加減仲間に入れるのだ!」
「きゃあ!? ちょ、どこ触って……って、見ないでくださいセンヤさま!」
「す、すまん!?」
目の前で行われる蹂躙を見る事しか出来ない俺は顔を背けたが、次の瞬間、セレナが悲鳴を上げた。
……どこを触ったのかは知らないが、そのあとのセレナはドラゴに従順になったのだった。
「……それで、脱出までの道のりだが……」
「我は分かる。もうすぐ地上に出られるぞ」
進みながら自信満々にドラゴがそんな事を言う。俺はあと半分程は残っていると思っていたが、ここに長いこと居たドラゴがそう言うならそうなのかもしれない。
さっきまで威張っていたドラゴだったが、戦闘においての実力は本人が言う通り本物だった。
エンゼルドラゴンという種族は、ドラゴンにしては珍しく魔法に長けていて。しかもその中でも特に長く生きているドラゴは、殆どすべての魔法を使うことが出来るらしい。見た目だけでは判断付かないな、完全子供だし。
加えてドラゴン形態になれば相手の攻撃を鱗で防ぎつつ、煙のブレスで行動を阻害……なんて事も出来るそう。まぁ万能だ。ドラゴン五体を一匹で瞬殺してしまった思った以上の強さに、思わず俺とセレナもだんまりだった。
「……ドラゴさん。その、上に服を着てくださる気は……」
「ない。というか服なんて無いだろう。それに、そなたには関係のない事だ」
「そ、それはそうですが……」
さっきまでと違い随分弱腰になったセレナだが、今もなおドラゴに服を着せようとしている。
もうこれ以上言っても着てくれる気がしないのだが……何故ここまでこだわるのだろうか。分からないな。
「……もしかして、センヤが我の身体を見るのが嫌なのか?」
「ッ!? そ、そんな訳ないじゃないですか!」
「ならば構わんな。我はこの状態で居続けるぞ」
「ズルい! センヤさまを使うなんてズルいですよっ!」
「ははは、すまんすまん」
顔を真っ赤にして食って掛かるセレナを、平然といなすドラゴ。ダンジョン内なのに余裕のある会話を繰り広げる二人に、俺は思わず苦笑した。
……しかし、おかしい。さっきから長い間歩いているが、ドラゴンが全く出てこない。
五体一度に出てきたかと思えば、今度は一体も出てこないとは。どうなっているんだ。
異変に二人も気づいたようだが、セレナは不審そうに周囲を見渡しながら歩いているのに、ドラゴは随分余裕そうだ。鼻歌なんか歌っている。
「ドラゴ。何でドラゴンが出てこないか、分かるのか?」
「もちろん。というか、我が原因だからな」
「……? どういう事ですか、ドラゴさん」
セレナの問いに、ドラゴは腰に手を当てて威張るように言った。
「ここはもう上層。ダンジョンでいう所の低級モンスターが出る場所だ。故に我の様な上位のモンスターの威圧感に触れれば、周囲のモンスターは危機を察知して隠れるのだ」
「す……すげえな」
「本当に上位だったんですね……」
「当たり前だ。つまり我を連れているだけで、雑魚モンスターに集られることも無くなるのだ。どうだ、お得だろう?」
お得、というか……確かに、便利だな。というかそんな上位のモンスターを俺なんかが連れていいのか、改めて疑問なんだが……。
そんな事を考えていると、少し違和感を感じる。何だろうか。鬱屈していたダンジョン内の空気に、何か別の空気が入り込んだような……。
振り返ると、セレナもドラゴも感じ取っているようだ。二人……一人と一匹とも、俺の言いたいことが分かっているかのように笑いかけてくる。
も、もしかして……。
「――初めに……降りてきた、階段、だ」
「センヤさま……と、ということは」
「外、だな。やっとここを出られるわい」
……ついに。ついに、たどり着いたのか。
何故か、あいつらの顔が浮かんだ。俺の事をここに棄てていったあいつらは、こう言っていたのだ。
『どうせコイツ一人では、ここを出る事なんて出来ない』――だが、どうだ。
俺は今、心強い仲間を得て外に出る。気分は最高潮に達し、階段を一段上がるごとに俺の中で何かがこみ上げてくる。
「……泣いている、のですか? センヤさま」
「……すまん。ちょっと、な……」
こらえきれない感情が、涙となって流れ出る。けれど、それはあの時の様な、絶望からくる悲しみではない。
うれし涙、というべきものだ。セレナも俺を見て、笑いかけてくる。
「……共に、生きよう。そう言ってくれて、嬉しかったですよ」
「……ああ」
「ここを出たら、何をしましょうか? 一緒に冒険して、一緒にご飯を食べて……今のあなたには、そんな仲間がいるんですよ。もちろん、私にだって」
「当たり前だろう。今更何を泣いておる、センヤ。早く我に地上の飯を食べさせんか」
セレナの言葉も、ドラゴの言葉も、俺の背中を押してくれている気がした。
登り切った階段を振り返り、そして青空を見上げる。空に架かった虹も、久しぶりに見たものの一つだ。
久々に踏んだ地上の地面はぬかるんでいて、それでいて固くなっていた。
これから何をしようか。そんな思いと共に、俺は仲間達と一歩を踏み出したのだった。
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