三話 どん底の出会い
ヒロイン登場。
歩く。歩く。ただひたすらに、前に進む。
こらえきれない涙が、顔を伝って垂れ落ちていく。俺は今さっき、信じていた仲間に裏切られ、捨てられたのだ。
このダンジョンは最高難度。まだ誰一人踏破していない、海斗ですら途中で脱出する事を決めていた程、強いモンスターが生息する場所だ。俺一人で脱出なんか、出来るはずもない。
だから俺は、少しでも前に進む。どうせ帰れないなら、ドラゴンに殺された方が気楽だ。
進んでいると、望みどおりにドラゴンを見つけた。
――けれど。
「い、いや……!?」
『ぐおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!』
俺は思わず尻餅をついた。恐怖で動けなくなった。さっきのドラゴンとは段違いの、真っ黒なドラゴンが放つ威圧感のせいだ。
その先に居るのは、こんな所には似つかわしくない、長い金髪の綺麗な女の子。貴族の召し物らしい服装は、所々が汚れ、破けている。彼女は目に涙を溜め、恐怖に震えながら後退った。
そんな少女ににじり寄るドラゴンは、大きな口から涎を垂らして、今にも食らいつきそうだ。鋭く尖った牙は真っ赤に染まっていて、一体いくつの命を食らってきたのか分からない。
……俺は、どうせ死ぬ。あの子だって同じだ。なら、助けようと頑張る必要なんて。
「……そこの人!! 逃げて下さい!! ここにいれば貴方も……!」
「……!」
俺を見つけた少女が、涙を流して精一杯懇願してくる。
……何で。
何で、そんなに優しくあれる? 自分の命だって危ないんだぞ? 助けを求めるのが普通じゃないのか?
そんな事を考えている間にも、ドラゴンの大きな口が少女に向けて開かれる。
震える少女は、静かに目を瞑った。
「……?」
『……ぐる?』
しかし、その口が少女に噛み付く事はなかった。少女も、ドラゴンすらも、目の前に広がるあり得ない光景に驚愕しているのが分かる。
何故なら――。
「そ、そんな!? ドラゴンの口を、素手で……!?」
「……間に合った。ごめんな、早く助けられなくて」
俺の腕が、ドラゴンの牙を掴んで動きを止めていた。
《弱体化》。それは、対象のあらゆるステータスを弱体化するギフト。そしてそれは、モンスターにだって有効だ。事実今は、ドラゴンの攻撃力やら身体能力やらを俺より下に弱体化したのだ。
けれどこれは、重ね掛けなんかじゃない。間に合わなくなる前に一回、掛けただけだ。何でここまで弱体化したのか、自分でも分からなかった。
けれど、何故だろうか。今ならやれる。その確信があった。
「――ふん!!」
『グギャッ!?』
ドラゴンの鼻っ面に一発、一般人以下レベルのパンチを食らわせる。
その一撃にドラゴンの巨体は地面を離れ、1メートル程吹っ飛ばされた。そしてしばらくぴくぴく動いていたドラゴンだったが、やがてその動きが止まる。
……やった、のか? さっきのエンシェントドラゴンなんかよりも余程強いだろう、あのドラゴンを?
嘘みたいだった。無能と呼ばれたはずだったのに。役に立たないギフトのはずなのに、何で?
「……凄い。ドラゴンのステータスが、人と変わらないレベルにまで減少しています」
「……え?」
後ろから少女が、そんな事を呟いた。
俺が思わず振り向くと、少女は涙に目を腫らして、俺に笑いかけてくる。
「助けて下さり、ありがとうございます。……お名前は、何というのですか?」
「……千夜。転移者の、センヤ・サナダだ」
ラノベとかのイメージで言ってみたけど、この世界も苗字と名前は逆で良いんだよな。
と、そんな心配をする俺をよそに、少女は整った顔で驚く。
「センヤさま……転移者、なのですね。今のチカラは、何なのですか? ドラゴンのステータスをここまで下げるなんて」
「俺にも……分からない。《弱体化》っていうギフトだ。仲間に無能と呼ばれて、ここに置いて行かれた」
「無能……そんなハズがありません。今のドラゴンは、このダンジョンどころか、全種族の中でも最強格の『暗黒龍』。本来人類では、逆立ちしても勝てない相手です。それをここまで弱体化するなんて……」
そんなに強かったのか、この黒いドラゴン。確かに予想はしてたけど……。
――《弱体化》。無能だと思ってた。だからこんな所に置いて行かれて、そのまま死ぬんだと思ってた。
でも……違うのか?
本当はこのギフト……誰を相手にしても絶対に勝てる、そんな可能性を秘めているんじゃないか?
……考えるのは後だ。
「そういえば、君は何でこんな所に居たんだ?」
「……申し遅れました、センヤさま。私、セレナ・ミドラースと申します。――そう、ですね。ここに居た理由は、大体センヤさまと同じです」
セレナと名乗った少女が、そう言って曖昧に笑った。
俺と同じ。どういう事だ?
もしかしてこの子も……ここに置き去りにされたのか?
「私は貴族家の長女です。代々貴族の娘は大きな魔力を持って生まれ、その力を住民に示すことで、領を統治するのがしきたりなのですが……私には、魔力が無いのです。だから、両親にテレポートで、ここに送られました。それだけです」
「……え? たったそれだけで……ここに?」
「ええ。けれどセンヤさまだって、私と同じような思いをなさったのでしょう?」
セレナは、笑いながらそんな事を言う。もう半ば、諦めている様だった。
確かに、俺とセレナは似ているかも知れない。けどセレナの方が、よっぽど俺より残酷な目に遭ってきたんだろう。
生まれながらに魔力がなくて、たったそれだけで実の両親に捨てられた――そんな事がまかり通っていいのか? どんな風に生まれたって、自由に生きる権利だって、あるんじゃないのか?
俺は、そんなセレナに改めて向き合った。
「セレナ。……そういえば、何で一目見ただけでドラゴンのステータスが分かったんだ?」
気になっていた事を口に出す。
するとセレナは、一瞬躊躇うようなそぶりを見せた後――前髪に隠れていた、自らの左目を指し示した。吸い込まれるような蒼い右目と違い、左目は燃えるような赤だ。
「私が唯一持っている力。《魔眼》と呼ばれるものだそうです。この眼はあらゆるモノの真実を見抜き、名前やステータス等を視ることが出来ます」
「……!? 魔力なんかなくたって、十分に凄いじゃないか」
「ダメなんです。……魔族と同じ色の忌まわしき眼だって、両親に言われました。だから前髪も伸ばして、隠し続けて……」
言いながら、セレナは震えて俯いた。涙が地面に垂れ落ちるのが見える。
何もかも、生まれに左右されてきたセレナ。たった一つのギフトのせいで、信じていた仲間に裏切られた俺。
……何故だろうか。やっぱり、親近感の様なものを感じる。
俺は、セレナに手を差し出す。セレナは俺の考えに気づいたのか、首を横に振った。
「……いいんです。私はこのまま、ここで死にますから」
「行こう」
「私じゃダメです。おひとりでここを出てください。でなければ、センヤさんまで忌み嫌われて――」
「それでもいい。一緒にここを出て、生きよう」
セレナは、ハッとした様に俺を見る。
少し前までは高校生だったのに、今はなぜか、こんなに可愛い女の子に手を差し伸べたりしてしまっている。全く、人生っていうのは分からないものだ。
……けれど。
「……ありがとう……ございます……!!」
「……こちらこそ。よろしく、頼む」
前の退屈な人生よりは、きっと素敵な人生を歩めるように。
そして……海斗の様に、この言葉を嘘にはしない。
俺は自分にそう誓い、泣きじゃくるセレナの手をとった。
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