四話 地上を目指して
主人公チートは少し先になるかも。
無双はするけど。
龍の巣窟は名前の通り、龍族のモンスターが多く生息するダンジョンだ。そしてこのダンジョンは、龍という種族が他種族に比べて優れた身体能力、知能を持っているだけに最高難度と言われる。
だから脱出は簡単ではない。頻繁に遭遇する龍に対しての唯一の攻略法は、地道に戦う事だ。
『ぐるる……るる……』
「もう大体、スライムレベルまで弱体化したか。よし、じゃあとどめはお願いできるか? セレナ」
「はい、センヤさま。……ふっ!!」
セレナが振り下ろした俺の剣が、ドラゴンの体を貫く。ドラゴンはけたたましく断末魔を上げると、そのまま動かなくなった。
それと同時に、ドラゴンの体が光の粒子となってセレナの目に吸い込まれ、セレナの目が紅く輝く。どうやら無事に、経験値を吸収できたようだ。
「魔眼、やっぱりすげえな。まるでゲームみたいだ」
「げえむ……? それは分かりませんが、経験値を吸収して強くなる事に関しては珍しくも無いようですよ? 私の場合は魔眼がその役割を担っていますが、杖や剣なんかの武器でそういう効果を持つものも存在すると聞きます。それに、私にはこれくらいしか出来ませんしね」
セレナは謙遜しているが、俺からすれば彼女の紅い魔眼は格好いいし役に立つので、正直羨ましい。
あれから分かった事。この世界のモンスターは倒すと経験値となるが、普通は完全に消滅するか、素材を落として消滅する。しかしセレナの魔眼のようにその経験値を吸収し、自らの力とする方法も存在しているようで……まぁ元の世界の言葉でいうなら、レベルアップしてステータス上昇、って事か。
要は俺が倒しても何もならないものを、セレナが倒せばステータスアップにつながるという事だ。それならばセレナにとどめを刺して貰おうと、この方法を思いついた訳である。
『ぐる……!! ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「連戦か……でもさっきよりは簡単そうだ。二・三回で十分だろ。《弱体化》《弱体化》《弱体化》ッ!!」
突如現れた、赤い外皮に覆われた獣の様なドラゴンに、俺は高速詠唱で《弱体化》を重ね掛けする。すると、牙を剥いたドラゴンが俺たちに襲い来る前に動きがほぼストップした。
よし。三回でここまで遅くなるドラゴンなら、守備力も大したことは無いはず。俺はその巨躯に走り寄り、無防備な腹に拳を一発食らわせた。
ドラゴンはゆっくりと呻き、どしんと大きな音を立てて倒れ伏す。
「はっ!!」
セレナが、剣を腹にぶっ刺してとどめ。これを繰り返せば、恐らくこのダンジョンだって抜けられるはずだ。
そのうちにレベルも上がっていく。ここを出る頃にはどれほど強くなっているか、想像も付かない。最強種族であるドラゴンが集まるこのダンジョンは、いわば絶好の狩場。
というかその位の思いで行かないと、多分この世界は生きていけないだろう……。
――どれくらい進んだだろうか。疲労感だけでいえば行きよりも遥かに高いが、恐らくあと半分くらいは残っているはず。黒いドラゴンを倒した所で、俺はセレナに声をかける。
「よし。もう大分進んだ。外の時間はわからんが、そろそろ休憩にしよう」
「はい、センヤさま! 簡素ですが私が野営地を用意しますので、少々お待ちください」
「え……お、おう」
言うとセレナは、てきぱきと野営の準備をしていく。開けた場所なのが幸いし、スペースもあるので野営にはぴったりだ。
ここに来るまでにちょくちょく拾っていた薪に、龍の身体から採取していた油を掛け、前髪をそっと払って魔眼を見開く。すると魔眼は紅く光り、ひとりでに薪に火が付いた。
「……それ、魔眼の力か?」
「え。……え、ええ。そうです。ご、ご不快でしたらもう使いません、ご迷惑をおかけしました……」
「い、いや! そんな訳無いだろ! なんか魔法みたいに火を起こしたから、すげえなと思って……」
そう言うと、セレナは安心したように笑った。炎に照らされた顔は、心なしか火照っている。
どうにも、セレナは魔眼を恥じている節がある。魔族の眼だの何だの言われて育てば当然かもしれないが、俺としてはその認識も変えてやりたい。魔眼があろうとセレナはセレナだ。
火の前に座ってそんな事を考えていると、野営の準備がいつの間にか終わっていた。しかし、貴族家ってこんな事まで子供に叩き込むのか。
「ドラゴン肉しか無く、申し訳ありません。一般的に珍味と言われる食品ですから、お口に合えばいいのですが……」
セレナが差し出してきたのは、こんがりと焼かれたドラゴン肉の串焼き。生きている状態のドラゴンの肉を切り落としたものだ。何だろう、製造過程を知っているとちょっとキツイ……。
でも、せっかくセレナが作ってくれたものだ。異世界で生きるならこういう事も我慢しなくちゃいけないだろう。
「あ、ありがとう。じゃ、いただきます……」
「い、イタダキマス? センヤさん、その言葉は何ですか?」
「ああ、これは俺が元居た世界での食事前の挨拶。食材になった動物とか、作ってくれた人とか。その食べ物に関わった人に感謝するんだ」
この場合、ドラゴンとセレナに感謝する事になるのかな。というかやっぱり討伐したモンスターの肉を食べるとなると、頂きますの重みも変わってくる。
無意識に言っていた言葉だったが、セレナは存外に気に入ったようだ。「いただきます、いただきます」なんて繰り返して、ぱくりと串焼きにかぶりつく。
「……!! センヤさん、おいひいです!! ほくほくしていてジューシーで、おまけに獣臭くなく柔らかく……!!」
「わ、分かった。分かったから飲み込んでから喋れ、セレナ」
もぐもぐ言いながらのセレナに俺が注意すると、「ほ、ほめんなはい」と顔を朱に染めて縮こまる。思わず感極まってしまったのだろうか、案外お転婆なんだな。
しかしそこまでお勧めされたら気になる。手に持った串焼きを少し炎で炙りなおすと、口に突っ込んだ。
「……ん! こりゃ美味い……な」
「ですよね! あ、二本目もらっていいですか!」
俺の返事を待つことなくセレナが二本目を奪取したが、まぁそれはいいとして。
ラノベとかではドラゴン肉って硬くて臭い、ってイメージがあったが、全然そんな事は無く柔らかくて美味い。もしかすれば、この世界に来てから一番おいしい食事かもしれん。
獣臭く無いのはもちろん、一番の特徴はその程よい塩味だ。ドラゴンの油が関係しているのか、味付けもロクにしてないのに調味料を使った様にクオリティの高い味になっている。これが珍味なんて信じられない。
「この肉って、『火炎龍』のものだっけ。もしかして個体によって味が違ったりするのか?」
「さあ、どうでひょうか……ごくん。でもそんな話、聞いたことがあります。もしかすれば『黒龍』なんかは、もっと美味しいお肉かもしれませんね」
魔王を倒すって目的以外は特に持ってなかった俺だが、ここに来て異世界の色々な魔物肉を食べ比べてみたいと思った。まぁサブの目的として持っておくのはいいだろう。
ダンジョンの奥に近くモンスターが多かっただけに、今日獲った分のドラゴン肉だけでも明後日までは持つらしい。これからも遭遇するだろうから、しばらく食料の心配はないだろう。
腹も膨れ、地面に直接横になる。ベッドも枕も無いが、ちょっとワクワクしている俺が居た。何より、セレナがここまでしてくれたのに文句は言えないだろう。
「……今日は疲れましたね。センヤさま」
いつの間にか、セレナが隣に横になっていた。汚れたレースに隠れた大きな胸が至近距離に来て、俺は思わず目をそらす。
……いや待て、この状況はおかしいだろう。俺とセレナは今日遭ったばかりの男女な訳で、もうちょっと距離を取るのが普通、というか……。
……恐る恐るセレナの方を見ると、彼女は俺に笑いかけてきた。思わずどきりとして、再び顔を背けて平然としてる風に言う。
「ああ、確かにな。でも、あんな強い奴らと連戦。お前の方が疲れてるだろ?」
「……センヤさまよりかは分かりませんが、確かに疲れました。けれど……過去のどんな時よりも、楽しかったです。あなたに出会っていなければ、私の人生はあそこで終わっていたでしょうから」
そう言って口角を少し上げ、静かに目を瞑るセレナは、確かに幸せそうに見える。
俺はぽそりと言った。
「奇遇だな。多分俺も終わってた」
「ふふ。お揃い、ですね」
俺とセレナは、向かい合って二人きりで笑い合う。
誰かに裏切られ、捨てられた者同士の不思議な縁。そんな縁でも案外、長く続く気がする。
好きな食べ物。好きなお店。ここを出たら何をしようか。その日は、そんな何気ない事を語り合った。
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