プロローグ中
ここはどこだろう……。
辺り一面真っ暗な世界で何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
死んだ後の世界とは何もない所だったのだろう。そう思えるほどに、周りは静寂に包まれている。
僕は、ナイフに刺された胸あたりを触ってみる。
少しぬめぬめとしたものは感じつつも、胸に傷らしきものが見当たらない。
手に付いたものの匂いを嗅ぐと思ったように血の匂いがした。
「死んじゃったのかな……」
結論からして僕はそのように思った。
暗くて何も見えないが、胸のあたりに傷口は見当たらない。にもかかわらず、服にはちゃんと血がついていることから、身体だけが復活していることに疑問を感じる。
この身体は肉体ではないかもしれないとも思えてしまう。
何も力を持っていない自分がナイフに刺されていて尚且つ、崖から突き落とされている。
この時点で致命傷なのは明らかで助かる見込みは薄い。そして決定的なのは、気が付けばナイフに刺されたであろう場所の傷が塞がっていて、不思議と身体中の痛みがない。
この条件から考えると、何も見えないこの場所も含めてここが死後の世界であろうとは思えてる。
とそういう風に考えてると、周りの景色が少しずつ見えてくる。
端的に言うと、岩が周り中にあり、苔やら魔物の死骸なのか、骨だけのものがあったりしてる。
そうか、自分は地獄に落ちてしまったのかと落胆した。
僕はそう思いつつ身体を起き上がらせて立ち上がる。
この時、立ち上がれたことに違和感を持つべきだった。
そうすれば、この異常な現象を起こしているとある石の存在に気が付くことができて、これから起こる悪夢のような地獄の体験をせずに済んだと思えてしまったから。
数分間歩いていくと、開けた場所に出る。
その開けた場所には特段おかしい匂いとそれを発生しているところ以外では、特に気に掛ける要素はなかった。
そのおかしい匂いとは、鼻を刺激するほどに濃い鉄の匂いだ。
この匂いは、気が付いた時に真っ先に嗅いだ匂いとほぼ同じことから、血がどこかで流れていると踏んだ。
次にその匂いが発生しているであろう場所には一匹の4足の白い動物が顔を何かの残骸らしき物体に埋めて捕食している。
その物体は原型をとどめていないが、規模だけで見たらでかいであろうことから何かの魔物であったことが推測される。
その魔物を喰らっているこの4足の動物もきっと何かの魔物であろうと思えてしまったが、ここで僕の思考が途切れる。
ぎょろりと僕の方へその顔を向けてきたからだ。
その顔は狐っぽい顔で体同様に白い毛皮であろうが、今は血で染まっており、恐怖を一段と増している。
喰らっている魔物と比べてでかくはなく、どちらかと言ったら小型系の魔物。
その白い狐が僕を見据えている。
まるで、次の獲物を見つけたかのような狩人の瞳が僕を離さないでいる。
怖い。学校とかでも教わったことのない未知の魔物相手に僕は後ずさりをしてしまった。
その後ずさりが非常にまずかった。
白い狐はそれが合図だと言わんばかりに一気に距離を詰めてきてはタックルを仕掛けてきた。
僕は勢いのあまり吹っ飛ばされて数メートル飛ばされた位置で地面に激突した。
「うう……」
あまりの痛さに僕はその場でうずくまる。
痛い?
なんで痛みを感じるのか?
そう思った瞬間に現実に引き戻される。
目の前には突撃した狐がにやぁと笑みを浮かびながら僕を見下ろしている。
まるで新しい玩具を見つけたような無邪気な子供のイメージが思い浮かぶと同時に、僕は恐怖を感じ取ったが時すでに遅しで、逃げようとするも背中に足を踏まれて動けない。
何をする気だと思ったときには、狐は僕の首筋を噛んだ。
「ああああああああああああ!!!」
あまりの痛さに僕は悲鳴を上げる。
首筋からは血しぶきが吹き上がり、手足をバタバタと無意識に動く。
しかし、狐に踏まれているため動けないでいる。
死んだ後の世界で、また死ぬことになる。
それがどういうことになるのか。理解はできないが、僕は死にたくない……。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
僕が一体何をしたっていうのか。
家族からは無能と言われ追放された挙句殺されて、
今度は、魔物に食い殺されてしまう。
なんで僕がこんな目に合わなければならないのか。
不思議と怒りがわいてくるも、同時に自分の無能っぷりに呪わざる負えない。
そうか、無能だからこんな目に合わないと行けないのか。
弱いってことは罪なんだ。
そう悟った僕は徐々に体に入る力が薄れていき、視界がぼやけていく。
この時、このまま意識を失ったらよかったと思った。
しかし、現実は非常で、次の新しい痛みで僕は再び意識を覚醒する。
「ああああああああああああああ!!!」
右腕を噛まれて、曲がってはいけない方向に骨ごと折られた。
そして、続けざまに左腕の方も同じようにやられる。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
もういっそのことこんなに苦しいのなら早く楽にさせて欲しい。
そう思えるような地獄を今、体験している。
「ご、ろ、じ、て」
不思議と僕はそんな言葉を出していた。
殺して欲しいと懇願する。それは、狂人と思えるようなことだと思うがもう僕には耐えられない。
しかし、そんな願いすらも神様は叶えてくれそうもない。
その狐は笑みを浮かべたまま、すっと背中に載せていた足を退かす。
そのまま狐は、どこかにすたすたと歩いて行く。
もう両腕の感覚はなく、首からの血の流れも弱弱しい。
意識が朦朧とする。
身体中痛いはずなのに、不思議と感覚が麻痺しているのか痛みが分からないでいる。
死ぬ間際の時間が長くなるという話は聞いたことがある。
あの狐はそれを理解したうえで僕を放置したに違いないと思った。
この世はなんて不平等なんだ。
平等なんてものは存在しない。
弱者は強者の餌にしかならない。
二度目の死で初めて理解してしまった。
そんなどうでも良いことを思いながらも僕は意識を手放した。
この時の僕は気づいてなかった。
ずっと、白く輝く石がポッケの中で光っていることに。